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異世界から帰ってきたわけですが

作者: 雨宮 梓

 世界を救うとされる救世主に力を与える『異界の乙女』として異世界に召喚された私。最初は意味がわからなかったけれど、要は異世界に喚ばれたときに乙女が手に入れるらしい(・・・)力を救世主に与えてどうにかしてねということであった。ちなみにその力は、らしいというだけなので異界の乙女が力を手に入れるのは確実ではない。


 恐らく今のでわかった人もいると思う。私は力を得られなかった。そして異世界人は勝手に喚び出した責任を放棄し、私を森の中に捨てた。


 はい。森の中ですよ。もうね、異世界人は間違いなく証拠隠滅と言わんばかりにモンスターの声が響く森の中に私を捨てた。置き去りとかではなく、文字通り捨てた。ああいや、放り投げたと言っても間違いではない。あのときは死を覚悟した。ただ私の運は尽きていなかった。救世主として選ばれたアレン・アビィクレマチスが誰かから私の話を聞き、助けに来てくれて保護もしてくれた。


 そのあとの日々はいろいろあった……だけど詳しくは思い出せない。ただ結果的にアレンさんは世界を覆い尽くそうとした闇から世界を救い英雄となった。そしてなぜか彼は私と結婚した。


「雪月! ごはんできたわよー!」


「はーい! 今行く!」


 元の世界に戻ってきてすぐあちらの世界について書き留めたノートを閉じ、隠すように引き出しにしまう。


「どんどん思い出せなくなってきてる……」


 それに書いたときはノート一冊ぎっしり書いた、はず。それなのになぜか白紙のページがある。しかも日々増えている気がする。


 完全にあちらの世界との繋がりが消えそうなのだろう。


「……」


 私が戻ってきたときこちらの世界の時間は進んでいなかったし、あちらの世界で刻んだ時間もなかったことになっていた。だから問題なく元の世界で生きている。ただ欲を言わせていただけるなら、せめてお別れの挨拶をさせてほしかった。


 十七で異世界に喚ばれ四年の月日を過ごし、そのうちの二年半はアレンさんと結婚して夫婦として過ごした。今も大切に想っているし、愛しくも想っている。だからこのような別れかたに淋しさや申し訳なさなど、さまざまな想いが心を占めている。あと許せる友人もいたからその人たちとも話したかったな。


 ……この想いもいずれ忘れたことにも気づかないまま消えていくのだろう。だからみんなには届かないと思うけれど、今覚えているうちにこの想いを言葉にのせさてください。


「アレンさん。私にたくさんの優しさをありがとうございます。それからアレンさんのこと大好きです。リタ、ジークさん、フィルもありがとうございます。みんなのおかげで豊かな時間を過ごせました」


 口角を上げ笑顔で頭を下げる。


 どうかみんなも私のことを忘れていますように。そしてみんなのこの先が幸せたくさんでありますように。


「雪月ー!」


「ごめん! 今行く!」


 お母さんに返事をして慌てて部屋から出る。私の本当の生活は、ここにある。



    ***



 体がふわふわと宙に浮いているような感覚。しばらく心地よい浮遊感に身を任せていると、地面のような固さのある場所に足が着いた。


「ユヅキ」


 自身を呼ぶ声に誘われるように目を開くと、少し遠くのほうから海のように深い青の瞳が私をまっすぐ捉えていた。


 風が吹き、月のように優しく輝く金糸の髪が柔らかに揺れる。


 ああ、アレンさんだ。


 お別れの挨拶をして、それから今までのお礼も伝えたい。


 私は駆け出し、アレンさんの元へと急ぐ。アレンさんも私に向かって駆けてきてくれたのですぐ距離が縮まった。


「アレンさん。あの、私……」


 挨拶とお礼を伝えようと言葉を続けようとしたけれど、アレンさんの手がそっと私の口を塞いだことでそれは叶わなかった。


「……ああ、本物だ。ユヅキ、怪我や怖い思いはしていない?」


「はい。大丈夫です」


「それならよかった」


 安心したように微笑むアレンさんに違和感。


「っ!」


 今、気づいた。アレンさんの瞳から光が消えている。


 ーーまるで深海のように暗い、あお。


 初めて見るその目の雰囲気に思わず固まってしまう。そんな私に気づいたのかアレンさんは、その暗さを和らげた。


「どうして俺を置いていったの? 君がそばにいてくれないと、さみしい……」


 くるしい、と消え入りそうな声で言いながら空いている手を私の背へ回し彼のほうへと引き寄せた。でも口は塞がれたまま。


 それはまるで私からの言葉は聞きたくないと言っているようで。


「……」


 恐らく私とは違いアレンさんたちの記憶は一つも消えていないのかもしれない。


「ユヅキ……?」


 背中に回された腕に手を添え、空いている手で口を塞いでいるアレンさんの手を掴む。そして顔を後ろへ手は下げる。


「アレンさん。突然いなくなってごめんなさい。あのね」


「ユヅキ、ごめん……聞きたくない」


「アレンさん」


「っ……」


 アレンさんの瞳が涙の膜で揺れている。それでも目は逸らされることがない。


 聞くのは嫌だけれど、目を逸らすのも嫌……という感じかな。


 私はアレンさんの手から手を放し、彼の頬に手を添える。私の行動に体を驚いたのか震わせるアレンさんに、微笑む。


 アレンさんの顔が、本当に悲しそうに歪む。


 たぶん私がいなくなったことでアレンさんも察している。


 ーー永遠の別れ、を。


 実はアレンさんに会ってからね、私たちを繋ぐ縁の糸が切れるような音が聞こえ始めているの。


 だから恐らくこれが最後。ここから出たら、ううん、私たちがそれぞれの世界で朝を迎え目が覚めたら……私はアレンさんたちのことを全て忘れてしまうだろう。


 名残惜しい気持ちを抱きながらアレンさんの頬から手を放す。


「アレンさん。きっともう時間がないから、伝えたいことだけ伝えますね」


「っ、ユヅキ」


「アレンさんのこと、大好き。本当に、大好きです」


「俺も、ユヅキのこと大好きだよ……愛してる」


 アレンさんの手が私の頬を包み、そっと額に口づけを落とされる。


 近い距離に、愛しさが溢れ出す。


 私は目を閉じ、アレンさんの唇に口づける。触れるだけの、口づけ。


「愛しています、心から……」


「ユヅキ」


 アレンさんは切ない声で私を呼び掻き抱く。私も腕を回し隙間がなくなるくらいぴったりと抱き締める。


 温もりを忘れないように。

 この想いを、忘れないように。


「ユヅキ……ごめんね」


「……なにがですか?」


「ユヅキが元の世界に帰ることができてよかったと本心からそう思ってる。だけど、ユヅキが俺のそばにいてくれないと……真っ暗なところに落ちていくような、闇に飲み込まれ沈んでいくような感覚に陥る。ユヅキを離したくないと思ってしまう」


 きつく抱き締められていて表情を見ることは叶わないけれど、きっととても苦しそうな表情をしているんだろうなということはわかった。


 私はアレンさんを愛している。それは本心だ。だけど元の世界を捨てる選択はできない。どうしても『帰りたい』と願ってしまう。


 アレンさんを選べない私は、これ以上アレンさんになにかを言う資格はない。それでも……今このときアレンさんの温もりを手放すことができないのも本心なのだ。


 私は口をきゅっと噛み締め、アレンさんの肩に顔を埋める。


 世界がくっつけばいいのに。それが無理なら世界間の行き来ができるようになればいいのにな。そうなったら小旅行だよ。みんな幸せだ。でも一番幸せなのは、どちらも選びたいと思うわがままな私。私が一番幸せ。


 ーープツ、ン。


「っ、は、あ……!」


 目を開くと、見慣れた自室の天井が映る。視線を窓へ向けるとカーテンの隙間から光が溢れていた。


「あ、あー、え、は……」


 ぼろぼろと涙が溢れて零れていく。次から次へととまることなく流れていく。


「ふっ、あ、あああ……」


 感情の行き場がなくて、苦しい。くるしい。


 どうして、こんなにも苦しいのか。悲しいのか。なにが、私にあったのか。


 わからない。

 わからない。


 でも、苦しくて悲しくて……ぽっかりと心に穴が空いてしまったような、大切ななにかを手離してしまったような喪失感があった。


「ふ、え、あああああ……! えっ、ふ、う……」


 このあと私が起きてくるのが遅くて心配した母が部屋に来るまで泣き続けた。



    ***



 あの大泣きした日から一週間が経った。未だにふとした瞬間に涙が溢れてくる。まあ、あのときほどの量ではないけれど。


「……せっかくの夏休みだし、外行こうかな」


 目的はないけれど、このまま家でじめじめするよりずっと有意義な一日を過ごせるだろう。


 そうと決まれば着替えて愛用のリュックを背負い、お気に入りのスニーカーを履き外へと繰り出した。


 しばらく気ままに歩き、ふと河川敷に行こうと思い足を伸ばす。


「あ、かわいい……」


 たくさんの緑の中、小さな薄桃色の花が咲いていて可愛らしい。


 照りつける日差しは強く、吹く風は生ぬるい。もう少し進めば日差しは強いけれど吹く風は涼しくなるだろう。


「あついなあ……」


 まあ、夏だもんね。そりゃあ暑いよ。


 立ち止まり川を見つめる。


 水面はきらきらと光っていて、水鳥が泳いでいる。可愛い。いつまでも見ていられる可愛さ。


「こんにちは」


「こん、にちは」


 不意に挨拶をされ反応が遅れてぎこちない返しになってしまった。


 私のぎこちなさを気にした様子はなく優しそうに微笑む男性。


 このまま通りすぎるだろうと視線を川へと戻せば「水鳥、可愛いですね」と話しかけてきた。不思議と恐怖はなく、ほっと安心するような心地よさがある。


「……そうですね。可愛いですよね。潜ったあと顔を出すところとか」


「いつまでも見ていられる可愛さがありますよね」


 風が、吹く。水面が揺れ、私の髪も踊るように靡く。


「いい風だ」


 小さな笑い声と共に聞こえた声に横を向くと、まるで月のように輝く金糸の髪が柔らかに靡いていた。そして目を閉じ風を感じていた男性の瞳が笑みを携え私を捉えた。


『ねえ、ユヅキ。今日もいい天気だね』


「っ……!」


 今、なにか……重なって見えた。


 見たことがない景色。

 日本では見ないような服装をした、目の前にいる男性に似た人。


 知らない……知らないの。でも、なぜだろう。ぽっかりと心に穴が空いたように感じるそこが、私になにかを訴え始める。


 じっと微笑む男性を見つめていると、男性は困ったように眉を下げた。


「ごめんね。泣かせてしまって……知らない男が話しかけてきたら怖いよね。大丈夫だよ。もう、帰るから安心して」


 そう言って背を向け歩き出した男性が小さな、小さな声で「無事でよかった」と言ったのが聞こえた。


「っ、あ……」


 瞬間、反射的に私は誰かの名を呼びそうになる。だけど思い出せず、息だけが漏れて終わる。


 心が叫ぶ。

 このまま別れてはいけない、と。


 頭が痛む。

 あの人を知っている、と。


 視界は涙でぼやけ、胸はひどく苦しい。


 私はあの人をーー知っている。


「あ、れは……」


 糸が、みえた。


 ながい、長い、永い……一度ぷつりと切れてしまったような、糸。


 ーークンッ。


 左手が前へと引っ張られる。


「あ……」


 持ち上げた左手の薬指に、切れ跡のある糸があった。そしてその糸が男性に向かって必死に伸びている。


「っ……」


 私は意を決して駆け出す。


 心が、頭が、糸が……憶えていないけれど私の全てがあの人と離れたくないと言っている。


「ま、って……!」


 彼を引き留めたくて左手を伸ばす。もう少しで掴めるというところで彼が振り返った。


「え、あ、わっ!」


 突然の振り返りにぶつかると思い止まろうとしたけど、無理だった。勢いのまま男性の胸元に突っ込んだ……と言うよりタックルしてしまった。


 申し訳なさのあまりバッと男性から離れ「ごめんなさいっ! お怪我はありませんか!」と聞く。すると小さく笑う声が聞こえた。


「俺は大丈夫ですよ。あなたは大丈夫ですか? 痛かったでしょう」


「だいじょ、うぶです……あの、私の名前を呼んでください」


 勝手に私の口から出たお願いごとに、男性は目を見開き驚いた表情をした。困らせてしまってごめんなさい。でも私も自分で言っておいて驚いています。


 沈黙。私は緊張から唾を飲み込む。


 悩む素振りを見せていた男性は、意を決したように私をまっすぐ見つめ真剣な表情で口を開いた。


「……ユヅキ」


 男性が音にした私の名前。その音には甘く、優しく、包むような温かさがあった。


 糸が繋がり、強く結ばれる音が聴こえる。


 この瞬間まで失っていた記憶が一気に戻ってくる。不安そうな色を滲ませる彼に、私は微笑む。


「アレンさん」


「っ、ユヅキ……!」


 勢いよく、だけど優しく抱き締められる。私も腕を回し抱き締め返す。


「会いたかった」


「私もです……」


「愛で世界を越えられたよ」


 その言葉にがばっとアレンさんから離れる。


 なんですぐに気づかなかった。そうだよ。アレンさんはこの世界の人じゃない。つまりなんらかの方法でこちらへ来てくれたことになる。それがどれほど危険なことなのか知っているはずだ。


「っ! アレンさん!」


「なあに」


「どこか痛いところはありませんか! 怪我はしてないですか! ああもうっ! 危ないことなんですよ! 時空を越えることは!」


 アレンさんの体にそっと触れて確認していく。その間アレンさんは楽しそうに笑っている。


「こらっ! 笑っている場合ですか!」


「ごめんね。久しぶりの日常だなって思ったら、つい嬉しくなって」


「……っ」


「心配しなくても大丈夫だよ。俺がこの世界に来るのはこれが初めてじゃないから」


「え?」


「俺が八歳のときにこの世界に来たことがあるんだ。そして、そのときにユヅキに初めて会った」


「え、あ、え? アレンさんが八歳のときですか?」


 思い出そうと脳内を回転させる。


 アレンさんがその当時八歳なら私は七歳。七歳か。そうすると思い出すのは難しいかもしれない。


「思い出さなくて大丈夫だよ、と言うよりはきっと俺と会ったという記憶はユヅキの中にはない。あっちの世界の都合上で消されているだろうから。ただ、これは俺が一番大切にしてる思い出なんだ」


 思い出せないでいる私はどう反応したらいいのかわからず、目をさ迷わせてしまう。


「アレンさんの思い出を教えてもらえますか」


「うん。もちろん」


「ありがとうございます」


 アレンさんはそれはもうとっても優しく微笑み話し出した。


 アレンさんが五歳のときに救世主として選ばれたこと。そしてあの世界の人たちがみんなアレンさんに救世主としてさまざまなことを求め、それができなければ責める。救世主として選ばれたのだからやれるのが当たり前で、怪我をしても隠し笑えと言われてきたこと。その全てが嫌になり、いなくなりたいと思ったこと。この世界に来たこと。この世界で出会った私に自分のことを聞かれたから話したこと。


 前にアレンさんが教えてくれたこともあったけれど、知らないこともあった。


「俺の話を聞いたユヅキは難しい顔をしたなと思ったら『アレンくんがいたい思いも、こわい思いもしませんように。あとたくさんのしあわせがありますように』って持っていた四つ葉のクローバーにお願いをして、俺にあげるってやっと見つけた四つ葉のクローバーをくれたんだよ。そのときユヅキは救世主()に力を与えてくれたんだ。だからユヅキがあちらの世界に喚ばれたとき、なにも与えられていなかったのはそれが理由」


「でも、異界の乙女の力は喚ばれたときに手に入れるものだって……」


「ユヅキ自身はまだ世界を越えていなかったけれど、代わりになる四つ葉のクローバーは世界を越えた。そして貰った俺もまた世界を越えていた。だから力の与えかたが今までとは変わるんだと思う。現に俺は力を貰ったからね」


 アレンさんは本当に嬉しそうに笑って、愛用のブレスレットを撫でた。


 そういえば、あのブレスレットについている魔宝石の一つに四つ葉のクローバーが入っていた。見たときはこっちの世界にもあるんだなって思っただけだったけど……。


「気づいた? これがユヅキのくれた四つ葉のクローバー。魔法で加工して宝石の中に埋め込んだんだ」


「え、と、大切にしてくれて嬉しいです。ありがとうございます」


「こちらこそありがとう。あの日からずっと俺はユヅキに救われてるんだ。もっと言えば、俺はあの日からユヅキにずっと恋をしている」


「は、い……!?」


「ふ、あはは。真っ赤な顔もかわいい」


「うっ、ぐ……アレンさんは楽しそうですね」


「楽しいと言うよりは、嬉しいんだ。ユヅキが俺にそういうかわいい表情を見せてくれるのが。あと俺がこういうことを言うのも、こういう表情をするのもユヅキにだけ」


 照れから熱くなる顔がさらにじわりじわりと熱くなっていく。このままでは沸騰を越えて爆発してしまいそう。ただ、今はこの甘くなりつつある雰囲気に身を任せるわけにはいかない。


 赤くなった顔を両手で扇ぎ、真剣な表情にする。


「アレンさん。帰りかたはわかっていますか?」


「わかっているよ」


「よかった……帰れなかったら大変ですから」


「ねえ、ユヅキ」


「なんですか?」


「通い婚にしない? もちろんいろいろな不安要素などを考慮して俺がユヅキのところへ通う。もちろん行くときは前もって連絡するから予定を合わせよう」


「へ? え?」


 突然の通い婚しよう発言に頭が混乱する。離婚はせず婚姻関係は続けたままアレンさんが私のところに通ってくれる……えーと、それはつまりこの世界とあちらの世界を行き来できるってことだよね。それは嬉しいけど、いろいろ問題や心配事がある。


 私の異変に気づいたアレンさんは「大丈夫。ちゃんとこちらの世界に乗っ取って結婚はするし、ある程度は把握してるからそれを守るよ。だから今この世界での俺たちの関係は恋人ということにしよう」と言った。


「いつの間に……」


「あちらの世界に救世主しか入れない神の間があっただろう。あそこで情報だけ手に入れて勉強したんだ。まあ一番はユヅキを帰して、さらに俺が行き来できる方法を探している最中に偶然手に入れたものだったけれど」


 アレンさんの言葉に目が点になったあと瞬きしかできない。いろいろ言いたいことはあるけど、ご都合的展開とか救世主だからとかで話が終わりそう。聞くだけ無駄かもしれない。うん。これ以上は深く考えないようにしよう。


「通い婚は嫌?」


「嫌じゃないです。ただアレンさんの負担が大きいですし、もしアレンさんが帰れなくなったら……」


「大丈夫だよ。行き来できるように創った出入り口がなくなることは決してない。だって救世主()が世界を脅した(と話し合いをした)からね」


 聞こえた言葉の奥に物騒な言葉が聞こえた気がしたけど、気のせい。気のせいにしよう。


「……」


 それにアレンさんともうお別れをしなくていい。大切な人たちのどちらかを必ず選ぶ選択もしなくていい。どちらも選びたいわがままな私が一番幸せになれる道を、アレンさんがつくってくれた。


 それは間違いなく幸せなことだ。だけどどこか不安になるのはなぜだろう。


「いった……! なにをするんだジーク」


「つい思わず。勝手に拳が動いた」


 突然現れた見慣れた大柄の男性に「お久しぶりです、ジークさん!」とつい先程まで抱いていた不安はどこへやら明るい声が出る。


「よお、久しぶりだな」


「ユヅキー! わたしもいるよー!」


「わ、リタ! 久しぶり!」


「久しぶりー! わたしたちもユヅキに会いに来たよー!」


「ありがとう! 嬉しい」


「えへへー、わたしも会えて嬉しい」


「ユヅキ、僕もいる」


「フィルも久しぶりだね。元気だった?」


「元気だったよ。ユヅキはちょっと不安なことがある感じ?」


「……ちょっと、だけね」


「ふーん。アレン、ユヅキに愛想尽かされるよ」


「それは困る」


「だったら速度合わせなよ。アレンの気持ちが前のめり過ぎて不穏な雰囲気が出てるし、ユヅキの気持ちを知ってるからってその気持ちを引っ張ってくからユヅキが不安になるんでしょ」


「そうだよー! アレンくんってば急ぎすぎー! ユヅキ、大丈夫だからね! 危ないことはしてないよ! ちゃんと安心安全正当な話し合いだったから!」


「そこはそばで聞き、見ていた俺たちが証言する。安心してくれ。たとえアレンの言葉の奥に物騒な言葉が聞こえたとしてもだ」


「そうそう! 奥にある物騒な言葉とは裏腹にちゃんとした話し合いだったよ!」


 あー、やっぱりみんなもアレンさんの物騒な言葉が聞こえていたんだ。そうだよね。みんなのほうが付き合い長いもんね。


 納得してしまって小さく頷いてしまう。


「……ユヅキ、ごめん。怖かった?」


 しゅんとしてしまったアレンさんが不謹慎にも可愛くてきゅんとしてしまう。リタたちがいてくれるおかげで空気が変わってそう感じるだけの余裕ができたからである。


「怖いと言うよりは……アレンさんのことはもちろん、この世界とあちらの世界を繋いだことで起きるかもしれない問題もいろいろあると思うので不安が強かったです」


「そうだよね。本当にごめん。それについてはまたあとで説明するね」


「はい」


「ユヅキ! はいこれ! 通信用の魔法石を付けたネックレスだよ! ちなみに認識阻害魔法もかけてあるからわたしたちとユヅキ以外には見えないよ! あ、あと安心してね! こっちの世界に異常が起こらないように加工済みだから!」


「うん。ありがとう」


 手渡されたネックレスを見ている私に「できればずっと身に付けてくれると嬉しい」と言った。私はそれに大きく頷いてネックレスをつける。


「アレンさん、ありがとうございます。あとリタとジークさん、フィルもありがとうございます」


「ユヅキ。また会おうね」


 私に微笑んでくれるアレンさんに微笑み返す。そして今日はこれでアレンさんたちと別れて家へと戻った。


 この日以降アレンさんとこちらの世界でデートをしたり、アレンさんが私の両親に挨拶してくれたりといろいろあった。あとなぜかもう一度あちらの世界に行くことになったりもした。


「たぶん、これからもいろいろあるよなあ……」


 でも今の私はとても幸せだ。


 私はペンを持ち白紙になったノートにまた綴っていく。そして増えていくページに笑顔になる。


 今度は、消えていきませんように。


 そう願ってノートを閉じ引き出しにしまった。

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