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我が家の防音は完璧です。

 我が家の防音は完璧だ。

 地下は広めの防音室と、倉庫と小防音室。

 一階はLDKと水回り、ピアノ教室にも使える洋室と、あとは和室が一部屋ある。

 二階は個室が六室。内一室は、祖父の部屋だったのでそのまま残してある。

 残り五室は、祖父が亡くなった後、杞冬が転居し、俺の父が相続してお弟子さん方には出てもらって、ケガから回復してきたユキさんが入居した。俺も入って、更に俺の両親の荷物や、祖父や杞冬の母の荷物やピアノなども、空き部屋に置いてある。それで、だいたい二階は埋まった。

 祖父は、指揮者として世界を股にかけて活躍していた。亡くなった時には六十になっていたけれど、まだまだ引っ張りだこだった。そんな祖父が作った家なので、部屋のドアも窓もすべて防音仕様だ。まあ、建物の外にまったく漏れないという話ではないけれど、大音量向けの防音室は地下だし、各個室もアップライトピアノを置く前提で作ってあるので広めだし、防音になっている。

 LDKも防音。なので、家の中で誰がどう動いているかというのは、音で聞き分けることはまずできない。

「・・・・・・それって寝取られっ・・・・・・」

 杞冬と二人、リビングを開けた瞬間に漏れ聞こえてきた言葉。

 うん、二人で地下で音出して遊んでいたけど小腹が空いたので、おやつを食べに出てきただけなんだけどね。お客さん来てるのは知ってたけど、ユキさんと杞冬の親戚だし、杞冬が構わないだろうと言っていたしね。

 俺たちがドアを開けた瞬間に客の口から出て来た言葉で、客はすぐに自分の手で口を塞いでいた。

 なんともいえない沈黙がおりた。

「・・・・・・て、え? なみさん?」

 杞冬が、ユキさんと客を見ていう。客は、ユキさんの実家がある本家のトップの人だと聞いているのだが。困ったように杞冬とユキさんを交互に見ていた。

 ユキさんはここ一週間くらい、やけに寡黙だった。弁当に箸をつけ忘れるとか、洗濯を間違えて個別籠に入れたりとか、インスタントコーヒーをカップに入れて間違えてビンにお湯入れたりしてた。

 何かあったんじゃないかとは、今日も杞冬と話していたところだ。

 ユキさんは、苦い顔をしていた。けど、いずれ言うつもりはあったのだろう。

「別れた」

 と、ため息を落としつつ言った。

「えーーーっっっ!?」

 俺も杞冬も寝耳に水。確かに、婚約中なのに月に一回くらいしか会っていなくて心配してはいたけど。何度か、ユキさんの婚約者の『なみちゃん』には会ったことはあるが、二人が会話しているのを聞く限りでは、お互いの信頼度が高くて、淡白なわりにラブラブなんだなあって印象だったんだけど。でも、え? 『寝取られ』て、不穏過ぎないか?

「おやつならケーキ買ってきてくれたから、冷蔵庫にあるから箱ごと持ってけ。お湯入ってるからポットも持ってけ」

 とっとと消えろということらしい。

「いや、ちょっと待ってよ。そんな、えっと、五年以上つきあってたよね? 婚約して二年以上たってるよね? 来年には結婚すんのかなって、、、なんで?」

 いや、杞冬、あんまり突っ込まないであげようよ・・・・・・。

 ユキさんは、また溜息を落とす。それから、立ち上がった。

「紅茶お代わり入れますよ」

 俺たちにも紅茶を入れてくれるらしく、キッチンに立った。杞冬は客の方に行く。俺はくっついて行った。まあ、LDKなので同じ部屋の中なのだが、ちょっとは距離がある。

「どういうことです?」

「大人の話だ。口出すな」

「出したのそっちでしょ」

 もっともだ。部屋は防音仕様だというのに、ちょうど漏らした。

 客は、四十代後半くらいだろう。恰幅のいいおじさんだった。おじさんは嫌そうな顔をしていたが、ふと何か思い出したようで、杞冬の方を向いた。

「おまえ、彼女いるのか?」

「突然何です?」

「うちの娘に興味あるか?」

「悪いけどないです。個人じゃなくてそっちの村に興味ないです」

 年に一回のお祭りしか、杞冬は実家へ行かない。これは『義務』だという。年末年始も帰らない。母親もそうだったし、ユキさんも以前はそうだったらしい。

「まあ、そうだよな。お前はもう帰ってこないんだろう? 村には。俺も娘を外には出したくないしなあ」

 村というけど、市町村合併で今は市のはずなんだが。彼らはいつも地元のことを『村』という。杞冬たちの実家は神社の神職の家系で、その神社が中心になった地区が、かつて一つの村だったらしい。

 ユキさんがケーキの箱と皿とフォークを持って来る。

「杞冬を巻き込まないでくださいよ、家長」

「確認だよ。村でこんな話できないだろ。亜希に怒られる」

「亜希さんという常識に感謝ですね」

 亜希さんというのは、村社会どっぷりの家に嫁に来た元自衛官だそうで、一般社会の考え方や常識をこれでもかこれでもかと、家に浸透させた功労者なのだという。

 ユキさんは、ケーキを選んでて、と言ってまたキッチンに向かった。おじさんが箱を開け、お前ら分は二個計算だぞと言った。ケーキは、各種入り混じって六個入っていた。どれにしようか迷う。

「まあ事情はともかく、俺ももめごとはいやだし、冬季もおおごとにならないようにしたいようだから、うまくまとめる方法を考えてるんだよ。ほらケーキ選べ」

「村のもめごとになるんですか?」

「そりゃなるよ。三家筆頭神谷の最優良株と七家のうちの一家の次期家長の婚約が破棄になるんだぞ? 菜摘の次期家長の芽は完全になくなって誰があの家を継ぐかってもめるのは絶対だし。何より冬季の婚約者争いなんてもんが今更勃発したら、ここ何年かで結婚した村中の娘たちが離婚させられて戻って来て独身含めてとんでもない争いになるぞ。死人が出かねない」

 俺はフルーツがたっぷり乗って生クリームでデコられたケーキとチョコクリームのケーキに目をつけつつ、それはさすがに言いすぎじゃないかと思ったが、なんか隣で杞冬が納得していた。マジか。

「ほれ、祥平君、先にとっちまえ」

 俺が選択済みなのを見てとったおじさんは、ケーキ皿を渡して来た。一番乗りは取りにくいんだけどなと思いつつ、俺はいただきますと言ってケーキ二個をつまみだす。

「それで、さっさと婚約者を決めちゃおうってことですか?」

 杞冬は、目でケーキの箱を見ながら小声で尋ねている。

「そうだよ。俺は昨夜、菜摘の育て親に聞いたんだ。本人から連絡もらって即突っ走って来たらしくてな、パニックになってて、話を聞き出すだけで大変だったぞ。ちょうど今夜会合があるから、それまで絶対黙ってろって脅してある。今日、冬季が家にいて良かったよ」

 土曜だとはいえ、ユキさんは急に仕事に呼ばれることも多い。

 杞冬はプリンアラモード風とティラミス風のケーキを取った。

「で、婚約者候補は『みゆ』ちゃん?」

「まあ、妥当だろ? 同じ家だが血縁は一応祖父が兄弟ってとこまで離れてるし。本家から出すなら、よそも文句は言えないからな」

「本人は? みゆちゃん俺と同じ年でしょ、高三じゃないですか」

「まだ聞いてない。あいつは最近俺と話しないからな」

「それで勝手に決めたらますます話してくれなくなりますよ?」

「父と娘なんてそんなもんだろ?」

「亜希さんの意見聞いてみるといいですよ? また常識叩き込んでくれますよ」

 おじさんは、渋い顔をした。

 ユキさんが大きなお盆に紅茶を載せてきた。おじさんと自分の分を置くと、お盆ごと俺らに寄こす。ケーキを載せて去れということらしい。

「行こう」

 杞冬が言うので、おとなしくまた地下に戻った。

「本当、お前らの実家って、面倒なのな」

「まあ、俺はもう放っておいてもらえてるけどね。多分、ユキちゃんがそういう風にしてくれてるんだ」

 ユキさんは、そうはいかないらしい。

「俺らと同じ年で、七つ上の男といきなり婚約かあ」

「まあ、本家家長の娘だから。もっとも、本人は親両方嫌っててさ。さっき話に出てた亜希さんってのが、母親の天敵なんだよ、みゆちゃんの妹と亜希さんの一人目の子が同じ年なもんだから、いろいろ比べられて仲が悪いんだ。それで、その亜希さんと仲がいいんだよ、みゆちゃんは。その影響で、ちょっとなんか言うと、立て板に水でばーーーーっと、言い返してきて、うざい」

「それは、ユキさんも大変だな。愛のない結婚ってやつかぁ」

「さあ? みゆちゃん、ユキちゃん相手にそれやってんのは見たことない、そういえば」

 そんなこんなで、ユキさんは婚約者に振られた一週間後だというのに、次の婚約者が決定しそうだ。ちなみに『みゆ』は『未冬』と書くそうで、やっぱり『冬』がつく親戚らしい。

 なお、振られた過程については、話してくれなかった。

 その日の夜、ユキさんは父方の甥に会う(杞冬は母方の甥)と言って出かけて、四十過ぎの甥を引きずって帰って来た。飲み過ぎたらしいのだが、ユキさんは『ザル』なのだそうで、慰めるために付き合った相手の方が沈没したらしい。


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