最終話 合格しました。
「合格おめでとーっ!」
「合格、卒業おめでとう」
「おめでとー」
「おめでとー」
我が家での、全員第一志望合格の祝い会である。ついでに高校卒業祝い。
俺は、第一志望、第二志望ともに合格。
みゆちゃんは第一志望合格第二志望不合格。
当然、俺は最難関の第一志望を進路として選択したし、みゆちゃんも第一志望に進学だ。
杞冬も秋に合格済みだったけど俺の結果が出てから一緒にやろうと、お祝いをしていなかった。
そんなわけで、ユキさんがお休みの日に、ごちそうをたくさん用意してくれてのお祝い会だ。
俺と杞冬は地下室で連弾したりして楽しい音だしをして過ごし、ユキさんはみゆちゃんに料理を教えながら、ごちそうの準備をしてくれた。
みゆちゃんは、久しぶりにうちに来た。
なみさんと会った日、みゆちゃんは受験日だった。
翌朝、ユキさんは朝食の支度に戻って来ていたけど、みゆちゃんは姿を見せることなく実家に帰った。まあ、いつも夕飯にしか来てなかったけど。
卒業式も終わって、みゆちゃんは進学のために引っ越してきたのだ。荷物は明日届くらしく、今日の昼過ぎに本人だけ先にやって来た。
みゆちゃんの部屋は、うちと駅の間にあるマンションの一室。間取りは一DK。ユキさんは変わらず、うちに住むらしい。
受験期と同じく、みゆちゃんが夕飯に現れ、ユキさんが送迎する。学業に専念するため、という名目だ。
地元でも二人が結婚した話は公式らしいけど、三月中に正式に地元でお披露目会をやるのだそうだ。これは、神社の氏子さんたちが主催するらしく、部外者は参加できない。
なので、ユキさんの職場の人やみゆちゃんの友達や、俺を含む杞冬側の親戚もお祝いをしたいということで、これらを混ぜた人前式も夏休みにやることになった。
受験から今日までの間にもユキさんは何回か実家の方へ行っていたし、二人の仲はそれなりに順調らしい。
俺はというと、発表当日、第一志望合格の報告メッセージを彼女に送った。
既読後三時間くらいしてから、お祝いのスタンプと一緒に「私たち、友達かな?」という文字が送られて来た。
俺は「そうかな?」と打ったあと、「そう」に戻して、「そうだね」にして、送った。
返事は来ず、今に至る。まあ、正式に元カレ元カノになった感じだ。
なみさんは、二人の地元からは切り離されたらしい。
なみさんは神社を支える七家のうち二屋という家の跡取りで、ユキさんが婿に入るはずだった。これまでは名ばかりだったけど、その名ばかりの跡取りという形も消えて、遠縁になる食品工場の社長の家系が本家になることになったらしい。いつもユキさんと飲みに行っては撃沈しているユキさんの年上の甥の昴さんが家長になるのだそうだ。
お祝い会は、食後は地下室で俺と杞冬の演奏で盛り上がり、みゆちゃんがユキさんをつかまえて踊り出したりしてユキさんが困りつつも相手していた。そうして、みんなで後片付けをしてみゆちゃんをユキさんが送って行って、そのまま帰ってこなかった。
三人とも無事に進学して、大学生生活に入った。
ユキさんはこれまでどおり出張したり夜働いたりもしながら仕事を続け、時々みゆちゃんのところに泊まったり、神社に行ったりしていた。
地元のお披露目会も夏の人前式も済んで、お祭りが終わったあとには、二人は新婚旅行に出かけて行った。北陸に一週間。ユキさんは神様が入っているので、日本から出られないのだそうだ。
二人の間には、女の子が生まれた。ユキさんが二十七歳、みゆちゃんが大学三年になる二十歳の年の春だ。
子供が生まれた年に、神社では七年祭が行われた。
ユキさんたちの実家の神社では、毎年一年祭が行われて、七年に一度それが七年祭になる。神社の中にいる神様が、ユキさんたち一族の人の体から体へお引越しする日。
前回は、殺人事件があって、杞冬の両親が亡くなった。事件を引き起こした怨霊はすでになんとかされているんだそうで、今回からはその脅威はない、ということだった。
俺は、フランスで行われるコンクールに出かけていた。
七年祭の晩、杞冬はメッセージを送って来た。
『無事に終わった。みゆちゃんが神宮になった』と。
つまり、みゆちゃんはこれから七年間、神社から出られなくなるのだそうだ。大学子供が生まれるので四月から休学していたけど、退学するしかないらしい。せっかく頑張って入ったのに、神様は容赦ない。
俺はそのメッセージを見てからコンクールに挑んだのだけれど。無事三位入賞を果たし、ちょびっと日本でも報道されたそうだ。
杞冬とユキさんにも結果を報告した。杞冬からはお祝いのスタンプが送られてきたけど、ユキさんの方は既読にならなかった。七年祭の後だし、妻がそういう状況だし、赤ちゃんいるし、まあ、忙しいのだろう。
俺は両親が住んでいるニューヨークに寄ってから、帰国した。
家に戻ってから、杞冬に聞かされた。
ユキさんも、今は神社から出られない状態なのだと。
「うちの神様、みゆちゃんもユキちゃんもお気に入りだから」
子供は、家長夫妻が世話をしているらしい。というか、こちらにも子供が生まれたので、双子状態で世話をしてくれているんだそうだ。
杞冬に誘われて、俺は初めて、その神社へ行った。
東京の家から、車で一時間半くらいで着いた。
知る人ぞ知るらしいけど、ほぼ無名の神社にしては大きくて立派だった。まあ、俺は神社仏閣に興味がないので、それくらいの感想しかない。あとは、よく手入れされているみたいだなあと思ったくらいだ。
俺は、杞冬に作法を教わりながらお賽銭を入れてお参りをして、神社の建物の外側に回った。
人気がないタイミングを見計らって、杞冬が垣根に作られた小さな出入口から中へ入る。本当は、雑用的な用事でしか使わない出入口なんだそうだ。
そこから入って、杞冬は、真ん中の建物の床を小さくノックする。
するとしばらくして、さらに奥の建物から、ユキさんが渡り廊下を通って姿を現した。
白い着物に白い袴で、歩いて来る。家にいる時と違って、ああ、神主でもあるんだっけ、という感じだ。神々しさまである。
ユキさんは、俺たちの近くまで来て、正座した。
「いらっしゃい。賞を採ったんだってね。おめでとう」
ふわりと笑って、そう言ってくれた。
「ありがとう。そっちは、なんか大変みたいだね」
俺は、ちょっと引きつった笑顔になったかもしれない。
「まあ、慣れてきたよ、もう半月経つしね。うちはもともと、奥さんの方が強いから」
杞冬に聞いた話では、神宮様は並ぶものなき高位の人、なんだそうだ。あくまでその筋では、だそうだけど。
「休みがなくなっちゃうから、来週には東京に戻る予定。みゆの部屋の方は引き払うから、引き続き居候させてもらっていいかな?」
「全然かまわないよ。子供は?」
「こっちに置いてもらうよ、保育施設あるからね。休みは戻るし」
そういって、ユキさんが振り返る。
いつの間にか、奥の建物の端に、みゆちゃんが座っていた。
こっちを見ているけど、特に表情はない。威圧感さえ感じられた。
杞冬が深く頭を下げたので、俺もならって頭を下げた。
「じゃあ、またね」
ユキさんはそう言って、俺たちが頭を下げているうちに、戻って行ってしまった。
戻ったユキさんはみゆちゃんから離れたところで一度正座して手をついて頭を下げてから、再び立ち上がってみゆちゃんの後ろを通って死角に入ってしまった。
みゆちゃんは、お賽銭箱とかがある拝殿の方に視線を向けている。もう、俺たちに興味はないみたいだった。
杞冬に促されてもう一度深く礼をしてから、俺たちは建物から離れた。
俺は、神社の鳥居を出てから、作法どおりに頭を下げて、鳥居越しに神社を見た。
大きい神社なので、本殿はずっと奥にある。でも、そこまで見れた。
本殿のずっと奥に、みゆちゃんが立っていた。小さな小さな人影だったけど、わかった。杞冬も気づいて「神宮様だ」と言った。杞冬にとっては、みゆちゃんは今はもう神宮様なのだ。
そういう家も、あるんだろうけど。
俺にはちょっと、哀しい家に思えた。
そうして、俺の憧れ混じりの、儚い恋は、終わった。




