添い寝のお時間です。
共通テストも終わり、いよいよ実技のピアノに専念する日々を送っていた俺は、何故か喉をやられた。
「乾燥かな」
地下室でエアコンと加湿器で過ごしていたんだけど、部屋は広い。加湿のし過ぎもそれはそれでピアノに悪いから、それで乾燥しただけ、だとは思う。
「熱は?」
夕飯を食べに行ったらしゃがれ声だったので、ユキさんがおでこにさわってきた。ユキさんは体温が高い人なので、ユキさんと同じくらいなら普通の人は微熱だ。
「ちょっとあるかな。熱、ちゃんと測ってみて」
食卓が整うまでの間に測ってみると、三十七度三分だった。微妙。
「祥平は平熱三十六度以下だろ。ずっと家にいるのにどこで風邪もらってきたんだ?」
自由登校なのをいいことに、あっちこっちひっぱりだこな杞冬がご飯をよそって配りながら言う。うん、久しぶりにそろったな。
「そりゃ、外を出歩いてる人が運搬してきたんでしょう。ユキさんかこーちゃんだよ」
そろったを通り越して、一人多い。
ユキさんの妻になった、神谷未冬こと、みゆちゃんだ。
「私も受験生なんだからね、二人とももらってこないでね! しょうちゃんもそこでストップさせて治してね!」
「無茶言うし。自分棚上げだし」
ユキさんが、カセットコンロにあつあつの土鍋を運んでくる。ガス台で作ったものを保温するためのカセットコンロだ。
「私は部屋とこことコンビニだけだもん。あ、ユキさん一緒に寝てあげればいいじゃん。一晩で治るでしょ、そうすれば」
おい。
「そうだね。俺、今日添い寝するよ」
「ちょいちょいちょい、ちょい待とうっ!」
なんなんだ、この夫婦は。
「何? 治してもらった実績あり?」
杞冬はにやにやしながらみゆちゃんに声をかけている。身内の余裕か?
「ないけど。でも効くんでしょ?」
みゆちゃんがユキさんに訊いている。
「近い方が効くらしいよ。ただの風邪でやったことないけど」
重症患者の近くで昼寝をすると回復力をマシマシにするらしいユキさんだ、添い寝なんかしたら風邪通り越してパワーアップさせられそうだ。
「いや、同じ家で一晩寝れば十分だと思う。たいてい一晩で治るし」
そう、風邪っぽいのもぶつけた傷も、たいてい一晩で治るのが我が家だ。ユキさんは掃除くらいしか地下室に行かないから、地下は影響力が低かったんだろう。
「でも第二希望明後日だろ? 俺のせいで総合型落ちたやつ」
「いや、別にユキさんのせいじゃないから」
たしかに、当日にユキさんが脱水症状でぶっ倒れて、朝っぱらから調子が狂ったけど。
どっちかって言うと、弁当のカツ弁が胃にもたれたせいだ。ユキさんのカツ弁食べそこねたからって、買わなきゃよかった。
「俺のせいだと俺が思うんだから俺のせいだよ。うん、添い寝ね、決まり。三時間だけね」
「良かったねー、明日万全で練習できるよっ」
本当なんなの、この夫婦。
みゆちゃんは、共通テストが終わってから、近所に借りた部屋に住み着いている。共通テストの会場は実家からの方が近かったのだ。
東京の私立を本命以外にも受けるそうで、集中するために人が多い実家から移動してきたのだという。
「わー、鍋。わー、鍋だ」
四人でつつきあうことになったのは、豚ごまみそ鍋。高校三年生が三人もいるからと、もうひと鍋ガス台で待機している。
ユキさんやみゆちゃんの実家である神社は、人が多いので食堂があるのだという。本当に、一般の人も食べにこられるような食堂なので、フードコートみたいになっているらしい。そんなわけで、家族で鍋をつつくとか、そういうことがないのだそうだ。
それで、鍋を食べようということになった。まあ、元気な人がいるのはいいけどね。
みゆちゃんは、引っ越してきてからは夕飯をうちに食べに来ている。ユキさんが仕事から帰ってきてから夕飯だから、うちの夕飯はたいてい七時半頃だ。みゆちゃんは、帰宅中のユキさんと合流してうちに来て、食べたらユキさんに送ってもらって部屋に帰る。そうして、ユキさんはうちに戻ってくる。
結婚は、本当に紙の上だけ、らしい。
「まあ、まだ受験とかあるしね。一応来年結婚式改めてやるから、それからだなあ」
杞冬が聞いてみたら、そんなことを言っていた。
高校三年の十一月の終わり頃に入籍したから、バリバリに受験生。デートする余裕もない。年末年始はユキさんが実家に行っていたので一緒にいたのかと思えば、実家が神社なので受験生まで駆り出される状態だったそうだ。
そんなわけで、ただの親戚から一歩も進展していないらしい二人だ。
さすがに、慣れてきた。
四人(ただしユキさんは超少食)で二鍋をカラにして、ユキさんがみゆちゃんを送って行く。みゆちゃんも受験生なので、お茶のいっぱいさえ飲まずに帰る。
「しょーちゃん、ちゃんと治せよー」
そう言って、みゆちゃんは帰って行く。まあ、いい子だよ、うん。
シンプルに夕飯前に来て、夕飯ができるまではリビングで英語のリスニングやってて、夕飯食べたら帰る。食事中も三人の事務的会話に入って来たりもしない。世間話にはちょっと入る。それだけ。
「祥平、風呂入れてるから、先に入れよ」
俺がコーヒーを入れている間に消えていたと思ったら、杞冬は風呂の準備に行っていたらしい。
「もう少し弾きたいんだけどなあ」
「無理すんなよ、鍋であったまって、風呂であったまって、ユキちゃんであったまれば完璧だ」
「……本当にやんの? それ」
「ご利益抜群だろ」
チャンスがあるのに断ろうなんて信じられない、という顔をされた。そんなに当たり前のことだっけ? 添い寝って?
杞冬が夕飯の後片付けをしたら飲むといって、コーヒーもとられた。仕方なく、俺は風呂に入りに行った。
風呂を出たらユキさんが帰っていて、じゃ、俺も入るわ、と風呂に行った。うーん。
風呂あがりには、杞冬がホットミルクを寄こす。甘い。ショウガも入ってる。
「夕飯の片付けも明日のご飯のセットもやったから、ユキちゃんもあとは寝るだけだ。それ飲んだら先にベッド入ってろよ」
うーん、当たり前なのか? 本当に?
ホットミルクを飲み終えてぽかぽかのまんま二階に上がっていると、風呂場からユキさんが出て来た物音がした。うーん。
ベッドに入って二十分くらいした頃、ノックされて、ユキさんが入ってきた。
「おー、寝るぞ。奥行って」
うーん、マジか?
「今日は塗らなくていいの?」
「ひどいとこは塗ったし、大丈夫」
ベッドはどの部屋もセミダブルだ。ユキさんはやせているから、男二人でも幅的に問題はない。
俺が奥にずれると、ユキさんが部屋の明かりを消す。
カーテンからこぼれてくる外の明かりだけでも、それなりに見える。ユキさんが、ベッドの隣に来て、自分の枕を置く。そうして、横になると、二人で布団をかぶった。
ユキさんは、部屋側に向いて寝る。横向きだ。右肩を上にして眠る。逆にしたりあおむけだと、ケガの痕が痛いのだそうだ。
「ユキさん、薬は?」
「飲んできた。だから三時間は寝るよ。起きたら出て行くから」
「うん」
普段は睡眠薬は使わない。一時間半で目覚めることも多いらしい。薬を飲めば三時間は眠れるのだそうだ。まだ十時にもならないので、ずいぶん早起きさせてしまうことになる。
「部屋で寝直すとかする?」
「いや。部屋で作業。寝る前にやるかあとでやるかの違いだけだよ。寝よう」
あとは、黙った。
ユキさんは体温が高いから、布団もすぐに温まる。ちょっと力が抜けた感じがして、ユキさんが眠ったのがわかった。
ユキさんの睡眠薬は、強めの薬なのだそうだ。だから、危ないので家には置かず、いつも持ち歩いているらしい。
そうやって強制的に眠らされたときは、ちょうどいい加減で近くにいる人への治癒力が働くのだそうで、病院でも強めに眠らされるらしい。病院ではなんせ八時間以上寝るらしいからなあ。
あんまり、体によくないと思うけどね、薬。
まあ、普段は飲まないようにしているらしいけど。寝る前はハーブティー飲むとか、スマホも札づくりもしないでゆったりするとか、逆に疲れ果てるまで仕事しまくるとかして寝る努力をしているらしい。
ユキさんは、三度も死にかけて、大ケガのせいであちこち不自由で、仕事もハードで。
そもそも、長生きできない家系で。
気に、ならないのかなあ。そういう、体によくないとか、そういうの。
人の健康は、こんなに気遣うのに。
横を向いても、しっかり布団をかぶっているので、ほぼ後頭部しか見えない。肌は、顔の一部と耳と、首が少し見えるだけ。
あー、ヤバい。本当、勘弁してほしい。
とりあえず、俺も寝ることにした。
あったかくて、気持ちいいし。
眠りは、すぐにおとずれた。やっぱ、ちょっと風邪気味だったんだろうな。そこに、鍋と風呂とジンジャーホットミルクとユキさんの四重攻撃だ。風邪も尻尾巻いて逃げるよな。
その日の夢は、真っ白な羊が巨大な土鍋の中でショウガが浮いた牛乳風呂に浸かってアヴェマリアを歌っているという、夢の中でまであったまる夢だった。




