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怒らせたら怖いんです。その2。

 今日、杞冬と二人で家に帰ってきたところ、杞冬が「なんかおかしい」と言い出した。

 リビングに行ったら、ユキさんはおらず、ユキさんの年上の甥だという昴さんという人と、ユキさんの会社の同僚だという昴さんと同じ年くらいの人がいた。

「じゃあ、私はこれで。ごめんね君たち。あとよろしく」

 その同僚の人は、斉藤と名乗った。そして、暖房もいらない秋晴れの日だというのに、ものすごく寒そうに身を縮めて帰って行った。

 残された昴さんは、窓を開けて直接秋の日差しを浴びつつ震えていた。

「俺、ユキ君に呼ばれたんだけどさ」

 杞冬が毛布を引っ張り出してきて、昴さんに一枚あげた。そして、自分もひっかぶった。俺は、天気いいのになんか家の空気が冷たいなあと感じる程度だったので、上着を一枚羽織って全員分の熱いコーヒーを入れた。そうして、昴さんに事情を聞いた。

「ユキ君が、フラれた話は聞いた?」

「別れたとは聞きましたけど、詳しくは」

 昴さんは、本家の家長さんが来た日にユキさんと飲んで飲み過ぎて家にひきずってこられた人だ。あれは三日前か。

 ユキさんは、自分では言いたくないけど俺たち二人には説明した方がいいからと、昴さんに説明を頼んでいたらしい。一応、それについては、親も含め絶対に誰にも話してはいけないと、昴さんに言われた。

 ユキさんの婚約者だったなみさん(本名は菜摘)は、同じ趣味の男性からこの半年くらい猛烈にラブコールを送られていて、ついにほだされたらしい、とのことだった。一因には、ユキさんの記憶喪失があるらしい。

 消えた二年の記憶の間、なみさんがユキさんを支えていた部分が結構あったらしく、ユキさんも知識としてわかってはいたけど記憶にはないので、大事にはしていたけど、微妙なすれ違いが発生していたようなのだという。

 そこに、ユキさんは放置して好きにさせるだけだったなみさんの趣味と、趣味がほぼ完ぺきに一致する若い男が現れた。彼は最初から、なみさんに熱い想いを伝え続けていたのだそうだ。それこそ、いくら振られてもめげずに、趣味の付き合いをしつつ。

 昴さんは遠回しに言っていたが、ようするに最終的になみさんは婚約者がいる身で流されてしまったらしい。

 それは、二人の実家がある村方面ではとんでもない事件ということになるのだそうだ。杞冬も、女たちの間で戦争が起きると言っていたが、いろいろお家問題もあるらしい。

 周りには、ユキさんと菜摘さんは、どちらかに結婚したい相手ができるまでの偽装婚約だったと公表する。そうでなければ実際、二人とも大変だったらしいので、一応通用する嘘であるらしい。

「でもって、今朝、婚姻届出したんだって」

「なみさんが?」

「いや、ユキ君が」

「はあっ!?」

 神谷家の家長の娘と婚姻届を出したらしい。たしかについ三日前、家長はその娘の話をうちでしていた。俺たちと同じ高校三年生。その子を婚約者に仕立てるのだろうとは、杞冬も言っていたが、婚姻届って。見れば、杞冬も知らなかったらしい。

「まあ、偽装婚約の話を通すためもあるらしい。土曜に家長が来たんだろう? それで、変なもめごとが起こる前に婚約者を決めちゃおうってことでおととい、ユキ君も実家に行ったんだってね」

 確かに、おとといの日曜、昴さんを家に送ると言って車ででかけたユキさんが帰って来たのは、夕方だった。

「で、今日は十八の誕生日なんだって、本家の長女のみゆちゃんの。それで、ユキ君は一時間休みをとって役所に婚姻届出して、それからさっきいた斉藤さんと仕事に出たらしいんだな。で、その仕事先に、なみちゃんの相手がいたらしいんだよ、偶然さ」

 そこからは、昴さんが斉藤さんから聞いた話らしい。これまたユキさんは自分で話す気になれないから斉藤さんに昴さんに説明してくれと頼んだらしい。

「その話の前に。ユキちゃんは、部屋に、いるんだよ、ね?」

 杞冬が、頭から毛布をかぶりつつコーヒーカップで暖をとりながら、訊く。

「いるよ。内側にお札貼りまくって、ドアの外にもユキ君に頼まれた斉藤さんがお札貼った。それでもこれだけ漏れてくるって、相当だよね」

 斉藤さんが言うには、相手の彼氏とユキさんは、ユキさんとなみさんの別れ話の時に会っていたらしい。彼氏は、だいぶ思い込みの激しい人らしく、お互い仕事の現場だというのに、ユキさんにいろいろ食ってかかったらしい。『どこの大根役者の一人芝居だよって感じ』と斉藤さんは表現したという。

 止める上司の言うことも聞かず、ただ立ち尽くすユキさん相手にテレビドラマのごとくなみさんの苦労と自分の愛情、二人の愛のつながりの強さを語り尽くしていたらしい。

 いきなり始まった三文芝居に、事情がわからないなりに止めていた彼氏の上司も斉藤さんも困惑していたが、その一人芝居のおかげで二人の関係を把握したらしい。

 そして、斉藤さんは、じわじわと、寒くなっていくのを感じていたという。

 ユキさんは、一言もしゃべらずにいたらしい。冷めた目で見てたけど、ものすごく耐えていたのだろうと斉藤さんは言っていたという。昴さんが言うには、ユキさんは感情の波が動くときは無表情になる癖があり、それをさらに抑えるときにはほとんど動きもなくなっていく。ずっとそれだったということは多分、本当にものすごく耐えていたのだろうと言う。

 ユキさんが、ものすっごくゆっくりと首の向きを変えて斉藤さんを見たので、斉藤さんは「仕事になりそうもないので我々はこれで!」と、ユキさんを連れて退場したのだそうだ。

 逃げるのかと追いかけようとする相手は、その上司が掴まえて応援を呼んで廊下で押さえこんでいたという。

「つまり、ユキちゃんが、ぶち切れてる、と?」

 杞冬が言う。

「ユキ君が自分で作ったお札であれだけ封じても漏れて来てるんだから、相当だよな。それでも多分抑えてると思うぞ? 一応亜希さんに連絡したから、迎えに来てくれると思う。亜希さんはほら、普通の人だから。一人で迎えに来るって言ってた」

 夜になって、亜希さんが車で来た。ユキさんは無表情に黙りこくったまま、迎えの車に乗り込んだ。昴さんは「何も聞かずこのまま神殿に放り込んでやって」と言って、事前に事情を聞いていた亜希さんは、呆れた顔で頷いていた。

 せっかくの入籍日。

 結婚相手とは、その日は一切没交渉(変な意味じゃなくてメッセージのやりとりさえなし)だったらしい。あの状態でスマホにさわったら百パーセントの確率で壊れるそうだ。

 夕飯は、昴さんがラーメン屋に連れて行ってくれた。

 昴さんと杞冬は、とにかく熱いものが食べたかったらしい。

 ユキさんは、一週間後に家長さんに送られて帰って来た。ずっと神社に立てこもっていたらしい。

 大量の流しの洗い物やぎゅうぎゅうの洗濯機を見ても怒らない、いつものユキさんに戻っていた。

「おまえら、冬季がいなくても大丈夫なようになれよ?」

 ユキさんの義父になったおじさんは、惨状に呆れて言い置いて行った。

 受験が終わったらね。

 しばらくは、時々冷気を感じることはあったけれど。前の生活に戻って、俺は受験モードに没入した。

 そういえば、ユキさん結婚したんじゃなかったっけ? とたまに思い出すが、とりあえず刺激しない方が良さそうだったので、放っておくことにした。

 まあ、愛のない結婚ってやつだしね。

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