揺れる語尾
「日本語はむずかしすぎる。たとえば敬語だ。こんな煩雑な尊敬表現は必要ない。そう思わんか?」と長瀬文部科学大臣は言った。剛腕で知られる政治家だ。
石浜国語課長と国語課庶務係長である私は呼び出されて、大臣室でかしこまっていた。課長は曖昧な笑みを浮かべ、「そうかもしれませんね。大臣のおっしゃることは一理あると思います」と答えた。石浜さんは上司への迎合と忖度で出世してきた。大臣の言葉は私には日本語の否定と感じられたが、課長はけっして上司に逆らわない。
「ですます体なんていらんよ。である体だけあればいい。きみはいずれこう答えるようになる。『そうかもしれないね。大臣の言うことは一理あると思う』とね」
大臣は私たちに諮問機関『日本語簡素化検討委員会』を立ち上げるよう命じた。
「事務局は国語課だ。本当は日本語簡素化推進委員会と名づけたかったんだが、推進を表に出しすぎないようにと総理から釘を刺された。委員会では賛成派と反対派の両方をメンバーとして加えなければならない。だが、結論は決まっている。日本語は単純化への道を進むのだ」
長瀬大臣の表情は石浜課長とは対照的に断固としていた。後で知ったことだが、大臣は懇意にしている米国の政治家から「日本語はわかりにくいね。とてもむずかしい」と言われたらしい。
事務室に戻ってから、課長は「委員の人選を進めてくれ。日本語簡素化に賛成の人間を8、反対を2くらいにしておけばいいだろう」と私に指示した。私にはこの案件について知識人の誰が賛成で誰が反対なのか、さっぱり見当がつかなかった。だが私自身は明確に簡素化に反対だった。改悪、すかすか化だと思った。
気は進まないが、仕事は仕事だ。私情は排して取り組まなければならない。
私は著名な言語学者、日本文学研究者、小説家、翻訳家などのリストを作成した。伝統的な国文学者は簡素化に反対しそうな気がした。私は未来学者や法律家、出版企業経営者、国際関係学者なども候補に加えてメンバーを選出し、課長に見せた。課長は日本文学の教授にバツ印を付け、伊豆原杏という名前を書き加えた。
春だった。人事異動の季節だが、課長も私もその年度は国語課から動かなかった。
6月、記者会見がセッティングされ、長瀬文部科学大臣が壇上のマイクの前に立った。大臣の目にはなにかを決断しきった人間が持つ冷徹さが宿っていた。記者やカメラマンたちは彼の言葉を待っている。大臣がよく通る声で話し始めた。無数のシャッター音が響き、フラッシュが光った。
「日本語はむずかしすぎます。ですます体や敬語を廃止し、である体に統一すべきです。いや、統一すべきだ。文部科学省はこの問題を検討する委員会を設置する」
空気が凍結したような静寂が一瞬、記者会見場を包んだ。それから水面に石が投げられたみたいに記者席がざわめいた。ペンが走り、カメラが光り、質問が飛んだ。日本語の未来をめぐる混乱が始まったのだ。
私は会見を録音しながら、日本の言語は変わってしまうのだろうかと考えていた。敬語という文化は消えてもいいのだろうか。
記者会見を境に日本中で議論が沸騰した。言語学会、出版業界、教育現場では廃止に反対する声が多かったが、海外メディアは「歓迎」「国際化への前進」などと好意的に評価する論調が主流だった。米国のとある新聞は「複雑な敬語や丁寧語の体系が日本語をむずかしくし、ひいては日本を理解する上での壁になっている。である体への統一は歓迎すべき変化だ」と解説した。
国会議事堂前では日本語簡素化反対のデモが行われた。手づくりのプラカードが高く掲げられ、横断幕がひらひらと揺れる。
『日本語を守れ』
『ですます体廃止反対』
デモに参加する人の数は1万人を越えた。統制されたシュプレヒコールが規則正しく連呼された。
SNSでは賛否が混在していた。
『#日本語簡素化反対』、『#である体統一賛成』、正反対のハッシュタグがトレンドの上位に昇った。
ある者は『敬語には心がある』と書き込み、またある者は『敬語は上下関係を再生産するだけだ』と主張した。『日本語の伝統を軽々しく壊すな』『言語は記号でいい』『ですますいらねー』などさまざまな意見が乱れ飛んだ。『トランスジェンダーで悩んでます。僕、俺という表現はいらない。私だけでいい』というポストもあった。無関心も多く、『どうでもいい』『それより給料を上げてほしい』というような言葉も散見された。
私はネットで見られる言葉を資料として整理した。賛否どちらが優勢なのかまったく判断できなかった。
私の名前は吉田衛。31歳の既婚男性だ。子供はいない。東京大学日本語日本文学科を卒業し、文部科学省に就職した。日本語を愛している。古き良き日本の伝統を守りたい。職務に忠実な官僚でありたい。長瀬大臣が言い出した改革は日本語の破壊ではないかと懸念しているが、内心の反発を押し殺し、政策決定の背後に控える黒衣として働いている。
日本語簡素化を命じられて怖ろしく多忙になった。ですます体廃止とである体統一に関する資料作成、世論調査、委員会の開催事務、議事録の作成などやるべきことはいくらでもあった。政治家や10人の選ばれた委員たちのように表舞台に立つことはないが、すべての議論が国語課を通過していく。私は机に積まれた書類の山とパソコン内にある大量のデータに向かいながら、日本語が静かに形を変えていく気配をひしひしと感じていた。
文部科学省の廊下を歩けば、同僚たちの声が耳に入る。
「丁寧語をやめるって、どうやって線を引くんだ? 公文書だけか、出版物全体か、それとも日本人全部に強要するの?」
「しゃべり言葉も変わるんだよな。上司に敬語を使わなくてもいいけど、部下からはタメ口を利かれるのか」
「もう国際社会では簡素化が合理的だって判断されてるみたいだぜ。俺たちが決めかねてるっていうのによ」
誰もが日本語としてなにが正しいのか掴みかねているようだった。私自身もそうだった。この仕事をしているうちに、日本語が変わることそのものはやむを得ないと思うようになった。言葉は移ろい、形を変えるものだ。しかし「です」や「ます」を失った後の日本の風景が、どことなく想像しがたかった。目上の人への自然な尊敬は残るのだろうか。言葉と共に失われてしまうのだろうか。
机の上の資料には、賛否両論が記されている。検討委員会の委員や有名な知識人たちの意見は割れている。ネットの海を探ると、関連する無数のデータを拾うことができる。そこにも賛成と反対がある。ですますは淘汰されるのか、それとも生き残るのだろうか。
大臣は簡素化を強力に推進しようとし、課長は忖度していたが、私はできるだけ中立でありたかった。
課内の電話は途切れずに鳴り続けた。受話器を取って話を聞き、返答するのも仕事のうちだった。残業につぐ残業で、帰りはいつも終電に近く、深夜にタクシーで帰ることもたびたびだった。
常に疲れていた。中立でいたいというのは、意識の表層にある建前なのかもしれないとふと思った。敬語が消えようと残ろうとどちらでもいい。さっさと結論を出してほしい。それが私の本音になってしまっているような気がした。
日本語簡素化討委員会が開かれると、私は事務局員として会議室の末席に座る。隣には石浜課長がいる。
委員は全部で10人。推進派が7割、反対派が3割といったところだ。
推進派の中心人物は言語学者で大学教授の伊豆原杏。新進気鋭の言論人で、彼女が書いたブログをもとに何冊かのエッセイ集が出版されている。長瀬大臣と親しいという噂がある。
反対派の代表的人物は小説家の葛城真人だった。端正な顔立ちをした40代半ばの人気作家はどこかしら影のある雰囲気を漂わせている。
伊豆原教授がまず口を開いた。
「国際社会の言語環境を考えれば、日本語の簡素化は必須と言える。敬語体系は複雑で、ですます体は過剰であって、海外の学習者にとって大きな障壁となっている。日本語の効率化は、日本語話者の増加に直結し、国際的な日本理解を深め、ひいてはこの国の経済的な利益にもつながる。日本語はもっと簡単であるべきよ」
その語り口は滑らかだったが、反対派からは御用学者と陰口を叩かれている。
葛城真人が挙手し、ゆっくりと話し出した。
「言葉は簡便さだけで価値を決められるものではありません。日本語は敬語や多様な語尾によって、感情の揺れや関係の距離を繊細に伝えてきました。同じ意味の言葉であっても、言い回しひとつで世界の形が変わるのです。僕はその複雑さこそが日本語の美だと思います」
彼の声は静かだったが、重みがあり、説得力が感じられた。
「簡素化は言葉の余白を削ぎ落とす行為です。余白がなくなれば、心の影もなくなる。そして影のない言葉は、やがて心を照らすこともむずかしくなります」
付け加えられた言葉はやや意味不明だったが、半数の委員たちをうなずかせた。残り半数は腕組みをしたり、首を傾げたりしていた。影とは深みといったような意味だろうかと私は考えた。
伊豆原教授がさらに発言した。
「感情論で改革を止めるわけにはいかないわ。言語は効率化されるべきよ。複雑な余白なんて保持する必要はない」
作家と教授が睨み合い、会議室は緊張の色を帯びた。
私の気持ちは葛城さんの発言で揺さぶられていた。ノートパソコンのキーボードを打ちながら、私は自分に冷静であれと言い聞かせた。
葛城氏は険しい目付きで伊豆原教授を見据えた。
「言語の効率化は心の動きを縮めてしまうと思います。効率化を急ぐあまり私たちはなにを失うか、もう少し考えるべきです」
私は作家の意見にうなずきかかった。しかしそれは職務の中立性を脅かす心理だった。政治家は主張していい。だが官僚はそうではない。議事録に担当者の意思が反映されてはならない。私は心に石を結んで水底に沈めようとした。
特段の結論が出ることもなく委員会は終了した。
その夜、母から電話がかかってきた。
私の母は長年中学校で国語を教えているベテラン教師で、この騒動を気にかけていた。いま敬語について生徒にどう教えるべきか悩んでいるようだった。あたりまえだが、現行の学習指導要領はこの問題についてなにも示唆していない。
「あなたのところ大変でしょう? 教育現場も揺れているけど、いまのところ従来どおり教えるほかないと割りきってやっているわ。でも文科省はねえ……」
母の声はいつものように穏やかだったが、なにかしら沈んだ音色が感じられた。
「まあいろいろあるよ」
私は言葉少なく答えた。守秘義務があり、話せることはほとんどない。
スマホの向こうで、茶碗を置くような微かな音がした。
「敬語も丁寧語も、長い時間をかけて育まれてきたものよ。子どもたちに教えてきた言葉が急に変わるとしたら、寂しいものね」
母は反対派であるようだった。私は返答を探し、俺もそう思うと言いかけたが、言葉は喉の奥で固まり声にならなかった。
「でもね、言葉は変わるものだとも思うわ」
そう言われて、私は戸惑った。
「母さんは賛成なの、反対なの?」
「積極的賛成ではないわね。ただ、変わることを止められないなら、その変わり方をきちんと生徒に教えられるようでありたい。国がそう決めたからではなく、こんな意味があって変わったと説明したいのよ」
母の気持ちはよく理解できた。教育現場はそうあるべきだし、文部科学省は現場が理路整然としていられるように政策決定するべきなのだ。
しかし私はすでに政治決定の暴力的な理不尽さを知り尽くしていた。国会開催中、答弁書の原案を書きながら、どうしてこんなことを書かなければならないのだろうと思い悩んだことが何度もある。そこでは物事は理屈では決まらないのだ。
東京で初雪が降った頃、委員会はその最終的な結論を出し、文部科学大臣に答申した。
「日本語の語尾をである体に統一し、敬語体系を廃止する」
内閣でも改革案は承認された。政府は実施に向けて動き出し、文部科学省は法律の立案を急ピッチで進めることとなった。その事務は引き続き国語課が務めることになり、私はさらに多忙を極めた。「日本語簡素化検討委員会」は解散したが、新たに「日本語文体標準化審議会」が組織された。その名簿には伊豆原杏の名が載っていたが、葛城真人はいなかった。
私が日本語簡素化にたずさわってから2年が過ぎた。当初は「敬語及びですます体廃止法」と呼ばれていた法律案は、紆余曲折あって最終的に「日本語平準文体法」と名称を変えた。
春だった。国会で法律が可決された日、事務室の窓から外を眺めると、人々はいつもと変わらない速さで歩いていた。誰も騒がず、誰にも哀しみに沈み込んでいるようすはなかった。人々は変わらずに話していた。
私はその光景を見て、かえって胸の奥がざわついた。
言葉の変化は、もっと激しい揺れをともなうものだと思っていた。しかし現実はあくまでも静かだった。
3月31日、拍子抜けしたような気分になりながら、私は人事異動で国語課を去った。
蝉がやかましく鳴く季節になった。日本語改革が正式に始まってから数か月が過ぎた。
官公庁はもちろん、メディアも企業も学校も徐々に「です・ます」を捨て、「だ・である」に統一していった。言語は一貫して簡素化される方向に進み、さしたる乱れは見られなかった。特に若い世代は柔軟に受け入れていった。小説ですら現実を反映し、ですます体は極端に少なくなった。それは死語であり、古語になったのだ。
最初はぎこちなかったニュースキャスターの語りも、やがて自然になっていった。
中学校では母も、新たな方針で授業を進めていた。
「子どもたちは私なんかよりずっと順応が早いわよ。敬語なんてもともとなかったみたいに振る舞っているわ」
母の声には苦笑いが含まれているようだった。
街中で人々が発する語尾も、少しずつ変わり始めた。それは気づかないうちに変わる季節の移ろいのようだった。サービス業に従事する店員たちも、丁寧な言い回しを使わないのが普通になっていった。
ですますはギャグとして一部の人に使われたりした。「ですけどー」「なのですー」「ございますう」などの語尾が女子高生の間で流行し、あっという間にすたれた。
人々の生活の中から、旧来の日本語は急速に失われていった。敬語が消えたことによって、尊敬の心まで失われたのかどうかは、私には判定しがたかった。
ある日私はふと思い立ち、帰り道の途中で新宿の書店に寄った。
日本文学の棚にはまだ改革前の言葉で書かれた小説が多数並んでいたが、新刊書は大半がですますを排していた。
その中で葛城真人の新作だけが異色であった。帯には「改革後の言葉では書き得ない物語」と記されていた。ページを開くと、やわらかな敬語が息づいていた。語尾にはなつかしい響きが残されていた。時の底に沈んでいったあたたかな光が、そっと持ちあげられたように感じた。
私は新刊を持ってレジへ向かった。電車の中で読み、帰宅してからも私はページをめくりつづけた。
少なくない言葉が失われた。敬意は消えるのだろうか。けっしてなくしてはならないものがあると本は言っているようだった。
人々は新しい言い回しに馴染んでいくが、古い意味は消えずに残るのではないだろうか。それはひょっとしたら言葉ではなく、目礼や笑みなどの仕草や、厳かだったりやわらかだったりする口調に潜んでいるのかもしれない。




