04 いよいよ火山とご対面です!
ややあって、クラウスは眉間を押さえ、ゆっくりと息を吐く。
彼の目には疲労と、言いようのない苦味が滲んでいた。
「……その噂を聞く前だったから、求婚を受けてくれたのか……」
「いいえ。告白を受ける前に、小耳に挟んでいました」
「は?」
ゲルタの返しに、目を丸くするクラウス。
「噂を知った上で、婚約を受け入れたと……?」
「はい」
確かに求婚を受けたのは勢いだ。火山に釣られた。
しかし昨晩も今も白紙を申し出ていないのは、ゲルタがクラウスの人柄を受け入れたからに他ならない。
(私も暴力を振るわれるのは受け入れられません。しかし、クラウスさまは――)
噂から連想される横暴さも高圧さも、彼からは全く感じなかった。
その自分の判断を、ゲルタは信じることにしたのだ。
「その、元婚約者の方は結局? 難病に罹ってしまったとかですか?」
そこにケンペ男爵が意を決して、しかし怯えたような声で訊ねた。
途端、クラウスの顔から血の気が引き、喉仏がごくりと動く。額に、薄く汗が滲んでいる。
「お父さま。話しにくいことを聞き出すのはよしましょう」
すかさず追及を止めに入るゲルタ。
元婚約者と何があったのかわからないが、思い出したくもない出来事が起きたのだというのは見て取れる。恐らく暴力を振るったという悪評を被ることよりも、嫌な出来事が。
「……いいんだ、ゲルタ嬢。求婚してきた男を知ろうとするのは、父親として当然のことだからな……」
「それでも。クラウスさまのお心が優先です。話したいと思えた時に、話して頂ければよろしいかと」
閉じていたい蓋など、無理にこじ開けなくていい。
それを聞いたクラウスは、驚愕と安堵を含んだ表情を浮かべる。
「……ありがとう」
そして静かに、心からの感謝を告げた。
「僕としては心配だから、今のうちに聞き出したいんだけどね」
「わ、わ、私だって……!」
「私がいいと思っているのですから、よいのですよ。私はクラウスさまの過去よりも火山が大事ですし」
「ゲルタ、それ思いっきり失言だよ?」
「あっ」
ハーゲンに突っ込まれ、ゲルタははっとした表情で口を手で覆った。
あまりに明け透けな彼女の発言に、クラウスもまた口を手で覆い――肩を震わせ笑う。
「も、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ。元々、火山目当ての契約結婚だからな……」
そんなこんなで婚約の合意の確認ができたゲルタは、火山のある辺境へ嫁ぐことになったのだった。
◇
「疲れていないか、ゲルタ嬢。休憩を挟んでも……」
「いいえ。もう少しで到着するのでしょう? このまま行きましょう」
その日、ゲルタはクラウスと共に馬車に揺られていた。
コルタジア王国の北の果てにあるクラウスの故郷、ノメンゼン領へ向け、王都を発ってから早一週間。舗装された道はとうに途切れ、剥き出しの地面ばかりが続いている。
「それからクラウスさま。私は妻になるのです、そろそろ“嬢”と付けるのはおやめになった方が良いかと」
「そうだな。皆に示しがつかない。俺のことも呼び捨てでいいぞ」
「わかりました、クラウス」
敬称なしの呼び合い。
恋人同士ならば距離が縮まったとして笑い合うところだろうが、生憎と二人は契約結婚を交わした間柄。事務的なやり取りで終わってしまう。
ゲルタが喜ぶのは、紳士が囁いてくれるロマンチックな言葉ではなく――
「あっ! クラウス、見てください!」
その時、ゲルタの弾んだ声が馬車の中に響いた。
森を抜け、開けた大地が見えた直後。ゲルタは食い入るように窓の外を見詰めている。
視線の先には、ノメンゼン領名物――黒い岩肌を持つ火山だ。
「天高く聳え立つ黒い火山……! 素敵です……!!」
「そ、そうか。素敵か……」
今まで見たことない程に輝いているゲルタを見て、クラウスは曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。
◇
「お帰りなさい、坊ちゃん」
「お帰りなさい〜!」
到着したノメンゼン城――というよりも無骨な要塞で、クラウスとゲルタは歓声のなか出迎えられた。
列をなす使用人の半数は騎士のようで、甲冑の金属音が賑やかに響いている。
「このお方がお嫁さん!?」
「こんな可愛らしい方がいらっしゃるだなんて! どこで丸め込んできたのですか、坊ちゃん!」
「丸め込んでなどいない。人を詐欺師のように言うな」
やいのやいの囃し立てる使用人達を軽く叱りつけるクラウス。
雇人と雇われ人というよりも家族のような距離感だ。その微笑ましさに、ゲルタは頬を緩めた。
「まぁ、賑やかですね」
「賑やか過ぎて困る」
呆れるクラウスに寄り添いつつ、ゲルタは城の中へと足を踏み入れる。
城の内装も無骨だ。ベージュ色のレンガが剥き出しで、壁紙や塗料といった類のものは使われていない。一応、床にはカーペット、壁にはタペストリーがかけられているものの、華やかさに欠けていて、装飾ではなく防寒対策で置かれたものとわかる。
案内されたゲルタの部屋も同じく、上流貴族の私室には見えないほどに地味であった。広さはあるが広いだけで、カーテンやカーペットは無地。家具はどれも木目が剥き出し。花の一つも飾っていない。
騎士の宿舎、と言われた方がまだ納得のいく。
「殺風景で悪いな」
「いいえ、広くて素敵です」
申し訳なさそうに言うクラウスに、ゲルタは本心から私室を受け入れた。
「なるべくお前の要望に答えるつもりだ。壁紙やカーテン、カーペットなら直ぐに変えられるぞ。タペストリーも……」
「要望、ですか」
きょろりと、ゲルタは軽く室内を見回す。ゲルタは内装の華美さに興味はない。寧ろ石材がそのまま見られる今の状態こそ好ましい。また家具はベッドにライティングデスク、ドレッサーに本棚にと、一通り揃っている。
付け加えるとすれば――
「差し支えなければ、一つよろしいですか?」
「何だ?」
「戸棚が欲しいのです。ガラス張りの扉がついている」
「宝飾品の収納棚か? あー……。気が回らなくてすまない、年頃の令嬢には必要、」
「いえ、宝飾品ではなく。石を収納したくって」
「……石?」
想定外の単語が飛び出してきたことに、一瞬、石のように固まるクラウス。
反対にゲルタは頬を紅潮させ、宝石のようにきらきらと目を輝かせた。
「いずれ、火山で採掘したもので満たしたいのです」
「ええと、その……。ゲルタ、非常に言いづらいんだが……」
「はい?」
「火山は百年前に、廃坑になっていてな」
「存じております。私は坑道に入らずとも、外で拾える範囲で十分……」
「いや……火山自体が、禁足地なんだ」
「……禁足地?」
その言葉に、まるで心臓を掴まれたように、ゲルタの呼吸が止まる。
「毒ガスが蔓延してしまっているんだ、あそこ」
次いで叩き付けられた現実に、彼女の膝は崩れ落ちたのだった。




