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鉱毒令嬢は火山領を慈しむ 〜婚約破棄された先に待っていたのは、辺境伯子息からの求婚でした〜  作者: 天海二色


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16/21

16 王都では扇風機が流行っていますね

 完成したガラス筒は慎重に湖の中へと設置された。

 湖底に溜まった炭酸ガスを外へ逃がすための排出口として、角度を調整しながら固定していく。

 材料の都合で用意できたのは五本のみ。

 だが、将来を見据えるなら数を増やした方がいい——それがヘルムートの見解だった。

 また、ガラス筒によって湖底と外気が繋がる分、湖畔には以前よりガスが滞留しやすくなる。ゆえに今後は、定期的に風を送り、気流を操作して拡散させる仕組みが必要だという。


「風の魔法を使える人間が気流を操作するか、王都で流行りの『扇風機』っていう魔道具を使うかになるか? けどその扇風機、家庭用だから小さいんだよな」


 城の応接室にて。

 ヘルムートは使用人が淹れてくれた紅茶をひと口飲みながら言う。

 向かいの席に座るクラウスは、興味深そうに顎に手を当てた。


「風の魔法か。騎士団の中にも何人か使える者がいる。彼彼女らの演習場に湖畔を指定するのも手か」

「そいつら、ゲルタ並みの風魔法使えるのか?」

「……。いや、彼女ほど繊細な魔法は……」

「あ〜。それじゃ駄目だな」


 ヘルムートは肩をすくめ、紅茶をマドラーでかき混ぜ始める。


「ただ真っ直ぐ風を送るだけじゃ駄目だぜ? くるくる〜って竜巻みたいに混ぜてやんねぇと、ガスは動かねぇ。この領、湖だけじゃなくって火山も毒ガス放ってんだって? 今後の為に拡散する手段確保した方がいいんじゃね? 知らねぇけど」

「ぐぅ……」

「ゲルタが危険な目にあうのは嫌だからなぁ。王都に戻ったらでっけー扇風機作って、彼女にプレゼントするか」


 ちなみに当のゲルタは、目覚めたリタの見舞いに行っており、この場にはいない。


「その大きな扇風機は、王都でなければ作れませんか?」


 そこでクラウスの後ろに控えていたギュンターが口を挟んできた。


「え? いや僕の手にかかれば王都でなくっても、どこでも作れるぞ? 材料さえ確保できればの話だけど」

「ではその材料の仔細を教えて頂けませんか?」

「おい? ギュンター?」


 前のめりになってきているギュンターを、クラウスが手招きし自身に引き寄せる。


「うちで魔道具を作る気か? ゲルタは王都で魔道具開発の経験があるからな、彼女に頼めばあるいは、と思うが、逆に言うと彼女以外、魔道具製造を担える人間はいないぞ」

「いえ。ここはヘルムート殿に助力を請おうかと」

「へっ?」


 ギュンターが発した思ってもみない提案に、ヘルムートから間の抜けた声が漏れでる。


「東の湖の対処、見事なものでした。流石は宮廷工房所属の錬金術師さま。しかしこのノメンゼン領には解決しなくてはいけない問題がが山積しています。ゲルタさまのお知恵で改善された点も多いですが、お嬢さまはそろそろ辺境伯夫人としての務めに専念される時期。そこで貴方の知見を得られるとしたら、このノメンゼン領の更なる発展に……」

「待て! ちょっと待てギュンター!」


 つらつらと話を進めるギュンターを、クラウスが慌てて制した。


「ヘルムートは宮廷勤めだ! しかも室長だと聞く! そう簡単に王都を離れられる立場じゃないだろう!?」

「現在、こうして離れておられるではありませんか」

「あくまで臨時の主張だ! これ以上の滞在は休職で片せない! お前の発言はヘルムートにここへ移住し、築いた地位も職も捨てろと言っているようなものだぞ!?」

「ヘルムート殿が望めばそのように。旦那さまにも奥さまにもお話は通してあります。待遇は悪くないかと」

『いつの間に!?』


 クラウスとヘルムートの驚愕した声が重なる。


「あとはヘルムート殿のお心次第ですね。あぁ、待遇の詳細は後ほど契約書に認めますので、それを読んで頂ければ」

「いやいや! 僕を引き抜こうだなんて! 給料もそうだろうけどさ、王都とこんな辺鄙な場所とじゃなーんも釣り合わな……」

「そうですか。博識で思慮深いゲルタさまの話し相手としても、貴方が相応しいかと考えていたのですが……。そうですね、好きなものの為に職も地位も据え置いたゲルタさまとは、違うお考えをお待ちということで」

「っ……!」


 ヘルムートの額に、滝のような汗が噴き出した。

 彼はゲルタへの恋心を未だ捨てきれていない。

 そして才女である彼女と同等の頭脳を持つのは、自分しかいない——そう信じている。


(話の合う“友人”として傍にいるのも……あり、か? 接していくうちに、恋心が僕に移る可能性だって……!)


 そんな都合の良い幻想が、じわじわとヘルムートの理性を侵していく。


「なしだ、なし! ヘルムートには謝礼を払ったたあと、馬車で帰って貰う! 引き留めては悪いからな!!」

「そうですね。お礼をしなくてはなりませんね。そういえば、火山が廃坑になる前に採れた鉱石がまだ残っておりまして……。よろしければお渡しいたしましょうか?」


 そう言ってギュンターが机の上に置いたのは、深紅に光る石。

 それは錬金術師たちが『知恵の象徴』として珍重する、辰砂だった。


「……これ、どこで採ったんだ……?」

「火山の坑道です。今は毒ガスで封鎖されていますが、環境が整えばまだ採掘できるでしょうね」

「……。…………」


 長考の末、ヘルムートはゆっくりと顔を上げる。


「……王都の工房に、手紙を書く」


 そして目先の欲に負け、陥落した。


「なぁっ!? おいギュンター! 何を考えているんだ!?」

「私はただ優秀な人材をスカウトしただけですよ、クラウスさま」

「だがこいつは……!」

「それでは私は契約書を取りに参りますね」

「ギュンターっ!!」


 ギュンターは一礼し、クラウスの抗議をさらりと受け流して応接室を後にした。


(ゲルタさまと親しい殿方を側に置けば、クラウスさまも少しは恋に積極的になってくださいますかね?)


 そんな策略を、胸に抱きながら。

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