15 炎と風の魔法を合わせましょう
工房では今日も炉に火が灯り、赤々とした炎がガラス素材を溶かしていた。
高温の空気が肌を刺し、汗とガラスの匂いが入り混じる。
吹き竿へ息を吹き付ける音が絶え間なく響く中、扉が勢いよく開かれた。
「邪魔するぞ」
その声は工房の喧噪を一瞬で断ち切った。
振り向いた職人たちの視線の先には、無駄に堂々とした態度の男——ヘルムートが立っている。
背後からはクラウスとゲルタも続く。三人の登場に、工房内の空気が一気に張りつめた。
「クラウスさま、お嬢さま。こいつぁ誰ですか」
工房を代表して、親方が額の汗をぬぐいながら訝しげに問いかける。
「王都の宮廷工房からいらした錬金術師さまです」
ゲルタが答えると、周囲がざわめいた。
「宮廷工房から……!?」
王都にある宮廷工房は実力主義で、身分に関係なく選ばれた者しか入れないと聞く。中でも錬金術師は職人の中でもエリート中のエリートだ。
若い職人たちはざわつき、無意識に姿勢を正した。
するとヘルムートはその尊敬の視線をまるで当然のように受け流し、親方の前までズカズカと足取り荒く歩み出る。
「お前たちに依頼がある。こういう筒を作ってくれ」
そう言って差し出したのは、羊皮紙に描かれた設計図だった。
緻密な線で描かれた図面を覗き込み、職人たちは顔を見合わせる。
「ガラスの筒、ですか。構造は単純ですな。これならば……」
そう難しくはない、と言いかけて、親方は図面の右上に書かれた数字に目を留め、次の瞬間、目をむいた。
「なっ! なんですかこの大きさは……!?」
設計図に記された寸法は、常識を逸していた。
大の男がすっぽり入るほどの横幅に、高さはまるで大樹。
炉の口どころか、工房そのものを壊さねば通せぬ代物だ。
「なんだ、できないのか?」
ヘルムートがわざとらしく肩をすくめる。
「こ、こんなサイズ、無茶ってもんですよ……!」
狼狽する親方の声に、ゲルタが一歩前へ出た。
その瞳は炉の炎に照らされ、真剣に光っている。
「作れる大きさのものをいくつかに分け、あとで繋ぎ合わせるのはどうでしょう。構造的には、可能なはずです」
「理屈はわかりますがね!」
親方が頭をかきむしる。
「サイズがこの工房より遥かに大きいです! 仮に壁に穴空けて作ったとしても、今度はどうやって運べばいいのか見当もつきませんがね! 割れちまったら、全部おじゃんですよ!」
「ガラスは、魔法で溶接できるか?」
そこで低く落ち着いた声で、クラウスが口を挟んだ。
「湖まで運び、その場で繋げる。それなら運搬も問題なくできるはずだ」
そう言うとクラウスは手の平を胸の前で掲げ、詠唱を唱えた。
すると手の平の上に真っ赤な炎が灯る。魔法だ。
貴族の血が流れる者が扱えると伝わる、神の祝福。
「俺は炎の魔法が使える。溶かしてくっつけられるだろう。工芸品を作ろうという話でもないんだ。多少、歪だろうと筒が作れればそれで……」
「待ってくだせぇ、クラウス坊ちゃん」
「何だ? 何か間違っていたか? 必要な手順が足りないのならば正直に教えて欲しい」
「いいえ、方法としては正しいですよ。熱して溶かしてくっ付けて、後は自然に冷却するを待つ。間違っちゃいない。……ただね、炉の炎は暖炉の炎よりも遥かに熱いんです。坊ちゃんが出してくださったその炎は、炉の熱さに届いていませんでしょう?」
親方の言う通り、クラウスが発動した炎の魔法は精々、暖炉の炎と同程度の熱さで、鉄をも溶かす炉の高温には到底及んでいない。
「表面を焦がす炎じゃ駄目なんです。どろどろに溶かさなきゃ、くっ付けられないんですから」
「ぐ……」
クラウスはたじろいだ。
今使っている炎の魔法は人前での使用の為、威力の制御はしている。だが全力を駆使したところで、炉の炎と同じレベルの炎を使えるかと言われると、首を縦に触れない。
魔法では厳しいか、とクラウスは逡巡した。
その時、
「私が、風魔法で補助をいたします」
挙手をしたゲルタが不意に発言する。
「風魔法?」
「はい。不純物を取り除いて無駄なエネルギーを排除し、たっぷり空気を与えれば、炎は強く熱くなります。それできっと、上手くいきます。いいえ、成功させてみせます」
ゲルタは力強い声で宣言をすると、親方へ、職人たちへ向け、深々と頭を下げた。
「職人さんがたはガラス造りの方を……。どうか、よろしくお願いいたします」
◇
数日後。
工房でパーツごとに作られたガラスが、騎士の手によって東の湖の畔に続々と運ばれていく。湖に近付き過ぎると危険な為、一定の距離を取ってはいるものの、一歩行動を誤れば死に至ってしまう。
そこには張り詰めた空気が漂っていた。
そしてその危険地帯の前線に、ゲルタとクラウスが率先して立つ。
ヘルムートもまた、オペラグラスを模した改良型魔道具ルーペで辺りを観測し、慎重に状況を見極めていた。
「よし、可燃性のガスはないな。いけるぞ、ゲルタ!」
「ありがとうございます、ヘルムート」
「おい、何で俺じゃなく彼女に確認するんだ!?」
突っ込みながら、クラウスは詠唱を唱えると炎の魔法を展開した。
真っ赤な炎がクラウスの眼前に浮かぶ。
そこに、彼の隣に並び立つゲルタが風の魔法を発動させ、炎の周囲に纏わせた。
炎は風を、空気を浴び徐々に肥大化していく。
「……っ!」
ゲルタの表情が険しくなった。ただ炎を放出しているだけのクラウスと異なり、彼女の操る風には繊細さが求められる。少しでも加減を間違えてしまえば、炎は巨大化し辺りを飲み込む災厄となるだろう。
不意に最悪の事態へ陥った光景が脳裏に浮かび、不安が、胸の奥から込み上げてきた。
(いけません。集中しなさい。私は成功させるのです。リタの為に、領民の方々の為に、クラウスの、為に……)
「ゲルタ」
その時、クラウスの柔らかい声が風に乗ってゲルタの耳に届く。
次いでぽんと、肩に彼の大きな手が、優しく置かれた。
「大丈夫だ。例え最初は失敗しても、成功するまで続ければいい。何度だって」
だから気負うなと、暗に伝えてくれたクラウスに、ゲルタはふっと笑みをこぼす。
それによって余計な力が抜け、風は踊るように炎と舞う。
間もなくして――真っ赤な炎は、真っ青な色へ変化した。
それは炉の炎に匹敵する高温の熱を、放ち続けている。
「おっし今だ! ガラス接着作業開始!!」
魔法に集中しているゲルタとクラウスに代わり、 ヘルムートの号令で、職人たちとその補助を任された騎士たちが動く。
青炎を利用し、ガラスのパーツを慎重に接着していく。
熱し、溶かし、繋ぎ、冷やし——また熱しては繋ぐ。
昼も夜も、炎の光が絶えなかった。
汗に濡れた手。焦げた匂い。張り詰めた空気。
そして幾日か経った後——夜明けの光の中に、巨大なガラスの筒が姿を現した。
朝日に照らされたその表面は、まるで新しい世界を映す鏡のように青く輝いていた。




