表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉱毒令嬢は火山領を慈しむ 〜婚約破棄された先に待っていたのは、辺境伯子息からの求婚でした〜  作者: 天海二色


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/21

15 炎と風の魔法を合わせましょう

 工房では今日も炉に火が灯り、赤々とした炎がガラス素材を溶かしていた。

 高温の空気が肌を刺し、汗とガラスの匂いが入り混じる。

 吹き竿へ息を吹き付ける音が絶え間なく響く中、扉が勢いよく開かれた。


「邪魔するぞ」


 その声は工房の喧噪を一瞬で断ち切った。

 振り向いた職人たちの視線の先には、無駄に堂々とした態度の男——ヘルムートが立っている。

 背後からはクラウスとゲルタも続く。三人の登場に、工房内の空気が一気に張りつめた。


「クラウスさま、お嬢さま。こいつぁ誰ですか」


 工房を代表して、親方が額の汗をぬぐいながら訝しげに問いかける。


「王都の宮廷工房からいらした錬金術師さまです」


 ゲルタが答えると、周囲がざわめいた。


「宮廷工房から……!?」


 王都にある宮廷工房は実力主義で、身分に関係なく選ばれた者しか入れないと聞く。中でも錬金術師は職人の中でもエリート中のエリートだ。

 若い職人たちはざわつき、無意識に姿勢を正した。

 するとヘルムートはその尊敬の視線をまるで当然のように受け流し、親方の前までズカズカと足取り荒く歩み出る。


「お前たちに依頼がある。こういう筒を作ってくれ」


 そう言って差し出したのは、羊皮紙に描かれた設計図だった。

 緻密な線で描かれた図面を覗き込み、職人たちは顔を見合わせる。


「ガラスの筒、ですか。構造は単純ですな。これならば……」


 そう難しくはない、と言いかけて、親方は図面の右上に書かれた数字に目を留め、次の瞬間、目をむいた。


「なっ! なんですかこの大きさは……!?」


 設計図に記された寸法は、常識を逸していた。

 大の男がすっぽり入るほどの横幅に、高さはまるで大樹。

 炉の口どころか、工房そのものを壊さねば通せぬ代物だ。


「なんだ、できないのか?」


 ヘルムートがわざとらしく肩をすくめる。


「こ、こんなサイズ、無茶ってもんですよ……!」


 狼狽する親方の声に、ゲルタが一歩前へ出た。

 その瞳は炉の炎に照らされ、真剣に光っている。


「作れる大きさのものをいくつかに分け、あとで繋ぎ合わせるのはどうでしょう。構造的には、可能なはずです」

「理屈はわかりますがね!」


 親方が頭をかきむしる。


「サイズがこの工房より遥かに大きいです! 仮に壁に穴空けて作ったとしても、今度はどうやって運べばいいのか見当もつきませんがね! 割れちまったら、全部おじゃんですよ!」

「ガラスは、魔法で溶接できるか?」


 そこで低く落ち着いた声で、クラウスが口を挟んだ。


「湖まで運び、その場で繋げる。それなら運搬も問題なくできるはずだ」


 そう言うとクラウスは手の平を胸の前で掲げ、詠唱を唱えた。

 すると手の平の上に真っ赤な炎が灯る。魔法だ。

 貴族の血が流れる者が扱えると伝わる、神の祝福。


「俺は炎の魔法が使える。溶かしてくっつけられるだろう。工芸品を作ろうという話でもないんだ。多少、歪だろうと筒が作れればそれで……」

「待ってくだせぇ、クラウス坊ちゃん」

「何だ? 何か間違っていたか? 必要な手順が足りないのならば正直に教えて欲しい」

「いいえ、方法としては正しいですよ。熱して溶かしてくっ付けて、後は自然に冷却するを待つ。間違っちゃいない。……ただね、炉の炎は暖炉の炎よりも遥かに熱いんです。坊ちゃんが出してくださったその炎は、炉の熱さに届いていませんでしょう?」


 親方の言う通り、クラウスが発動した炎の魔法は精々、暖炉の炎と同程度の熱さで、鉄をも溶かす炉の高温には到底及んでいない。


「表面を焦がす炎じゃ駄目なんです。どろどろに溶かさなきゃ、くっ付けられないんですから」

「ぐ……」


 クラウスはたじろいだ。

 今使っている炎の魔法は人前での使用の為、威力の制御はしている。だが全力を駆使したところで、炉の炎と同じレベルの炎を使えるかと言われると、首を縦に触れない。

 魔法では厳しいか、とクラウスは逡巡した。

 その時、


「私が、風魔法で補助をいたします」


 挙手をしたゲルタが不意に発言する。


「風魔法?」

「はい。不純物を取り除いて無駄なエネルギーを排除し、たっぷり空気を与えれば、炎は強く熱くなります。それできっと、上手くいきます。いいえ、成功させてみせます」


 ゲルタは力強い声で宣言をすると、親方へ、職人たちへ向け、深々と頭を下げた。


「職人さんがたはガラス造りの方を……。どうか、よろしくお願いいたします」


 ◇


 数日後。

 工房でパーツごとに作られたガラスが、騎士の手によって東の湖の畔に続々と運ばれていく。湖に近付き過ぎると危険な為、一定の距離を取ってはいるものの、一歩行動を誤れば死に至ってしまう。

 そこには張り詰めた空気が漂っていた。

 そしてその危険地帯の前線に、ゲルタとクラウスが率先して立つ。

 ヘルムートもまた、オペラグラスを模した改良型魔道具ルーペで辺りを観測し、慎重に状況を見極めていた。


「よし、可燃性のガスはないな。いけるぞ、ゲルタ!」

「ありがとうございます、ヘルムート」

「おい、何で俺じゃなく彼女に確認するんだ!?」


 突っ込みながら、クラウスは詠唱を唱えると炎の魔法を展開した。

 真っ赤な炎がクラウスの眼前に浮かぶ。

 そこに、彼の隣に並び立つゲルタが風の魔法を発動させ、炎の周囲に纏わせた。

 炎は風を、空気を浴び徐々に肥大化していく。


「……っ!」


 ゲルタの表情が険しくなった。ただ炎を放出しているだけのクラウスと異なり、彼女の操る風には繊細さが求められる。少しでも加減を間違えてしまえば、炎は巨大化し辺りを飲み込む災厄となるだろう。

 不意に最悪の事態へ陥った光景が脳裏に浮かび、不安が、胸の奥から込み上げてきた。


(いけません。集中しなさい。私は成功させるのです。リタの為に、領民の方々の為に、クラウスの、為に……)

「ゲルタ」


 その時、クラウスの柔らかい声が風に乗ってゲルタの耳に届く。

 次いでぽんと、肩に彼の大きな手が、優しく置かれた。


「大丈夫だ。例え最初は失敗しても、成功するまで続ければいい。何度だって」


 だから気負うなと、暗に伝えてくれたクラウスに、ゲルタはふっと笑みをこぼす。

 それによって余計な力が抜け、風は踊るように炎と舞う。

 間もなくして――真っ赤な炎は、真っ青な色へ変化した。

 それは炉の炎に匹敵する高温の熱を、放ち続けている。


「おっし今だ! ガラス接着作業開始!!」


 魔法に集中しているゲルタとクラウスに代わり、 ヘルムートの号令で、職人たちとその補助を任された騎士たちが動く。

 青炎を利用し、ガラスのパーツを慎重に接着していく。

 熱し、溶かし、繋ぎ、冷やし——また熱しては繋ぐ。

 昼も夜も、炎の光が絶えなかった。

 汗に濡れた手。焦げた匂い。張り詰めた空気。

 そして幾日か経った後——夜明けの光の中に、巨大なガラスの筒が姿を現した。


 朝日に照らされたその表面は、まるで新しい世界を映す鏡のように青く輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ