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鉱毒令嬢は火山領を慈しむ 〜婚約破棄された先に待っていたのは、辺境伯子息からの求婚でした〜  作者: 天海二色


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12/21

12 お久しぶりです、錬金術師さま

「彼女には僕の名前を出せば聞いてくれる!!」


 翌朝。

 城の門前では、門番と男の声の口論が響いていた。


(何の騒ぎでしょう?)


 気になったゲルタが私室の窓から外を覗くと、門の前でひとりの青年が息を荒げていた。

 汗で茶髪が額に張り付き、上等とは言えない旅装の裾には砂埃がこびりついている。


「あの方は、錬金術師さまの……」


 その顔に、見覚えがあった。

 ヘルムート。

 王都の錬金術師の宮廷工房で、室長を務める青年。平民出身ながら天才の名を欲しいままにし、やがて所長の座を継ぐだろうと囁かれている才人だ。

 彼こそがゲルタと共に魔道具ルーペを開発した協力者その人で、仕事仲間であり、友人でもあった。

 ゲルタは急いで部屋を出ると階段を下り、門へ向かう。


「ヘルムート。お久しぶりです」

「ゲルタ!」


 その名を呼ぶなり、ヘルムートは数歩で距離を詰めた。

 いつになく険しい表情。その瞳は、責めるようにゲルタを射抜いていた。


「お前、何でこんなところに……!」

「嫁ぎましたので」

「そういう意味じゃ……!」

「朝から大声を出すな」


 低い声が割り込んだ。クラウスだ。

 城から出てゆったりとした足取りで門へ近づいてきた彼は、冷えた瞳をヘルムートに向けた。


「失礼な客だな」

「クラウスも朝に男爵家へ来ませんでしたか?」

「……あっ」


 王都で婚約を確認に行った時。朝から押しかける、という同じことをしでかしたのを思い出し、クラウスが気まずげに眉をひそめる。

 その横顔を見て、ゲルタは思わずくすりと笑った。


「いや、しかし。こんな餓鬼みたく騒ぐことはなかったぞ」

「貴様……!」

「落ち着いてください、ヘルムート」


 クラウスに今にも殴りかかりそうなヘルムートへゲルタが歩み寄り、そっと彼の腕を押さえた。

 冷静な声に、ヘルムートの力が少しばかり抜ける。しかし怒りが収まった訳ではないようで、顔は険しいままであった。

 ――結局、応接室へと場所を移すことになった。

 磨かれた机を挟んで、ソファに腰掛けた三人は向かい合う。


「ヘルムート。貴方は王都でお忙しい身でしょう? 事前に手紙も出さず来るだなんて、どうしたのですか」

「……ゲルタの婚約を、ついこないだ知ってな。どうして僕に一言も言わずに嫁いでしまったんだ!」

「あら? おかしいですね。王都を発つ前に、お兄さまが言伝を請け負ってくださったのですが……」

「……ハーゲン!!」


 その名を聞いた直後、ヘルムートは拳を机に叩きつける。

 それを見てクラウスは察した。

 なるほど、彼が出てくると婚約に異を唱えるのは目に見えている。一悶着が起きないよう、ハーゲンは敢えて伝えなかったのだろう。と。


(……後で兄君に謝礼を送ろう)


 クラウスが心の中でひっそりとそう決めたことを、ゲルタは知らない。


「それにしても、ゲルタを追いかけてわざわざ辺境まで? ご苦労だったな」

「っ! それだけじゃない、これを渡しに来たんだ!!」


 そこでヘルムートは懐から小箱を取り出した。

 その仕草は妙に芝居がかっていて、まるで求婚の一場面だ。

 衝撃的な光景に、クラウスが硬直する。


「まぁ! 『呼気の器』! 貴方自ら持ってきてくださるなんて、ありがとうございます」


 だがゲルタは口元に手を添えて目を輝かせた。

 『呼気の器』。一定時間、水の中でも呼吸ができる魔道具。

 この箱に入っているのはプロポーズリングではなく、仕事道具だったのだ。


(……紛らわしい)


 クラウスは、密かに肩の力を抜いた。


「工房に発注がきたんだ。発注者は君なのに、納品先がノメンゼン領になっていて、最初は意味がわからなかったぞ。まさか嫁いでいただなんて……!」

「お兄さまの不手際、よくよく注意しておきますね」


 ゲルタが苦笑すると、ヘルムートは言葉を詰まらせた。

 その笑みが、王都にいたころと少しも変わっていないことに胸が疼く。


「しかしまだ婚約の段階だろう!? ゲルタ、今なら間に合う! 僕と帰ろう!!」

「なっ! お前、何を勝手なことを……!」

「帰る? 貴方と?」


 ゲルタは小首を傾げた。

 何を言っているのかわからない、というように。


「私の帰る場所は、この城ですよ?」


 クラウスが勝ち誇ったように笑う。逆にヘルムートは悔しげに唇を噛む。

 ――二人の男の間に流れる空気が、どこかぎこちない。

 ゲルタだけが、その意味を理解していなかった。


「そう言う訳だ。お前だけ帰れ」

「ここまで来て引き下がれるか!」

「王都にいた頃に行動しなかったのが悪い。諦めろ」

「それは……っ!」


 ヘルムートの拳が震える。

 彼とゲルタが出会ったのは二年前。仕事で顔を合わせるようになり、国王直々の依頼であるルーペの開発を任され、共に試行錯誤を続ける内に、彼女の知性と品格に惹かれていった。

 しかしヘルムートが自分の恋心を自覚した時、ゲルタには婚約者ができていた。

 それも名門子爵家の令息――平民の自分では到底勝ち目のない相手だ。


(彼女は何度も婚約が破談になったという話だったから、次の破局を待って伝えるつもりだったのに……!)


 破談からほんの数日で、彼女は別の男に嫁いでいた。

 しかも、見知らぬ辺境の次期領主のもとへ。


「しかし実際、婚約は成立しているんだ。披露宴へ向け準備も進めている」

「だが所詮は白い結婚だろう!? ケンペ男爵から聞いたぞ! ゲルタ、お前はそれでいいのか!?」

「私は……」


 一瞬、ゲルタの胸の奥に波紋が広がる。

 ――もし、クラウスと愛し合えたら。

 きっと、それは幸福だ。

 けれどその想いを押し殺して、ゲルタは穏やかに微笑んだ。


「火山目当ての結婚ですから、よいのですよ」


 クラウスが渋い顔をしたことに、気付くこともなく。


「……ゲルタ」


 ヘルムートの声が低く沈む。


「少し、二人で話をしたい」

「はぁ? 婚前前に男女を二人きりにするなんて、許可できるか」

「じゃあ使用人がいてもいい。ともかくクラウスは席を外してくれ」

「ヘルムート」

「……クラウス“さま”は、席を外してくれ」


 室内の空気が張り詰める。

 しかしゲルタにも視線で退室を促され、クラウスは舌打ちを飲み込み、渋々といった様子で立ち上がった。

 そして後ろに待機していたギュンターに声をかける。


「おい、リタを呼んで来い」

「リタですか? それが今朝から姿が見当たらなくってですね」

「何? 仕方ない。じゃあお前が同席しろ」

「えぇ? 私がですか?」


 ギュンターは若干、嫌そうな顔をしていたが、クラウスの命だとして頷く。

 クラウスは最後にヘルムートを一瞥し、静かに退室する。

 扉が閉まる音が、妙に重く響いた。


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