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鉱毒令嬢は火山領を慈しむ 〜婚約破棄された先に待っていたのは、辺境伯子息からの求婚でした〜  作者: 天海二色


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11/21

11 元婚約者さまのお話ですか

 こんこん

 ゲルタがそろそろ眠ろうかと思っていた時、部屋に扉をノックする音が響いた。


「ゲルタさま、今よろしいですか?」


 次いで聞こえてきたのは、女性の声。


「どうぞ、入って」

「では失礼します!」


 許可を得ると、甲冑姿の少女、リタが元気いっぱいに入室してくる。

 彼女はクラウスが「歳の近い同性の方が気を張らなくていいだろう」、とゲルタの護衛と雑務を任せた近衛兵だ。外出時には侍女と共に付き添ってくれる他、ちょっとした雑用を請け負ってくれる。

 例えば――


「森で回収した火山灰、お持ちしました!」


 ゲルタが足を踏み入れるには危険な箇所に分布した、火山灰の回収。


「ありがとうございます」

「いえいえ! この程度のおつかい、お茶の子さいさいです!」


 リタは火山灰が詰まった袋を差し出しながら、元気な笑顔を見せてくれた。


「それでも助かります。大したお礼はできないのですか、お菓子はどうでしょう?」

「お礼なんていりませんよ! 仕事ですから!」

「私にはできないことをして頂いているのです。お礼をするのは当然でしょう?」


 そう言うとゲルタはリタを半ば強引に椅子へ座らせ、マカロンが乗った皿をテーブルへ運んだ。


「い、いいんですか?」

「遠慮なくどうぞ」

「あっ、ありがとうございます!」


 まだあどけなさが残る顔をぱあっと明るくし、リタはマカロンをひとつ手に取ると頬張り始める。


「美味しいです、ゲルタさま! まさか勤務中にお菓子を食べられるなんて……っ!」

「ふふ。他の方には内緒ですよ?」

「本当、以前では考えられない……。あっ」


 しまった、という表情を浮かべ、リタは顔をうつむかせる。


「以前?」

「す、すみません! 何でも……」

「前の、婚約者の話でしょうか?」


 ゲルタの指摘に、リタは肩をびくりと揺らした。

 図星らしい。


「たまに比べられますから。詳しいことは聞いていないのだけれど」

「わっ、私も、詳しいことは把握していません。ただあの人がお城にいた頃、クラウスさまはいつも険しい顔をなされていて……それが騎士たちの緊張に繋がって……」


 酷く重苦しい空気が城を包んでいたと、リタは話し出す。


 ◆


 クラウスの元婚約者。

 コリーナ・バルヒェット侯爵令嬢。


 王令によりクラウス・ノメンゼンとの婚約を命じられ、辺境の地に送り込まれた令嬢。

 彼女は何よりも美しいドレスを愛した。

 着飾ることが生き甲斐で、王都では新しい流行を生み出すトレンドセッターとして名を馳せていたという。


 そんな彼女が、まともなブティック一つない田舎へ嫁ぐことを強制された。

 その結果、コリーナは不満と苛立ちを募らせ、手が付けられないほどの癇癪を起こした。

 口を開けば怒声が響き、近くの調度品が倒れ、時には壁に打ち付けられた跡が残る。使用人たちは怯え、城内の空気は重く、凍り付いた。

 リタは直接、コリーナと会ったことはないが、城から聞こえてきた彼女の金切り声は、今も耳に残っている。


 コリーナが問題を起こす度にクラウスは眉を寄せ、肩を落とし、冷静に諌めようとした。

 机に伏せて長い手紙を書き続け、国王に婚約見直しを懇願したこともあった。


 しかしノメンゼン領は国防の要。

 守りを磐石にしたかった国王は、上流貴族同士の婚姻を押し進めることを望んだ。


 城内の緊張は日増しに増し、騎士たちの表情も固く、息をするのもためらうほどだった。

 そして、ある日。


 何かが、起きた。


 それ以降、コリーナは城から姿を消した。

 破談となったそうだが、経緯は不明だ。

 リタが知っているのは、あの日見たクラウスの顔。

 深く刻まれた疲労、唇を固く結び、視線を落としたまま何も言わずに歩く姿。

 それだけだ。


 ◆


「……不確かなことしか話せず、すみません」

「いいえ。聞かせてくれてありがとう」


 自分の知っていることを話してくれたリタに、ゲルタは丁寧に頭を下げて礼を述べた。

 城内でも領地でも、元婚約者の話題は避けられていた。箝口令が敷かれた訳でもないのに、誰も過去に触れようとしない。

 けれど今、リタを介して小さな欠片が語られた。

 それだけで、ずっと閉ざされていた扉の隙間から、冷たい風が吹き込んだような気がした。


(クラウス、大変でしたのね)


 そう思うと胸が痛んだ。

 彼がなぜゲルタとの結婚を求めたのか――その理由が少しだけ、見えた気がした。

 愛ではなく、安らぎを。

 情熱ではなく、平穏を。

 彼はそれを願っていたのかもしれない。


「しかしゲルタさまが来られてから、クラウスさまの笑顔が増えたんですよ!」

「……まぁ、そうなのですか?」

「はいっ! お陰で城も明るくなって、ゲルタさまのお陰ですね!」


 無邪気に笑うリタの声が、夜の静けさの中でよく響いた。

 気を遣ってくれているのだろうか――けれど、心の奥がじんわりと温かくなる。

 この土地で自分が何かの役に立てているのなら、それだけで十分だと思えた。


「そうそう、火山灰のことですが! 明日は東の湖のほとりを見てみますね!」

「明日ですか? そう急がなくとも大丈夫ですよ?」

「少しでもゲルタさまのお役に立ちたいので! それじゃ、おやすみなさい!」


 勢いよく頭を下げ、ぱたぱたと軽い足音を響かせて、リタは去っていった。

 残された部屋には夜の冷気と、マカロンの甘い香りだけが漂っている。


(あれほど張り切らなくっても……。彼女が体を壊さないことを願いましょう)


 呟きながら、ゲルタは窓辺に目を向けた。

 遠くの空には、輝く月が火山と並ぶように浮かんでいる。

 クラウスも今、同じ空を見ているだろうか――

 ゲルタがそんなことをぼんやりと思い浮かべているうちに、夜は更けていった。


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