10 灰捨て場は宝の山ですね
「知識があるのと安全性が保てるのかは別だからな。もうじき王都から火山攻略に使うっていう魔道具が届くんだろう? その性能を確かめられたら、許可を考えよう」
「……ソウデスカ」
クラウスの見解は正しい。
正しいのだが、個人的なご褒美として思い描いていた火山への入山を実現できなかったことに、ゲルタは少々むくれてしまった。
「それより今は火山灰だな! 今から灰捨て場に行って、」
「連れて行ってください」
「……は?」
ガラスを量産しようと息巻くクラウスに、ずいと、ゲルタはにじり寄る。
彼女の瞳からは、有無を言わせない圧を放っていた。なお半分は入山許可が貰えなかった腹いせが含まれている。
「連れて行ってください。灰を分析したいのです。現地で、直接、確認を」
「そ、そうか……わかった。だが、危険な場所もある。俺の傍を離れるなよ」
「承知しました」
そのやりとりを見守っていた職人たちは、思わず顔を見合わせ、くすりと笑った。
「仲良しだなぁ」
「いや、クラウスさま若干押され気味じゃなかったか?」
「力強いお嬢さんだ……」
◇
「きゃーっ! 鉱物があんなに沢山……!」
灰捨て場を訪れたゲルタは、ころっと機嫌が直っていた。
目の前には、山の斜面に沿って無造作に積み上げられている、噴石や鉱物のカケラ。
ゲルタからすれば宝の山だ。
なのに無造作に捨てられているのが信じられず、思わずクラウスへ迫ってしまった。
「どうして放置しているのですか!?」
「用途がないからな。鉄や銅として使えそうなものは回収しているが、他は……」
興奮するゲルタを落ち着かせようと、クラウスは順を追って説明をする。
「特にこの辺りに積まれたのは毒性のある鉱物だ。緑のドレス事件以降、規制が厳しいだろう? だから放置するしかなくってな」
彼の声には、慣れた諦観があった。
火山由来の鉱物は美しくも有害で、使い道がないまま不毛の山を作っていたのだ。
「確かに衣服の染料や化粧品として使うのは危ないかもしれません。それでも、外壁の塗料や絵の具として使うこともできるでしょうに、何て勿体ない……!」
ゲルタは両手で顔を覆い、悲嘆の色を滲ませる。指の間から覗く瞳は、研究者の血の冷たさも宿っているが。
「安全性に問題があるものは徹底的に規制したからなぁ、国王は」
「…………」
沈黙。
風が吹き、それに乗って流れてきた飼い牛の鳴き声がひとつ、ふたつと反響する。
黙りこくったまま動かないゲルタを心配したクラウスが、不安げに彼女の顔を覗き込むと、彼女は唐突に顔をあげ、灰捨て場へ鋭い視線を向けた。
殺気を感じるほどの視線。クラウスは思わずたじろぐ。
「ひとまず、幾つか見繕って持ち帰ります」
「そ、そうか。あまり奥へ行くなよ? 足元が不安定だからな」
「えぇ」
踵の低い靴で灰捨て場の上を歩き、ゲルタは灰にまみれた鉱物をひとつ手に取った。
灰色で無骨な石の側面に、黄色や赤色といった鉱物のカケラが露出している。
「まぁ、綺麗……! 硫黄かしら? それともアンチモン?」
まさに原石。
これが収納棚に並ぶ景色を想像し、ゲルタは歓喜した。
「いいのが見つかったか? よかったな」
ふと、背後から投げかけられたクラウスの何気ない言葉に、ゲルタの思考が一瞬停止する。
「……よかった?」
「好きなものを手にできたんだろう? よかったじゃないか」
それはあまりにささやかで、素朴で、ありきたりな祝福の言葉。
なのに胸の奥で溶けて、広がっていく。
(……思えば今まで、聞いたことがありませんでしたね)
ふっと、ゲルタは手の中の鉱物を握りしめ、
「ありがとうございます」
クラウスに心からの感謝を述べたのだった。
◇
その夜、ゲルタは収集した鉱物を並べた収納棚を眺めていた。
――綺麗なばかりのお人形
王都で散々、言われた言葉。
ゲルタはその美貌から、多くの男性から求婚を受けていた。是非とも恋人になってくれと、大輪の薔薇の花束を渡されたのは一度や二度ではない。
まずはお友達から。そんな定型分と共にお付き合いを始めた男性たちは、ドレスや宝飾品を大量に贈ってきて、ゲルタを喜ばせようとしてきた。
しかしそれらに関心の薄いゲルタは、静かに微笑みを返していた。
その反応に苛立ち、何を貰えば満足なんだと怒鳴る者もいたものだから、ゲルタが「鉱物が欲しいです」と正直に伝えれば幻滅された。
だから自分の本心に蓋をして、相手を不快にさせないよう努めた結果――「人形」と呼ばれるようになってしまった。
(私も好きなものの前では心躍り、歓声をあげることだってありますのに……。……そういえばこちらに来てから、笑うことが多くなったような?)
王都にいた頃よりも、感情が豊かになったと自分でも思う。
何せちょっとしたことで、笑みがこぼれる。
(最初は火山が見られるから、と思っていましたが……)
例え火山が見えなくとも、鉱物がなくっとも、気持ちが華やぐ自分がいる。
ゲルタは好きなものの前でしか、心が動かないはずだ。
好きなもの――
思い浮かぶのは、城でも街でもゲルタの隣を歩いてくれる人の、横顔。
途端、ゲルタは首を横に振った。
(いけない。これは、白い結婚なのですから)
一方的な感情で、相手に迷惑をかけてはいけない。
故にゲルタは自覚しかけた思いへ、いつものように、蓋をした。




