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第98話 失意のさくら

 秋田への帰省中、さくらは何度も父への説得を試みた。

 朝食の席で、夕食の団欒(だんらん)で、あるいは父が風呂上がりで油断している隙を狙って。

 しかし、賢吾の壁は厚く、そして硬かった。


「学生の本分は勉強だ」

「男にうつつを抜かす暇があったらピアノを弾け」

「卒業するまでは絶対に認めん」


 父は頑なに同じ言葉を繰り返すばかりで、議論は平行線のままだった。

 結局、初日から一歩も前進することなく、夏休みは終わりに近づいた。


 そして、ついにさくらがシェアハウスへ帰る日となった。

 早乙女家の玄関には、キャリーケースを持ったさくらと祖母の姿があった。


「おばあちゃん、私帰るね……

 ところでお父さんはもう出掛けた?」


「賢吾なら、朝早く出勤したよ。

 娘が帰る日だっていうのに、まともに顔を合わせないなんて。

 まったく、いつまで意固地になっているんだか」


 祖母は呆れたように肩をすくめた。


「さくら、気にすることはないよ。

 賢吾も頭では分かっているんだ。

 ただ、意地を張っているだけさ」


「そうなのかなあ……」


「さくらは自分の信じた道を進みなさい。

 おばあちゃんは、いつでもさくらの味方だからね」


「ありがとう、おばあちゃん」


 さくらは祖母と温かい抱擁を交わした。

 そこへ、外出の支度を整えた母・晴子が現れた。


「さくら、準備できた?

 新幹線の時間があるからそろそろ行きましょう」


「うん、お母さん」


 今回も帰省時と同様、さくらの一人旅を許さない賢吾の言いつけに従い、母親が付き添うことになっていた。


「それじゃあお義母さん、行ってきます」


「ああ、気をつけてね。さくらを頼んだよ」


 2人はタクシーに乗り込み、秋田駅へと向かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 秋田新幹線『こまち』の車内。

 流れゆく田園風景を眺めながら、さくらは小さく溜息をついた。


 シェアハウスに帰れば、愛しい祐希に会える。

 でも、彼になんて報告すればいいのだろう。

『説得できなかった』

『父は聞く耳を持ってくれなかった』

 祐希に自信満々で「絶対説得して見せる」と言ったのに、期待させておいて失望させるのが辛い。


(祐希さん、ガッカリするだろうな……)


 不安で一杯のさくらの手に、晴子がそっと手を重ねた。


「さくら、そんな顔をしないの。諦めるのはまだ早いわよ」


「え……?」


「お父さんへの説得、話し合いだけで埒が明かないなら、次は本人に会わせるしかなさそうね」


「会わせる……?」


「そう。お父さんはああ見えて、人の本質を見る目は持ってるの……

 だから、祐希さんに直接会わせた方が話が早いと思うの」


「でも、お父さん、すんなりと会ってくれるかなぁ……」


「そこは、無理やりにでも会わせるのよ。

 機会を作って、お父さんの目の前に彼を連れてくるの。

 あなたが選んだ人が、どれほど魅力的で、誠実な人なのか。

 それを肌で感じたら、お父さんだって無視できないはずよ」


 晴子は力強く微笑んだ。


「お母さん……」


「大丈夫。私たちは間違ってないから、必ず伝わるはずよ。

 胸を張って、シェアハウスへ帰りましょう」


 母の力強い言葉に背中を押され、さくらの瞳に光が戻った。

 そうだ、まだ終わっていない。

 祐希さんと2人で、お父さんに認めてもらうんだ。


「うん! 私、頑張る!」


 さくらは涙を拭い、笑顔で母の手を握り返した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 シェアハウスの玄関に到着すると、オーナーの明日奈が出迎えた。

 

「おかえりなさい、さくらちゃん。

 お母様も、秋田からわざわざ送り届けてくださってありがとうございます。

 長旅、お疲れ様でした」


 明日奈の丁寧な出迎えに、さくらは「ただいま帰りました」と小さく頭を下げた。

 続いて、晴子が優雅な微笑みを浮かべて挨拶を交わす。


「明日奈さん、またお世話になりますが、娘をよろしくお願いします。

 ……管理人の祐希さんは、今日はお仕事かしら?」


「ええ、祐希くん、平日の午後はバイトなので、戻るのは多分夜9時頃になると思います」


「そうですか。お会いできなくて残念ですが、よろしくお伝えください」


 娘を無事に送り届けた晴子は秋田へと戻っていった。

 母親を見送った後、さくらは疲れた様子で、自室へと引き上げた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夜9時前、祐希と沙織がバイトを終えてシェアハウスへ帰ってきた。

 ラウンジには、明日奈の他、里緒奈と怜奈がくつろいでいた。


「ただいま~、私、疲れたので今日はもう寝ます」


 沙織は玄関で帰宅の挨拶をすると、そのまま自室への階段を上がっていった。


「ただいま、ふ~、今日も忙しかったよ」

 祐希がラウンジに入って来た。


「おかえりなさい、祐希くん、お疲れ様」

「祐希、おかえり~」


 明日奈と里緒奈が声をかけた。

 その時、祐希が戻った気配に気づいたのか、2階からさくらが降りて来た。


「……祐希さん。おかえりなさい」


「ああ、さくら。ただいま。今日帰ってきたんだね」


「はい。……あの、祐希さん。

 お話したいことがあるので、後で部屋にお邪魔してもいいですか?」


 さくらの真剣な様子に、祐希は静かにうなずいた。


「分かった。これから着替えて晩御飯食べるから、9時半頃、部屋に来てくれるかな」


「分かりました。それじゃあ、また後で……」


 さくらが一旦自室へ戻り、祐希も自分の部屋へと向かった。

 その様子をラウンジで見ていた里緒奈が、明日奈に尋ねた。


「ねえ、明日奈さん、あの2人、付き合ってるの?」


「う~ん、まだ付き合うまではいってないみたいだけど、それに近い関係にはなったみたいよ」


「へ~、そうなんだ……。明日奈さん、詳しいですね」


「まあね、祐希くんからそれらしいこと聞いたから」


 里緒奈は、明日奈がなぜ祐希の恋模様について把握しているのか、少し不思議に思った。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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