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第92話 篠宮家の秘密

 重苦しい雰囲気の中、2人は朝食を終えると、リビングのソファに並んで座った。

 向かい側には、父と母が真剣な表情で座っている。

 母が祐希にはブラックコーヒーを、(あかり)には紅茶を出してくれた。

 その間、誰も口を開かない静寂が、永遠のように長く感じられた。


 やがて、父が重い口を開いた。

 しかし、そこから発せられた言葉は、叱責でも説教でもなかった。


「祐希、父さんに弟がいたのは知っているな」


「……え? あ、ああ……」


 予想外の言葉に、祐希は戸惑いを隠せなかった。

 父に弟がいたこと、その弟が昔、交通事故で夫婦共に亡くなったことは、当然(あかり)も知っていた。

 仏壇には、彼らの位牌や写真が飾られているからだ。

 (あかり)は、不思議そうな顔をしていた。

 なぜ今、その話をするのか分からなかったからだ。


「16年前の冬だ。猛吹雪の高速道路で、多重衝突事故が起きた」


 父は遠い記憶を呼び覚ますように語り始めた。

 急速に発達した真冬の爆弾低気圧による視界ゼロのホワイトアウト。

 玉突き事故に巻き込まれ、車は大破したこと。

 氷点下の暴風雪が吹き荒れ、一刻の猶予も許されない状況だった。


「弟は……即死だった」


 (あかり)が息を呑む気配がした。

 どうして今、急にそんな話をするのか。

 祐希も(あかり)も、自分たちと何の関係があるのか分からず、ただ父の言葉を待った。


「だが、駆けつけた警察と救急隊員が、その場の光景に言葉を失ったそうだ。

 後部座席で、弟の妻が、チャイルドシートの我が子に覆いかぶさるようにして亡くなっていたんだ」


 母がハンカチを目元に当て、すすり泣く声が聞こえた。


「母親は、重傷を負いながらも、氷点下の寒さから自身の体温で1歳の幼子(おさなご)を守ろうとしたんだ。

 そのおかげで……その子は、奇跡的に助かった」


 16年前、交通事故で奇跡的に助かった1歳の子。

 そのまま育っていれば、ちょうど(あかり)と同じくらいの年齢か。

 そのことが頭をよぎった瞬間、祐希の中でバラバラだったピースが噛み合い、一つの仮説が浮かび上がった。

 その時、祐希は動悸が激しくなっているのに気づいた。

 まさか。まさか、そんなことがあるのか……


 祐希は震える声で父に尋ねた。


「父さん……まさか、その子が……」


 父は祐希の顔を真っ直ぐに見つめ、深く頷いた。


「そうだ。その時の子が、(あかり)なんだ」


「え……?」


 (あかり)の声が裏返った。

 父は両親が亡くなり天涯孤独となった1歳の(あかり)を、うちの養子として引き取ったと話した。

 男兄弟しかいなかった篠宮家で、初めての女の子として迎えられた(あかり)は、実の子以上に愛情を注いで育てられた。

 (あかり)が高校を卒業したら、すべてを話すつもりだったと父は静かに告げた。


「じゃあ、私……この家の子じゃないの……?」


 (あかり)の顔から血の気が引いた。

 自分がこの家の「本当の子」ではなかったという事実は、これまで築き上げてきた関係がすべて否定されたような孤独感を突きつけた。

小さく肩を震わせ始めた娘を見て、母はたまらず席を立ち、(あかり)の元へ駆け寄ると、その身体を強く抱きしめた。


「違うわ。誰がなんと言おうと、(あかり)は私たちが育てた大切な娘よ。それだけは絶対に変わらない」


 母の力強い抱擁と温もりだけが、砕け散りそうな彼女の心を現実に繋ぎ止めた。


(……そうか。そうだったのか……)


 祐希は雷に打たれたような衝撃を受けた直後、脳内が驚くほどクリアになり、論理的な思考が巡り始めた。

 戸籍上、自分たちは間違いなく兄妹だ。

 だが、血縁関係で言えば、父の弟の娘。

 つまり、従兄妹(いとこ)にあたる。

 4親等である従兄妹(いとこ)同士の結婚は、民法上認められていたはずだ。


 (僕と(あかり)の間にあった血の繋がりという障壁は、最初からなかったということか……)


「少し時期が早いかと思ったが、母さんと話し合った結果、今が話すべき時だと判断したんだ」


 父はそう言って、優しく2人に微笑みかけた。

 だが、なぜ「今」なのか。

 父はその理由を言わなかった。

 しかし、祐希には痛いほど、その理由が分かった。


 昨夜、同じ部屋で一夜を過ごした兄と妹が醸し出す独特な空気。

 限界まで膨れ上がった(あかり)の祐希に対する想いと、それを受け入れてしまった自分。

 狭い一軒家で、2階から聞こえる2人の声や音が、両親の部屋に伝わっていたに違いない。


 父と母は、その状況をすべて承知の上で、2人を叱るのではなく、真実を告げることで「1人の大人として考えなさい」と諭してくれたのだ。

 血の繋がった妹としてではなく、結婚も可能な従兄妹(いとこ)として、(あかり)とどう向き合うか。

 そのボールは祐希に投げられたのだ。


「……父さん、母さん。ありがとう……」


 祐希は両親に深々と頭を下げた。

 隣で(あかり)も泣きじゃくりながら頭を下げる。

 その後、4人は揃って仏間へと向かった。

 仏壇には、父の弟夫婦の位牌が安置されている。

 今までは叔父叔母だと思って手を合わせていたが、彼らこそが(あかり)の実の両親であり、その命を繋いでくれた人なのだ。


 線香の香りが漂う中、4人は静かに手を合わせた。

 しばらくして冷静さを取り戻した(あかり)は、遺影の中で微笑む実の両親へ「私、もう17歳になりました。おかげさまで、無事にここまで大きくなれました」と報告した。

 隣で祐希も、「(あかり)は、僕たちが大切に守ります」と、心の中で静かに語りかけた。


 初めて見るそのアルバムには、実の両親と過ごした最初の一年間が記録されていた。

 それからの数日間、(あかり)は写真を繰り返し眺め、何度も泣いた。

 そうして過去の悲しみも今の愛情もすべて受け入れ、彼女は前に進む覚悟を決めたのだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから数日後。

 1週間の帰郷を終えた祐希は、新千歳空港の出発ロビーにいた。

 見送りには、両親と(あかり)が来ていた。

 以前のような、悲壮な別れの雰囲気はもうどこにもない。

 (あかり)の表情は、冬の晴れ間のように晴れやかだった。


「お兄ちゃん、気をつけてね」


「ああ。(あかり)も、元気でな」


 2人の間に、余計な言葉はいらなかった。

 見つめ合う瞳の奥には、今までと違う、新しい信頼のようなものが宿っていた。


「うん。……春には絶対、合格してそっちに行くから。シェアハウスで待っててね」


「ああ、待ってる」


 それは単なる約束ではない。

 (あかり)にとって、兄との関係が変わる可能性のある未来への、ささやかな期待を込めた約束だった。

 祐希は力強く頷くと、家族に背を向け、保安検査場へと歩き出した。

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