第83話 さくらの帰省
さくらは帰省のため秋田へ向かっていた。
東京駅から乗り込んだ秋田新幹線「こまち」は、仙台を過ぎ、いつしか窓の外の景色は鮮やかな緑へと変わっていた。
久しぶりに目にする故郷の自然を、さくらは懐かしい思いで眺めていた。
ふと、隣に座る母・晴子が、読んでいた雑誌を膝の上に置いた。
それに気づいてさくらが顔を向けると、母と目が合った。
「さくら」
「ん? なあに、お母さん」
「……管理人の祐希さんとは、どういう関係なの?」
「えっ!?」
さくらは唐突な母の質問に動揺した。
晴子は穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳は、全てを見透かしているようだった。
「お母さんに分からないとでも思ったの?
シェアハウスで別れ際に祐希さんと見つめ合っていたわよね……
お互いに想いが通じあっているように見えたんだけど、どうなの?」
さくらは観念し、小さく息をついた。
やはり、母の直感には敵わない。
さくらは正直に打ち明けることにした。
「お母さん……実はね、先週、祐希さんから『好きだ』って告白されて……」
「あらあら……」
「私も祐希さんのことが好きで、付き合いたいと思ってるの……」
「やっぱり、そうだったのね」
晴子は嬉しそうにうなずいたが、さくらはすぐに表情を曇らせた。
「でもね……お父さんが反対するのは目に見えてるから……
お父さんを説得するまで、返事を待ってもらっているの」
その言葉に、晴子は驚いたように目を見開き、やがて優しく笑った。
「普通なら『親なんて関係ない、内緒で付き合おう』って強引に迫ってきそうなものなのに。
さくらの気持ちを尊重して待ってくれるなんて、随分と誠実な方なのね」
「そう……とても誠実で優しい人なの」
さくらは身を乗り出し、母を縋るような目で見つめた。
「あのね、お母さん……お願いがあるの。
お父さんを説得するのに協力してほしいの。
私一人じゃ、言い負かされちゃうかもしれないから……」
「でも、お母さんも祐希さんのことをよく知らないから、援護できるか心配だわ……」
晴子は難しそうな顔で小首を傾げた。
「祐希さんって、すごく優秀な人なの……
星城大学の情報工学部で、AI応用研究コースを専攻してるのよ。
大学生なのにシェアハウスの管理人を任されていて、すごく責任感があってしっかりしているの。
それに空手の有段者で、とっても頼もしいのよ。
私、ストーカー被害に遭って怖い思いをしてたんだけど……
彼がボディガードとして、ずっと私を守ってくれるから安心なの。
平日はカフェでバイトもしてて……
ラテアートがプロ並みで、仕事している時の横顔が、真剣ですごくかっこいいの」
一気に語り終えたさくらの瞳は、キラキラと輝いていた。
晴子はそんな娘の顔をじっと見つめ、感嘆の声を漏らした。
「……ふふっ。さくら、あなたの今の顔、鏡で見せてあげたいくらい。とってもいい顔をしてるわ」
「えへへ、そうかな……。
でも、彼のこと思い出すだけで幸せな気持ちになれるの。
あのね、お母さん。祐希さんの手って、とっても大きくて温かいんだよ……
シェアハウスへの帰り道に、いつも手を繋いでもらうんだけど『守られてる』って安心感があるんだ。
私、誰かをこんなに好きになったのは生まれて初めて……
彼とずっと一緒にいたいって、心からそう願ってるの」
「あらあら、ごちそうさま」
恋する娘の熱っぽい言葉と嬉しそうな表情。
それを見ていた晴子は、どこか懐かしそうな遠い目をした。
「……あの時の私と同じね」
「え?」
「実はお父さんと結婚する時も、おじいちゃんに猛反対されて大変だったのよ。
『どこの馬の骨とも分からん男に娘はやれん!』ってね」
「でもあの時、お父さんが諦めずに何度も足を運んでくれたから今があるのよ。
祐希さんは誠実な人そうだし、さくらが選んだ人なら、お父さんもきっと認めてくれると思うの。
だから、お母さんも応援してあげるわ」
「お母さん、ありがとう!」
「でも、相手はあの頑固なお父さんよ。
私とさくらだけじゃ心細いわね……
そうだ、お義母様にも協力してもらいましょう」
晴子が提案したのは、さくらの祖母であり、父・賢吾の実母である吉乃の協力を得ることだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2人は秋田駅に降り立ち、タクシーで15分ほどの住宅街にあるさくらの実家に到着した。
1階の一部がピアノ教室となっている広い2階建て住宅の玄関を入ると、祖母の吉乃(77歳)が出迎えてくれた。
「さくら。おかえり」
「おばあちゃん、ただいま!」
さくらは祖母に抱きついた。
祖母の優しさと温かさは、少しも変わらなかった。
父はまだ仕事から帰っておらず、3人は茶の間でお茶を飲みながら、さくらの大学生活の話に花を咲かせた。
しばらくして、母の晴子がさくらに目配せした。
「さくら、今のうちにおばあちゃんにも話しておいたら?」
さくらはこくりとうなずき、祖母に向き直った。
「……おばあちゃん。実は、聞いてほしいことがあるの」
吉乃は湯呑みを置き、孫の真剣な瞳を優しく見つめ返した。
「おやおや、改まって何の話だい?
2人で目配せして……何を企んでいるんだい?
言ってごらん、おばあちゃんでよかったら聞いてあげるよ」
さくらは母と視線を交わし、小さく頷いた。
「あのね……私、好きな人がいるの」
さくらは祖母に、祐希のことを包み隠さず話した。
同じシェアハウスの管理人として皆をまとめていること。
そして何より、ストーカーから自分を守ってくれている、頼もしい存在であること。
「ほう……。今どき珍しい、骨のある男じゃないか。
可愛い孫を体を張って守ってくれたんだ、ありがたいねえ」
吉乃は目を細めながら頷いた。
「おばあちゃん、私、祐希さんと真剣にお付き合いしたいの。
でも、お父さんが駄目だって絶対反対すると思うから……おばあちゃんにも味方してほしいの」
「ふむ……。さくらがそこまで惚れ込むなんて、よほどいい人なんだろうね。
分かったよ。賢吾の説得、私も協力するよ」
祖母の力強い言葉に、さくらは胸を撫で下ろした。
母と祖母。早乙女家の女性全員が味方についた。
さくらにとって、これ以上ない最強の援軍だ。
「さくら、今夜は、あなたの好きなお寿司よ」
その言葉に、さくらの瞳が輝いた。
「えっ、お寿司!?
お母さん、ありがとう」
「さくらも帰ってきたことだし、今日はお父さん、上機嫌でお酒も進むはずよ」
「酔って気分良くなったところが狙い目ね」
3人は夕食に向けて「作戦会議」を開き、結束を固めた。
これだけ強力な援軍がいるなら、きっとお父さんも分かってくれるはず。
さくらは希望に胸を膨らませていた。




