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第82話 沙織の暴走

 沙織の暴走に祐希は驚きを隠せなかった。

 もし、この写真をさくらが見たら、彼女はどう思うだろう。

 自分に好きだと告白しておきながら、他の女と寝る祐希に、間違いなく幻滅するはずだ。

 その場合、祐希に愛想を尽かして交際の話自体なくなる可能性が高い。


 でも、それは祐希が沙織の誘惑に負けて情欲に溺れた、言わば自業自得なのだからしょうがない。

 ただ、卑劣な脅迫に屈して沙織と付き合うことだけは、祐希のプライドが許さなかった。

 祐希はじっくりと考えて冷静に答えた。


「沙織……その写真、さくらに送りたければ送ればいい。

 君の望み通り、僕とさくらの関係は終わるだろう。

 でも、こんな姑息な手段を使う沙織と付き合うなんてありえないし、僕は君を心底嫌いになるだろう」


 その言葉を聞いて沙織は激しく動揺した。

「待って、先輩……

 私を嫌いになるなんて、嘘ですよね……」


「嘘じゃない。

 沙織のことは可愛いと思っていたし、あざとさも個性として大目に見てきた。

 だが、今回はさすがにやり過ぎだ。

 無理やり従わせようとするなんて、卑劣な脅迫行為だ」


「ひ、卑劣だなんて……そんな……」


 沙織は青ざめ、何か言い返そうと口を開いたが、言葉にならなかった。


「もし仮に沙織と付き合ったとして、僕はずっと脅迫されたことは忘れない。

 そんな関係、まともに続くわけがないだろう。

 愛されるどころか、嫌いになって別れるのがオチだ!」


「い、いやだ! 先輩、私を嫌いにならないで!」


 沙織の瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。

 計算もプライドもかなぐり捨て、沙織はなりふり構わず祐希の胸で泣きじゃくった。

 背中に痛いほどに爪を立て、震える身体を押し付けてくる。

 それは愛する人に拒絶されることを何より恐れる、か弱い女の姿だった。


「……やっぱり正論では、先輩に……敵いません」


 素肌に伝わる熱い吐息が、涙で濡れて震えていた。

 沙織はしゃくり上げながら、続きの言葉を吐き出した。


「……さくらさんに……写真を送ると言ったこと……撤回します……っ」


「じゃあ、今すぐその写真を削除しろ!」


「わ、わかりました。先輩が写真を消してください」

 沙織はスマホを祐希に差し出した。


 スマホの写真フォルダーには、先ほどの沙織が祐希と裸で写っている写真の他、昨日、遊園地で撮った写真が何枚も並んでいた。

 絶叫マシンの恐怖で涙目になりながら、祐希の腕にギュッとしがみついている沙織。

 ゲームコーナーで取った大きなぬいぐるみを、宝物のように大事そうに抱きしめている沙織。

 口の端にちょこんとクリームをつけながら、溶けかけのソフトクリームを幸せそうに頬張る沙織。

 そこには、計算も企みもない、純粋に恋する乙女が幸せそうに笑う写真が何枚もあった。


 その笑顔を見ていると、祐希の胸が締め付けられるように痛んだ。

 さっきまでの恐ろしい脅迫も、冷酷な態度も、すべては祐希を失いたくない一心から出た行動だったのだ。

 彼女をここまで追い詰めて歪ませてしまったのは、自分の中途半端な優しさが原因だったのかもしれない。

 そう思うと、沙織を責める気持ちよりも、哀れみと申し訳なさが込み上げてきた。


 だが、さくらに告白し、彼女の返事を待つと決めた以上、沙織の気持ちに応えることはできない。

 ここで流されてしまえば、それこそ取り返しのつかない裏切りになる。


 祐希は静かに指を動かし、裸の自分と沙織が写った「証拠写真」と、以前隠し撮りされた、さくらと海辺のリゾートホテルで抱き合う写真を選択して削除した。

 そして、遊園地で沙織が楽しそうに笑う写真が表示された状態でスマホを返した。


「……消したぞ。

 今回のことは、これで水に流そう……

 僕は、その写真で笑ってる沙織を信じることにしたんだ。

 次にこんな真似をしたら、その時は本当に沙織との縁を切るからな」


 沙織はスマホを受け取ると、画面を確認して安堵の息を漏らしたが、すぐにすがるような目で祐希を見上げた。


「先輩……私を、嫌いにならないで……」

 それは消え入りそうな声だった。


 祐希は小さく溜息をつくと、優しく、しかし毅然と言った。


「嫌いにはならないよ……

 昨日のデートが楽しかったのは本当だし、沙織のことが可愛い後輩だと言った気持ちも変わらない」


「……っ」


「でも、沙織と付き合うことはできない。

 僕はさくらが好きだ。それだけは譲れない」


 引導を渡された沙織は、唇を噛み締め俯いた。

 だが、彼女はまだ諦めてはいなかった。

 涙に濡れた瞳で、すがるように祐希を見つめた。


「じゃあ……さくらさんから、返事をもらうまでの間でいいです」


「え?」


「さくらさんから正式な返事をもらうまで……

 その『保留』の間だけでいいから、私と付き合ってください!」


「な……何を言ってるんだ。そんなことできるわけないだろ」


「どうしてですか! 今はまだフリーなんですよね?

 その期間、私が先輩を振り向かせてみせます。それでもダメなら諦めますから……!」


「ダメだ。期間とかそういう問題じゃない。もう心は決まってるんだ」


 祐希は首を横に振った。ここで情けを掛ければ、沙織をさらに傷つけることになる。


「……っ、うぅ……」


 沙織は再び泣き崩れそうになったが、ギリギリのところで踏み止まった。

 そして涙を拭うと、最後の切り札を切るように、指を一本立てた。


「じゃあ……せめて、月に1回でいいです」


「は?」


「付き合わなくていい。恋人じゃなくていいです。

 でも、月に1回だけ……私とデートしてください」


「デートって……」


「たとえ私が誘惑したんだとしても……先輩は私を受け入れたじゃないですか。

 あんなに深く繋がったのに、全部なかったことにするなんて……そんなの酷すぎます。

 私をここまで夢中にさせた責任……取ってください」


 それは懇願でありながら、祐希の逃げ道を塞ぐ巧みな要求だった。

 断固として拒絶すべきだと頭では分かっている。

 だが、誘惑に負けて彼女を受け入れてしまったのは、間違いなく自分の責任だ。

 目の前でボロボロに傷つき、それでも健気に自分を求めてくる沙織を、これ以上無下にはできなかった。


 それに、あんな写真を使ってまで引き止めようとした彼女を、ただ突き放すだけでは、また何をしでかすか分からないという危惧もあった。


「……分かった」


 祐希は重い口を開いた。


「月に1回だけだぞ。それ以上はダメだ」


「……はい! ありがとうございます、先輩!」


 その笑顔には、もう計算や企みは微塵もなく、ただ好きな人との縁を繋ぎ留められた喜びだけが溢れていた。

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