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第78話 初デート(沙織編)

 夏の日差しが降り注ぐ8月初旬のある日。

 横浜駅西口へ向かって歩いていた祐希は、待ち合わせ場所に沙織の姿を見つけ、思わず足を止めた。


 胸のラインがくっきりと分かる白のハイネック・ノースリーブに、太腿が眩しい赤いミニスカート姿の沙織は、その場を通りかかる男性全員が振り返るほど、一際(ひときわ)目を引いていた。


 (沙織って、あんなにいい女だったのか……)


 栗色のサラサラで長い髪、きめ細かな白い肌、化粧して着飾った沙織は傍目(はため)に見てもかなりハイレベルな美女だ。


 人混みを縫って歩いていくと沙織がこちらに気付き、爽やかな笑顔で手を振った。


「せんぱ~い。遅いですよ~」


「でも、バスの時間、まだなんだろ?」


 祐希は平静を装っていたが、沙織の美貌とスタイルの良さに内心ドキドキだった。


「はい、まだ余裕ありますよ。

 これチケットです。なくさないで下さいね」


「……ああ、サンキュ」


 渡されたのは、富士ハイランドリゾート行きの高速バスチケットだった。

「デートの場所は私が決めます」と宣言され、有無を言わさず沙織が決定した行先だ。

 言うなれば罰ゲームのようなデートで、費用は全て祐希が持つ約束だ。

「これは単なる予定の消化だ」と自分に言い聞かせ、祐希はバスに乗り込んだ。


 高速バスは横浜駅を出発し、首都高に入った頃。

 沙織がバッグから可愛らしいランチボックスを取り出した。


「先輩、朝ごはん食べてないですよね?

 よかったら、これ食べません?……」


 沙織が差し出したランチボックスには、彩り豊かな手作りサンドイッチがぎっしりと詰まっていた。

 ハムとレタス、厚焼き卵、そしてフルーツサンド。

 パンの耳はきれいに切り落とされ、具材の断面も美しい。

 コンビニとはレベルが違う、本格的なクオリティだった。


「これ……沙織が作ったのか?」


「はい。先輩のために、朝4時起きで頑張りました」


 沙織は悪戯っぽく微笑むと、卵サンドを一つ摘まみ、祐希の口元に差し出した。


「はい、あ~ん」


「い、いいよ自分で食べるから!」


「ダメです。

 先輩の手が汚れちゃうじゃないですか。

 いいから、大人しく私の愛を受け取ってください」


 周囲の目もあり、祐希は観念して沙織の手からサンドイッチを食べたが、なかなかに美味い。

 パンはふわふわで、マヨネーズとマスタードのバランスも絶妙だ。料理の腕は相当なものだ。


「どうですか?」


「……うまいよ。沙織、意外と女子力高いんだな」


「せんぱい、意外は余計ですよ。

 私、将来の旦那様のために花嫁修業中なんですから……」


 沙織は祐希を見つめ、嬉しそうに微笑むと、次々とサンドイッチを勧めてきた。

 胃袋を掴む、これも彼女の計算の一つなのだろう。

 一通り食べ終わると、沙織は小さくアクビした。


「ふぁ……。早起きしたから、眠くなっちゃいましたぁ……」


 沙織は躊躇なく祐希の肩に頭を預け、身体を密着させてきた。

 ノースリーブの露出した肌から伝わる体温と、甘い香水の香りが祐希の鼻腔を刺激した。

 早起きしてサンドイッチを作ってくれたその健気さを考えると、邪険にすることもできない。

 逃げ場のないバスの中で、祐希は到着までの2時間弱、沙織に翻弄され続けた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 バスは定刻通り、富士ハイランドリゾートのバスターミナルに到着した。

 目の前には巨大なジェットコースターのレールが空を切り裂くように走っていた。


「先輩、フリーパスチケット2枚。お願いしますね♡」


「……はいはい」


 入園ゲートの窓口で、祐希は大人2名分のフリーパス代金を支払った。

 ゲートをくぐり、2人はパーク内へと足を踏み入れた。


「先輩、あれ乗りましょう! 『FUGAKU』!」


「怖いけど乗ってみたい」と、沙織は好奇心と恐怖が入り混じったような表情で腕を引いてくる。

 そのあざとい態度の裏には「怖がって抱きつきたい」という可愛らしい下心が見え隠れしていた。

 当然、祐希もそれに気付かないほど鈍感ではない。

 だが、これだけの美女に「守ってほしい」と頼られて、悪い気がするはずもなかった。

 祐希は彼女の計算を分かった上で、あえてその策に乗ることにした。


 さらに、世界最大級のお化け屋敷『絶叫迷宮』では、その密着度は限界を超えた。


「きゃっ! 怖いです先輩、待って!」


 暗闇に乗じて、沙織が背後から抱きついてくる。

 豊かな胸の感触が、これ見よがしに祐希の背中や腕に押し付けられる。

 演技か本気か分からないその悲鳴と吐息に、祐希の理性は確実に削られていった。


 昼食のベンチで、沙織はソフトクリームを舐めながら、上目遣いで祐希を見た。


「さくらさんじゃ、こういう刺激的なデートは無理ですよね?」


「……さくらは関係ないだろ」


「ふふ、そうですね」


 沙織は余裕たっぷりに微笑んだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夕方になり、時計は午後4時を回っていた。

「そろそろバスの時間だ。沙織、帰るぞ」


 祐希が切り出すと、沙織は足を止め、にっこり微笑んだ。


「え~? 帰りませんよ。

 だって、ホテル予約してあるんですから……」


「は?」


 沙織は、パークに隣接する『富士ハイランドリゾートホテル&スパ』を指さした。


「泊まるなんて聞いてないぞ!」


「あれ、LINKでメッセージ届いてないですか?」

 沙織は白々しく驚いてみせた。


「あ、あれ!?

 送信し忘れてました……

 てへ……」

 沙織の奥義『てへぺろ』が炸裂した。


 これはおそらく、沙織の計画的な犯行だろう。

 LINKのメッセージ送信忘れも、おそらく故意だ。


「ほらぁ、せんぱい……予約になってるでしょ」

 沙織は涼しい顔でスマホの画面を見せた。

 それはホテル予約サイトの完了メールだった。


「しかもこれ、カードで支払い済みなんです。

 お盆だから、ホテル代安くなかったんですよ」


「そんなこと言ったって、どうするんだよ……!?」


「当日キャンセルは返金不可なんですから。

 ねえ、せんぱい……お願いだから泊まっていきましょうよぉ」

 沙織は甘えた声で、祐希の首に腕を回して懇願した。


 さらに沙織は、例の画像をチラつかせた。

 葉山のホテルで撮った「添い寝写真」だ。


「もし、このまま帰ったら……

 契約不履行で、この写真、今すぐシェアハウスのみんなに送っちゃいますけど……いいんですかぁ?

 さくらさん、泣いちゃうかも……」


「沙織……汚いぞ!」


「せんぱい……これは取引ですから……

 誤解しないで下さいね。

 さあ、チェックインしましょう」


 祐希は渋々、ホテルへの宿泊を承諾した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 チェックインを済ませ、ホテル内のレストランで夕食をとった。

 その後、沙織は「宿泊者は無料なんですから、入らないと損ですよ!」と、隣接する『天空スパ』へ祐希を連れ出した。


 男女別の大浴場。

 広い湯船に一人漬かりながら、祐希は大きく息を吐いた。


(ふぅ……。まあ、部屋はツインだし、温泉に入って寝るだけなら問題ないか……)


 温泉のリラックス効果で、張り詰めていた祐希の警戒心は完全に緩んでいた。


 風呂上がりの待ち合わせ場所に現れた沙織は、温泉の効果で肌が上気し、艶っぽさが倍増していた。


「温泉、気持ちよかったですね~、せんぱい」

 沙織のほのかに赤みを帯びたうなじに、祐希はつい見入ってしまった。

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