第77話 美魔女
午前7時30分、朝日が差し込むホテルのレストランで、相模湾の絶景を眺めながらシェアハウスの住人たちは朝食をとっていた。
「祐希くん、昨日はよく眠れた?」
向かいの席の明日奈がコーヒーを飲みながら、爽やかな笑顔で尋ねた。
「えっ? はい、熟睡できましたよ……」
祐希は、予期せぬ明日奈の問いかけに慌てた。
「あれ? 祐希、朝いなかったけど、どこに行ってたの?」
斜め向かいに座っている里緒奈が聞いた。
「あ、あぁ……、朝早く起きたからジョギングに行って来たんですよ」
「へ~、あんた、よくそんな体力あるね。
私なんて、二日酔いだよ……」
「ま、まあ、鍛え方が違いますから……」
祐希は口から出任せを言って誤魔化した。
祐希のその反応を、沙織はイタズラっぽい笑みを浮かべて見ていた。
そしてクロワッサンを噛りながら、チャットアプリ「LINK」を開き、祐希にメッセージを送った。
SAORI:『せんぱい、ウソ、上手なんですね♪』
Yuki :『うるさい、仕方ないだろう』
SAORI:『デート、楽しみにしてますよ♡』
Yuki :『分かったから、その話はまた今度な』
祐希は沙織から無言の圧力を感じながら、コーヒーを流し込んだ。
朝食の後、シェアハウスの住人たちは、往路と同じ車に分乗して帰路に就いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大学の前期試験が終わり、いよいよ夏休みに突入した。
シェアハウスのラウンジには、スケジュール管理用のホワイトボードが掛けられており、そこには住人たちの『夏期スケジュール』が書き込まれていた。
【帰省組】
早乙女さくら:8/8 ~ 9/12(秋田)、真城朱音:8/12 ~ 8/28(沖縄)、早見里緒奈:8/10 ~ 8/31(千葉) 岸谷琴葉:8/15 ~ 9/3(福岡)、結城未来:8/11 ~ 9/3(東京・実家)、篠宮祐希:8/13 ~ 8/20(札幌)
【残留組】
篠宮明日奈:カレンダー通り(仕事)、菅野怜奈:カレンダー通り(仕事)、天野瑞希:カレンダー通り(仕事) 、倉科沙織:帰省予定なし(バイト)
祐希はホワイトボードを見上げ、ある一点を見つめてため息をついた。
さくらが1ヶ月以上もの間、実家に帰省してしまうのだ。
ようやくお互いの気持ちを確かめ合い、両想いになったというのに、いきなりの遠距離恋愛だ。
唯一の救いは、チャットアプリ『LINK』で繋がっていることだ。
夜の砂浜で告白して以来、2人は頻繁にメッセージを交換し合っていた。
スマホを通して彼女と連絡が取れることが、今の祐希にとって唯一の心の支えだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後の朝9時、シェアハウスのインターホンが鳴った。
「はい、少々お待ちください……」
応対に出た明日奈が、一人の女性を連れて戻ってきた。
その女性を見て、その場にいた祐希、沙織、朱音の3人は息を呑んだ。
優雅な立ち居振る舞いでラウンジに入ってきたのは、一人の妙齢の美女だった。
年齢は、明日奈より少し年上の30代前半に見えた。
綺麗で艶のある長い髪をハーフアップにまとめ、肌にはハリがあり、スタイルも抜群。
清楚な白のブラウスに青いフレアスカートという装いで、大人の色気と洗練された品格を感じさせた。
いわゆる「美魔女」と呼ばれるタイプの人間だ。
「皆様、おはようございます。
さくらの母でございます。
娘がいつもお世話になっております」
その女性は深々と頭を下げた。
所作の一つ一つが洗練されており、育ちの良さを感じさせた。
「お母さん、早かったわね」
さくらが駆け寄り母の手を握った。
「え~っ、さくらちゃんのお母さんなの!?
若すぎる~。お姉さんって言われても納得しちゃうかも……」
朱音が、さくらの母の若々しさに驚いた。
彼女の名前は、早乙女晴子、ピアノ教室の講師をしているとさくらがみんなに紹介した。
「つまらないものですが、皆様で召し上がってください」
晴子は明日奈にお土産を渡した。
「あら、わざわざありがとうございます」
今回、彼女がシェアハウスに来た理由は、さくらの迎えだった。
さくらの父が、『大事な娘を一人で新幹線に乗せられない』と母親をわざわざ迎えに行かせたのだ。
「ところで、さくら。
管理人の篠宮祐希さんは……どの方なの?」
「あ、はい。この方です。祐希さん……」
さくらに促され、祐希は緊張した面持ちでさくらの母と対面した。
「初めまして。篠宮祐希です」
祐希が頭を下げると、晴子は優しく微笑んだ。
「初めまして、さくらの母の晴子です。
さくらから大学の行き帰り、毎日送り迎えしていただいていると聞いております。
いつも本当にありがとうございます」
「いえ、管理人として当然のことをしているだけですから……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さくらの母は、一通り挨拶を済ませると帰り支度を始めた。
配車アプリでタクシーを呼ぶと、15分ほどで到着するらしい。
さくらがキャリーバッグを引き、玄関を出るとすでにタクシーは到着していた。
「それじゃあ明日奈さん、祐希さん、沙織さん。
行ってきます」
「わざわざ、お見送りありがとうございます」
さくらと母は、見送りに出た3人に挨拶した。
「さくらちゃん、お父さまによろしく」
「道中気をつけて……」
「また9月にね」
さくらはタクシーに乗り込む前に、祐希を愛おしそうに見つめ、微笑んだ。
祐希もその視線をしっかりと受け止め、小さくうなずいた。
ほんの一瞬だったが、2人は確かに心を通わせた。
その視線の交錯に気づいた晴子が、柔らかな笑みを浮かべた。
彼女は何も言わず一礼した。
「皆さん、それじゃ、行ってきます」
明日奈と祐希、沙織の3人が見送る中、2人を乗せたタクシーは走り去った。
「祐希くん、私スーパーに買い物に行ってくるね」
明日奈は、そのまま買い物に出かけていった。
祐希は名残惜しそうにタクシーが走り去った方向を見ていた。
「さくらさん、行っちゃいましたね……」
「……ああ」
「でも、これで気兼ねなくデートできますね」
「沙織……お前ってデリカシーないなぁ」
「だってぇ、本当のことですから……
ねえねえ、せんぱい……デートいつ行きます?」
沙織の甘ったるく、絡みつくような声が、夏の蒸し暑さを更に増幅させるようだった。
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