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第74話 告白

「んっ……」


 最初は唇に触れるだけの優しい口づけだった。

 しかし、クローゼットで抑え込んでいた感情が溢れ出ると、それは瞬く間に濃厚なものへと変わっていった。

 祐希が角度を変えて深く唇を押し付けると、さくらは小さく震えながらも唇を開き、その侵入を受け入れた。

 絡み合う舌と舌。

 互いの唾液を求め合うような水音が、静かな夜の浜辺にかすかに響く。


「んぅ……ふ……っ……」


 熱情に突き動かされるまま、祐希の手がさくらの華奢な背中から、柔らかな胸の膨らみへと伸びた。

 Tシャツごしにその胸の膨らみを掌で包み込むと、さくらは「あ……っ……」と甘い声を漏らして一瞬ビクリと身体を震わせた。

 しかし彼女は拒むことなく、祐希に身体を預けた。


 理性が焼き切れそうなほどの熱い口づけが続き、ようやく唇が離れた時、2人の息は荒く弾んでいた。

 潤んだ瞳で祐希を見つめながら、さくらが懇願するように口を開いた。


「……あの、祐希さん、お願いがあります」


「え、お願い……?」

 さくらの突然の『お願い』が何なのか、祐希には想像もつかなかった。


「はい……。私のことを……『さくら』って呼んで欲しいんです」


「ど、どうして……?」


 さくらは俯きながら、恥ずかしそうに、その理由を言った。

「祐希さん、未来さんや沙織さんのこと、呼び捨てで呼んでますよね。

 私も年下ですし……『さくらさん』なんて他人行儀な呼び方、もう嫌なんです」


 それは、彼女の中で芽生えた小さな嫉妬と、もっと距離を縮めたいという切実な願いだった。

 祐希は愛おしそうに彼女の長い髪を優しく撫でた。


「なるほど……これからは、そう呼ばせてもらうよ……」

 祐希はさくらの目を覗き込んで呟いた。

「さくら……」


 名前を呼ばれた瞬間、さくらの大きな瞳が潤み、白い頬がみるみる桜色に染まった。

 その可憐で幸せな笑顔は、神々しいまでに美しかった。


「はい、祐希さん……」


「好きだ!」


「えっ!!」


「さくらのことが好きすぎて、もう自分を抑えられないくらい好きなんだ!」


「う、嬉しいです……

 私も祐希さんのことが大好きです……」


「さくら、僕と付き合って欲しい……」


「あ、ありがとうございます。

 私も祐希さんとお付き合いしたいです……でも……」

 さくらの瞳が揺れ、表情がわずかに曇った。

 祐希は、OKの返事を期待していたが、さくらの反応は予想外のものだった。


「でも?」


「……父が許さないと思うんです」


「え……」


 祐希の脳裏には、一度だけ会った彼女の父親の顔が浮かんだ。

 交番の前で、さくらに向かって「父さんは許さんぞ!」と激高している姿が蘇った。


「あの時、ファミレスで父が言っていたことを覚えていますか?」


「あ~、覚えてるよ。確か……」


「『学生の本分は勉強だ。そのために独り暮らしを認めたのに、男と付き合うなど言語道断だ』……って」

 さくらは父親の口まねをしてみせてニコッと笑った。


「あぁ……確かに。あの時は僕のこと彼氏だと勘違いして、凄い剣幕だったね」


「だから、祐希さん……お返事は少しだけ待ってもらえませんか?

 私、父にも納得して認めて欲しいんです。

 ちゃんと話して、堂々とお付き合いしたい。

 必ず父を説得してみせますから……」

 さくらは真剣な表情で、真っ直ぐに祐希の目を見つめた。


「分かった……

 さくらが僕のことを好きだと言ってくれただけで、今日は十分満足だ」


「そう言っていただけると嬉しいです。

 夏休みに帰省した時に、絶対に父を説得してみせますから……」

 さくらの決意は固かった。


「ありがとう、その言葉を聞いて安心したよ」


「私も父の説得、頑張ります」

 そう言って天使のように微笑むさくらを見て、祐希の胸は熱くなった。


 さくらの肩を抱き、自分の方へ引き寄せると再び口づけした。

 しばらく濃厚な口づけを交わした後、祐希の理性が現実に引き戻された。

 ここは外だ。

 これ以上は、もし誰かに見られたら余計な騒ぎを引き起こすだけだ。


「今日は、さくらの本音が聞けて嬉しかったよ」


「私も祐希さんの本当の気持ちが聞けて嬉しいです」


「ありがとう……さくら……

 でも、もうそろそろ戻らないと、風邪引いちゃうね」


「……そうですね」


 2人は名残惜しそうに身体を離し、立ち上がった。

 そして、確かめるようにしっかりと手を繋ぎながら、ホテルへの道をゆっくり歩いた。

 繋いだ手のひらから伝わる体温は、今までよりもずっと熱く、甘く感じられた。

 ホテルの裏口から中へ入ると、祐希は自分の部屋の惨状を思い出した。

 ベッドも床も、酔いつぶれた里緒奈たちに占領されているはずだ。


「困ったな。部屋に戻っても寝る場所がないし……

 どうしよう……」


 祐希がそう呟くと、さくらが上目遣いで祐希を見つめ、頬を染めながら言った。


「……あの、もしよかったら」


「え?」


「私の部屋で、寝ませんか?」


 それは単なる「寝場所の提供」ではなく、今の熱っぽさを残したまま、2人きりの時間を過ごしたいという、さくらの精一杯の誘惑のように聞こえた。


 エレベーターで3階まで上がり、厚手のカーペットが敷かれた廊下を音もなく進む。

 さくらは、304号室の前で立ち止まった。


「……ここです」


 さくらがカードキーをセンサーにかざすと、カチャリと小さな解錠音が鳴った。

 彼女がドアを開け、祐希を手招きした。


「どうぞ、中に入ってください」


「ありがとう」


 祐希が緊張気味に部屋に足を踏み入れると、ふわりと女性の甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 (……大丈夫かな、沙織が戻ってきたらマズくないかな)


 女子の部屋という聖域。

 しかも、さくらからの「私の部屋で寝ませんか?」という誘い。

 浜辺での濃厚なキスの直後だ。

 祐希の頭の中で、よこしまな期待が膨らまないと言えば嘘になる。

 もしかしたら、これからあの続きができる……?

 男なら誰でも抱くであろう、かすかな期待と興奮に祐希の心は高鳴っていた。

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