第73話 王様ゲーム(3)
クローゼットの扉が閉められると、2人は一瞬で暗闇に包まれた。
奥行き60cm、幅90cmの狭い空間で、2人は身動きも取れないほどの距離で向き合った。
「私、暗いの苦手なんです……」
「大丈夫……僕がいるから……
じゃあ、ハグするね……」
祐希は覚悟を決めると、さくらの華奢な背中にそっと腕を回した。
さくらも躊躇いながら、祐希の背中に手を回し、身体を預けた。
「ごめんね……」
「い、いえ……謝らないでください……ゲームなんですから」
祐希が優しく抱き寄せると、指先にサラサラとした髪の感触が、胸元には柔らかな弾力が伝わり、さくらの甘い香りが全身を包み込んだ。
暗闇が視界を奪い、代わりに他の感覚が研ぎ澄まされていく。
密着した身体から伝わる体温、耳元で交錯する互いの甘い吐息。
「……祐希さん、私の心臓の音……聞こえますか?」
さくらが耳元で小さく囁いた。
「うん……僕のも、聞こえるかな」
「はい……鼓動がすごく早いです」
重なり合う鼓動が、暗闇の中でシンクロしていた。
あの線香花火の時以上に甘く痺れるような緊張感が2人を支配した。
さくらが腕に力を込め、身体を密着させた。
「……3分間って、意外と長いんですね」
「……そうだね。でも、これも悪くないかも……」
このまま時間が止まってしまえばいい。
2人がそう思い始めた頃、無情にも「は~い、終了~!」という里緒奈の声と共に扉が開かれた。
眩しい光が射し込み、2人はパッと身体を離した。
だが、その紅潮した顔と潤んだ瞳は、密室で何が起きていたかを雄弁に語っていた。
「……ねえ、2人とも本当にハグだけ?」
未来と沙織がじっと睨む中、甘く蕩けるような夢のひとときは幕を閉じた。
クローゼットでのドキドキ体験が終わり、祐希とさくらは頬を染め、甘い余韻を漂わせ戻ってきた。
予想以上に盛り上がった王様ゲームは、熱気と興奮のうちに幕を閉じた。
「あら、もう11時過ぎてるじゃない……
私、そろそろ寝るけど、みんな、あんまり夜更かししちゃダメよ」
明日奈が立ち上がると、怜奈もグラスを置いた。
「そうね。私も疲れたからそろそろ寝るわ」
「えぇ~、もう寝るの~?」
里緒奈が不満げな声を上げるが、2人は笑顔で手を振り、自室へと引き上げていった。
ストッパー役の年長組がいなくなり、部屋に残されたのは若手メンバーたちだけとなった。
「よ~し! みんな~、まだまだ盛り上がるよ~!」
里緒奈は瑞希と共に、祐希を左右から挟み込んだ。
「ねえ祐希! 正直に言いなさい!
私と瑞希さんのおっぱい、どっちが好き?」
里緒奈と瑞希は胸を突き出した。
「んふふ~、触って決めてもいいよ~?」
「そんなの見たことないから、分かりません! 勘弁してくださいよ!」
祐希が里緒奈の無茶振りに悲鳴を上げた。
「ええ? 前に見たでしょ……
しょうがないなぁ、じゃあもう一回見せるね」
そういって、着ていたTシャツを脱ぐと、ブラを上にずらして祐希に見せた。
「ほら、瑞希さんも、祐希におっぱい見せてあげて…」
「ん、わかった。
祐希、はい、ど~ぞ」
瑞希はブラをずらして祐希に、生乳を見せた。
「ほら見て、どっちがいい?」
「もぉ~、やめてくださいよ」
祐希は慌てて目を逸らした。
「ちょ、ちょっと何やってるんですか、2人とも!
早く服、着てくださいよ!」
未来が顔を真っ赤にして割って入り、クッションで2人を隠そうとした。
すると酔っ払い2人は、笑いながら未来に絡み始めた。
「あはは、未来も脱いじゃえばいいよ~」
「里緒奈さん、いい加減にしてください!」
逃げ回る未来と、それを追いかける半裸の美女たち。
朱音と沙織は、手を叩いてそれを面白がっていた。
だが、そんなバカ騒ぎも長くは続かなかった。
一日中はしゃぎ回り、王様ゲームで叫び疲れた2人の身体に、急激にアルコールの酔いが回ってきた。
「なんか眠いし……あくびが止まらない……寝よ~っと……」
瑞希はベッドへ倒れ込むと、そのまま寝息を立て始めた。
「私も……眠いから……寝よ……」
里緒奈もベッドへ倒れ込んだ。
あれだけ騒いでいたのに、まるでスイッチが切れたかのように、2人は祐希の部屋のベッドで寝始めた。
「私も寝るぅ……」
そう言って朱音は座布団を二つ折りにして枕にすると寝る体制に入った。
すると連鎖反応のように未来、沙織、琴葉も、次々と睡魔に襲われ、その場で横になり寝息を立て始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして日付が変わる頃には、2次会の喧騒が嘘のような静寂に包まれていた。
里緒奈と瑞希はベッドを占領して大の字で寝息を立てていた。
カーペットの上では、朱音、琴葉、未来、沙織が重なり合うようにして、安らかな寝息を立てていた。
「なんか、嘘みたいにみんな寝ちゃいましたよ」
「ホントだ、さっきまでの騒ぎが嘘みたいだね」
アルコールが入っていないさくらはまだ元気だった。
彼女は散乱した空き缶やスナック菓子のゴミを静かに片付け始めた。
「僕も手伝うよ」
祐希はさくらを手伝って空き缶を集め、ゴミを袋にまとめた。
テーブルや床には、無数の空き缶やワインボトル、食べかけのスナック菓子が散乱し、足の踏み場もない有様だった。
片付けが一段落して部屋を見渡して祐希は唖然とした。
「片付いたのはいいけど……
これじゃ、寝る場所がないな……」
ベッドも床も女性陣に占領されている。
さすがにこの中に交じって寝るわけにはいかない。
「さくらさん、酔い覚ましにちょっと、風に当たってくるね」
「はい。暗いので、足元に気をつけてくださいね」
祐希はさくらにそう告げると、熱気覚めやらぬ部屋を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深夜の砂浜は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
夜空には丸い月が凛として浮かび、穏やかな波が月光を反射してキラキラと輝いている。
祐希が砂浜に腰を下ろし、波音に耳を傾けていると、背後から砂を踏む音が近づいてきた。
「……やっぱり、ここにいたんですね」
振り返ると、そこにはさくらが立っていた。
月明かりに照らされた彼女は、透き通るように白く、どこか幻想的な美しさを纏っていた。
「……さくらさん。あれ、もう寝るんじゃないの……」
「私も、夜風に当たりたくて……」
さくらはスカートの裾を押さえながら、祐希の隣に腰を下ろした。
2人の間に、心地よい沈黙が流れた。
だが、その沈黙は決して不快なものではなく、先ほどのクローゼットでの熱を残したままの、甘く痺れるようなものだった。
「……月、綺麗ですね」
「うん……そうだね」
言葉とは裏腹に、2人は月ではなく、お互いの瞳を見つめ合っていた。
寄せては返す波の音が、2人の鼓動とシンクロしていく。
砂の上に置いた2人の手が、ほんの少し触れ合った。
指先から伝わる体温が、先ほどのクローゼットの記憶を呼び覚ましていった。
祐希とさくらは、どちらからともなく顔を寄せ合い、溢れる想いを抑えながら静かに唇を重ねた。




