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第70話 夜の砂浜で

 シェアハウスの住人たちは、午後6時になるとホテル1階のレストランへ集合した。

 広々としたフロアには、10人が一度に座れる大きなテーブル席が用意されていた。


「じゃあ始めましょうか……」

 全員が揃ったところで明日奈が立ち上がった。


「今回の『海水浴』は天気に恵まれ、みんな朝から夏の海を十分に満喫したことと思います。

 これも入念に準備してくれた幹事のお陰かな……

 祐希くん、ありがとね……」


 思いがけない(いたわ)りの言葉に、祐希は軽く頭を下げた。


「それじゃあ、乾杯しましょ。

 素敵な夜の始まりに、かんぱ~い!」


 明日奈の音頭で、20歳以上のメンバーはスパークリングワイン、未成年はソフトドリンクで乾杯した。


 この日は本格的なイタリアンのコース料理だった。

 サーモンのカルパッチョとカプレーゼから始まった。

 ピッツァ・マルゲリータに続き、ウニのクリームパスタ、ゴルゴンゾーラのニョッキがテーブルに並んだ。

 メインは鯛のアクアパッツァと国産牛のタリアータ。

 デザートのマンゴー・タルトと苺のジェラートがコースの最後を華やかに飾った。


 美味しい料理に会話も弾み、和やかな時間が流れていると、窓の外が朱色に染まり始めた。

 レストランの大きな窓からは、水平線に沈む夕陽が見える。

 逆光でシルエットになった富士山と江の島が、オレンジ色の夕陽を背景に浮かび上がり、息を飲むような美しさだった。


「うわぁ……! 見て、空が燃えてるみたい……」


「嘘……! 富士山と江の島が並んで見えるなんて……綺麗すぎ……」


「ヤバい! この夕陽、綺麗すぎでしょ! 写真撮らなきゃ!」


「ため息が出ちゃう……。こんな素敵な景色、生まれて初めて見たわ」


「……なんか、泣きそうになっちゃうね」


「私、この景色……一生忘れないと思う」


「なにこのマジックアワー! 最高にエモい……」


 全員が食事の手を止め、窓際に駆け寄り、その荘厳な夕陽に感動していた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夕食後、住人たちは夜の海岸へ出た。

 日中の暑さがまだ残る中、時おり涼しい風が吹き、穏やかな波の音が心地よかった。


 午後7時30分になると、森尾海岸で年に一度開催される、お待ちかねの花火大会が始まった。

 海岸の端にある突堤から約2千発の花火が夜空に打ち上げられた。

 間近で打ち上げられる大迫力の花火に、シェアハウスのメンバーたちは圧倒されていた。


 祐希の左隣にはさくらが、右隣には沙織が、沙織の隣には未来と琴葉が立って花火を見ていた。

 花火が打ち上げられる度に、さくらの横顔が光に照らされ、神々しい程に美しかった。


「せんぱ~い、凄い迫力ですね!

 私、こんなに近くで花火見たの初めて~」

 沙織は、祐希の右腕に自分の腕を絡ませ、豊かな胸の膨らみを押し付けていた。

 おそらく、それは彼女の計算された行動であろうと祐希は思った。


「ホントだね……

 僕もこんなに近くで見たの初めてかも知れない」

 祐希は右腕に沙織の柔らかな胸の感触を感じつつも、平静を装った。


「わぁ~、私もこんなに近くで花火見たの初めて……」

 さくらは、花火を見上げながらも沙織の大胆な振る舞いを見逃さなかった。

 沙織さんって、随分と過激なことするのね……

 私には真似できないわ……

 さくらは心の中でそう呟き、小さく溜息をついた。


 未来も沙織の過剰なスキンシップに眉をひそめた。

 沙織ちゃんの行動、あざとすぎるわ。

 私も負けてはいられない……

 けど、どうしたらいいの……

 未来は言いようのない焦りを感じ、唇を噛んだ。


 真夏の夜空を彩った華麗な光のショーもあっという間に終わり、フィナーレを飾る大輪の花火が打ち上げられた。

 終了のアナウンスが流れると観客から拍手が送られた。


「綺麗だったけど、なんかちょっと物足りないね」

 里緒奈が不満を口にした。


「ふふ、そう言うと思ったわ……

 祐希くん、あれお願いね」

 明日奈が祐希に合図した。


「はい、了解です。あれですね!」

 祐希は、近くに置いてあった段ボール箱から、数種類の花火セットを取り出した。

 着火用のグラス・キャンドルと消火用の水が入ったバケツも用意して準備は万全だ。


「みんな~、手持ち花火あるよ~。

 やりたい人、取りに来て~」


「えっ、花火買ってきてたんだ!

 さすがは幹事、気が利くじゃん……」

 里緒奈が珍しく祐希を褒めた。


「里緒奈さん、幹事の大変さ……分かってくれました?」


「うんうん、よくやった。褒めて(つか)わす」

 里緒奈が偉そうに言った。


「も~、里緒奈さんはいつも上から目線なんだから……」


「ふふ、じゃあ惚れ直したって言えばいいのかな?」

 里緒奈は冗談ぽく、笑いながら言った。


「はいはい、どうせ口先だけでしょ。

 お世辞はいいですから、ほら、花火持っていってください」

 祐希は予期せぬ言葉に動揺しながら、段ボール箱の花火を里緒奈へ渡した。


 祐希が買い込んだ大量の花火セットをメンバーに配り、花火大会第2部が始まった。

 火花で文字を描いてはしゃぐ未来や琴葉、それを笑いながら動画に撮る朱音たち。


 少し離れた所で、さくらがしゃがみ込んで静かに線香花火を見つめていた。

 パチパチと弾ける(はかな)い光が、長い睫毛(まつげ)に陰影を落とし、彼女の白磁のような肌を橙色に染め上げている。

 周囲の音が遠のくほどの美しさに、祐希はつい見惚れてしまった。

 祐希が隣に並ぶと、さくらは顔を上げて微笑んだ。


「線香花火って、なんだかドキドキしますね」


「……そうだね。落ちないように、つい息を止めちゃうよね」


「ふふ、私もです……」


 絡み合う視線と甘く痺れるような緊張感が、2人の鼓動を速めた。

 夏の長い夜は、まだ始まったばかりだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 花火大会が終了すると、住人たちは一度それぞれの部屋へと引き上げた。

 そして午後8時半、全員が再び祐希の部屋へと集まった。

 これから2次会が始まるのだ。


 リビングのテーブルには、好みのドリンクとおつまみが並び、雑談に花が咲いていた。

 場が盛り上がってきたところで、里緒奈がパンパンと手を叩き、声を上げた。


「みんな~、ゲームやるよ~」

 その顔はほんのり赤く、久しぶりのアルコールに上機嫌の様子だ。


「せっかくの夜だし、ただ飲んでるだけじゃつまんないでしょ?

 だから……みんなで王様ゲームやろ~!」

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