第65話 新任家庭教師とホール係
さくらは、結の大学受験をサポートするため、美里ママの依頼で家庭教師をすることになっていた。
しかし、放課後にカフェを手伝っていた結の後任のアルバイトが決まらなかったため、開始時期が2週間ほど遅れ、今日が家庭教師初日となった。
さくらが、緊張気味にカフェ・バレンシア2階の七ツ森家を訪れると、結が笑顔で迎えた。
「さくら姉さん、いらっしゃ~い。
七ツ森家へようこそ!」
案内された2階のリビングは、テラコッタ風の床タイルと真っ白な壁が眩しい、南欧を思わせるような開放的な空間だった。
可愛らしいカントリー雑貨が飾られた内装は、オシャレな雰囲気を演出していた。
「結ちゃん、今日からよろしくね」
「さくら先生、私をビシビシ指導して下さいね!」
「あら、随分気合入ってるわね」
「そりゃあ、気合も入りますよ。
だって勉強遅れてるし、祐兄と同じ大学受験するには、偏差値爆上げしないとならないから大変なんです。
並大抵のことじゃないですからね」
「その自覚があれば、私もやりがいあるし、教えるの楽しみだよ!」
「私、絶対に星城大学に合格して祐兄の後輩になってみせます」
「結ちゃん、その意気よ。
先は長いけど、ゴール目指して2人で頑張ろうね」
「はい、さくら先生、よろしくお願いします」
初めて入った結の部屋は、屋根の勾配を活かした斜めの天井と、小さな屋根窓が特徴的な、隠れ家的な空間だった。
壁紙は淡いレモンイエローで、白木の家具で統一され、棚にはファンシーな雑貨や推しのポスターが飾られている。
年頃の女子高生らしい、明るくポップな雰囲気が結によく似合っていた。
「それじゃ、早速始めようか……
最初は、基礎学力のチェックから始めるね」
「はい! さくら先生に質問!
基礎学力って、どういうことですか?」
「いい質問ね。
結ちゃんは、今、高校2年生だよね。
だから、中3から高1レベルの基礎がしっかり身に付いているか、テストでチェックするの。
それで理解しているところ、理解していないところを洗い出すのよ。
それが基礎学力のチェックよ、分かった?」
「なるほど……」
「じゃあ、このテスト、やってみてね」
さくらは5教科のテストを結に渡した。
「わぁ~、いきなりテストですか……
分かりました、結、頑張ります」
こうして、家庭教師さくらと結の二人三脚の受験勉強が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、カフェ・バレンシアでは、美里ママが結の後任のバイトをスタッフに紹介していた。
「祐希くん、ちょっと来てくれる?
新しいホールの子、紹介するから……」
美里ママは祐希を厨房へ呼んだ。
「分かりました、このドリンク、仕上げたら行きます」
祐希は作業中のドリンクをカウンターの客へ提供してから、厨房へ入った。
「美里ママ、お待たせしました」
「紹介するわね、新しいホール係の倉科沙織さんよ」
そこには、カフェ・バレンシアの真新しい制服に身を包んだ沙織が立っていた。
「よろしくお願いします!」
「沙織!?」
「あら、祐希くん、お知り合い?」
「知り合いも何も、同じシェアハウスの住人で、大学の後輩ですよ」
白いブラウスにカフェモカ色のスカート、胸の部分に『Café Valencia』のロゴが刺繍された生成りのエプロンという組み合わせは、スリム体型の沙織に良く似合っていた。
長い髪をハイポジションのポニーテールにして、モデルのような沙織の立ち姿に祐希は思わずドキッとさせられた。
「あら、そうだったの?
でも履歴書の住所は違ってたと思うけど……」
「店長、私、先週の土曜日に引っ越したばかりなんです」
沙織は、これ以上ない完璧な営業スマイルで、美里ママに説明した。
「あら、そうだったの、なるほどね……
それなら、勤務時間が同じだから、帰りは祐希くんに送ってもらえるわね」
「はい、そのつもりです。
祐希先輩、よろしくお願いいたします」
沙織はニコニコと祐希に微笑みかけた。
「でも、沙織ちゃん、ファミレスでバイト経験あるから助かるわぁ。
ハンディの使い方とか、他と大差ないと思うし、接客の基本もできてるみたいだから……
沙織ちゃん、即戦力として期待してるから、頑張ってね!」
「はい、店長の期待に応えられるよう、頑張ります!」
沙織は元気よく答えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午後8時過ぎ、家庭教師初日の任を終えたさくらと結が、カフェ・バレンシア2階の七ツ森邸から降りてきた。
店内では閉店後の後片付けもほぼ終わり、祐希はグラスを片付けていた。
「祐兄、会いたかったよ~」
そう言って結が祐希に飛びついた。
「結、昨日会ったばかりだろ、少し大げさじゃない?」
「だって、今までは毎日祐兄に会えたのにさ、今日は初めて会うんだよ。
祐兄成分補充しとかなきゃ、明日まで持たないよ」
「はいはい、結に、そう言ってもらえて僕も嬉しいよ」
「やっぱり、祐兄は優しいなぁ」
結は祐希に抱きついて頬ずりした。
「ねえ、ママ、さくら先生の教え方、とっても分かりやすいよ」
結は祐希に抱きついたまま、母親に報告した。
「あら、そうなの、良かったわねぇ、結」
「結ちゃん、勘もいいし、飲み込みが早くて、教えがいがあります」
さくらは、結を褒めた。
その時、厨房からビタースイートなイケオジ、マスターの七ツ森慎太郎が姿を現した。
ちなみに、カフェ・バレンシアではマスター目当ての主婦層も多く、その人気は根強い。
「結、さくら先生のお陰で、成績アップ間違いなしだな」
「パパ何言ってるの……
モチベーション維持するのって、大変なんだから!」
「じゃあ、どうすればモチベーションを維持できるんだ?」
「パパ、これよこれ……大人なんだから分かるでしょ」
結は人差し指と親指で、丸の形を作った。
「えっ! か、金か?
お前、えげつないなぁ」
マスターは財布を取り出すと、中から1万円札を1枚取り出し、娘に差し出した。
結はその金を奪い取ると、さくらの前で小躍りした。
「やった~、さくら先生、明日これでお茶菓子買いに行こっ!」
その時、女子更衣室で着替えが終わった沙織が、ホールへ姿を現した。
「マスター、店長、今日はありがとうございました」
それを見たさくらがフリーズした。
「沙織さん、あなたなぜここに……」
「あ~、さくらちゃんも知らなかったのね。
彼女、結の代わりに今日から働くことになったの。
祐希くんも知らなかったみたいよ」
「そ、そうなんですか……」
「さくらさんも、この店でバイトしてるの?」
沙織がさくらに聞いた。
「いえ、私はこの店の2階で娘の結ちゃんの家庭教師をしてるの……」
「へ~、そうなんだ……
それは知らなかったな……」
沙織は残念そうに言った。
「あらあら、3人とも同じシェアハウスなんでしょ。
帰りは一緒なんだから、これから仲良くしてね」
美里ママの言葉を聞いて、さくらはショックを受けた。
いつもなら、カフェ・バレンシアからシェアハウスまでの40分あまりの道のりが、2人だけのデートのような甘い時間だったが、今日からはそれが3人になるということか……
「さくらさん、そういうことなので、これからよろしくね」
沙織の言葉にさくらは沈んだ表情で答えた。
「は、はい、こちらこそ……よろしく」
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