表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/102

第60話 因果応報

 深夜に起きた悪夢のような出来事が頭から離れず、その夜、祐希は一睡もできなかった。

 脅迫に使われた動画データはその場で削除したが、隠しカメラはまだ明日奈の部屋に残されたままだ。


 精神的な疲労はピークに達していたが、不思議と頭は冴えていた。 

 考え抜いた末に祐希は決断した。

 もうこれ以上、瀬奈の暴走を許すわけにはいかない。


 夜明け前、祐希は明日奈にチャットアプリ「LINK」でメッセージを送り、緊急事態発生を告げた。

 そして早朝に彼女を呼び出すと、外出を装って明日奈の待つミニバンの助手席に乗り込んだ。


「明日奈さん、おはようございます」

 祐希は充血させた目で挨拶した。


「祐希くん、おはよう……。

 どうしたの? 目が真っ赤よ。

 こんな朝早くに、一体何ごと?

 わざわざ車の中で話したいなんて……」


「……明日奈さん、これから話すことを冷静に聞いてほしい。

 6号室の伊東瀬奈のことです……」


 祐希は昨日深夜に起きた信じられない事態の一部始終を明日奈に報告した。


「……嘘……信じられない……

 私の部屋に、隠しカメラがあったなんて……」

 明日奈の顔から血の気が引き、怒りに唇を噛み締めた。


「残念ですが、全て事実です」

 祐希は苦悩の表情を浮かべた。


「私のせいで、こんな酷い目に遭わせてしまってごめんね……」

 明日奈は祐希の手を強く握った。


「いえ、あの時のことは、僕も望んでしたことですから……」


「それにしてもあの子、善悪の区別がつかないのかしら……」


「……恐らく、罪の意識はないんだと思います。

 そうじゃないと、あんなことしませんよ。

 一応、動画データは全部消去しましたが、まだ他にも隠しカメラがあるかもしれません」


「……分かったわ。今日中に専門業者を手配して、徹底的に調べましょう」


「明日奈さん……」


「私たちの秘密をネタにして祐希くんを脅したこと……絶対に許さない」

 普段は温厚な明日奈の声は、怒りに震えていた。


 その日の午後、明日奈の手配で専門業者が入った。

 徹底的な盗聴・盗撮発見調査が行われ、瀬奈が仕掛けたカメラは全て発見・回収された。

 それが証拠となるはずだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日午前11時。

 他の住人が全員出かけたことを確認し、明日奈と祐希は瀬奈の部屋へ向かった。

 祐希は、このために大学の授業を休み、シェアハウスへ帰ってきた。

 2人はノックもせず、マスターキーでドアを開けた。


「な、何ですか!? 勝手に入ってきて!」

 部屋の奥で動画編集していた瀬奈が、驚いて立ち上がった。

 祐希は無言で瀬奈の横を通り過ぎると、デスク上のパソコンと配信機材の配線を外し始めた。


「ちょっ、ちょっと……、何するんですか!」


「これは没収する。

 パソコンも全部調べさせてもらうからな」


「え……人のものを勝手に……」


「《《伊東瀬奈》》さん、そこへ座りなさい!」

 明日奈の声には、感情が一切こもっていない、冷え切った圧力が込められていた。


 瀬奈は青ざめながらも、まだ事態を楽観視しようとしていた。

 この2人は恐らく盗撮の件で来たのだろう。

 謝れば温和な性格の明日奈は許してくれるはずだ。

 瀬奈は安易に考えていた。


 しかし、明日奈が口にした言葉は、瀬奈の想像を遥かに超えていた。


「単刀直入に言うわ。

 あなたがやったことは、完全に犯罪よ。

 この監視カメラがその証拠よ」

 明日奈は机の上に2台の小型カメラを置いた。


 それに対し瀬奈は、開き直った態度でこう言った。


「……何ですかそれ?

 私が仕掛けたっていう証拠でもあるんですか?」

 瀬奈は、シラを切れば逃げ切れると思っていた。

 その浅はかな態度に呆れ、祐希はため息をついた。


 彼は冷めた目で瀬奈を振り返り、ポケットからスマートフォンを取り出した。


「証拠ならあるぞ」

 祐希は画面を操作して、ボイスレコーダーアプリの再生ボタンを押した。


『断れば、今すぐこの動画をネットにばら撒くわ。

 明日奈さんの顔も名前もバッチリ分かるようにしてね』

『……分かった。やればいいんだろ』

『ふふ、そう言うと思ってた……』


 それは一昨日の瀬奈と祐希の会話だった。

 静まり返った部屋に、生々しいやり取りが鮮明に響き渡る。

 瀬奈の顔から、サーッと血の気が引いていった。


「な、なんで……」


「僕はこのシェアハウスの管理人だ。

 設備の修繕でやむなく女子の部屋に入る時は、トラブル回避のために、必ず録音してるんだ。

 自己保身のためにな」


「う、嘘でしょ……そんな……」

 祐希は冷ややかな目で、瀬奈を見下ろした。


「これでもまだシラを切るつもりか?」

 言い逃れできない決定的な証拠に瀬奈は肩を落とした。


 明日奈は祐希を一瞥して頷くと、冷徹にこう告げた。

「住居侵入、盗撮、脅迫……。

 そして何より重いのが、脅迫して性行為を強要したこと。

 これは不同意性交等罪にあたるわ。

 警察にこの録音データを提出すれば、実刑は免れない。

 あなたの人生はここで終わりよ」


「っ……!」


 瀬奈はガタガタと震え出した。

 ネットの中の数字や金に麻痺し、現実の法律やモラルを忘れていた彼女に、初めて「現実の恐怖」が突き刺さった。


「ま、待ってください……謝ります、謝りますから……

 警察だけは、警察だけは勘弁して下さい……!」


 床に崩れ落ち、ボロボロと涙を流しながら瀬奈は懇願した。

 明日奈は、それを冷ややかな目で見下ろした。


「瀬奈さん……謝って済めば警察は要らないのよ……」


「な、なんでもします……何でも言うことをききますから……

 警察沙汰になって、もし親に知られたら……私、勘当されちゃいます……!」


「……だったら、私の言うことをよく聞きなさい。

 私たちの秘密を、死ぬまで守ること。

 そして、このシェアハウスから即刻退去して、二度と私たちの前に姿を見せないこと。

 それが守れるなら、今回は警察沙汰にはしないわ。

 これは情けじゃなくて、これ以上あなたに関わりたくないからよ」


「ほんとですか……?  あ、ありがとうございます……!

 守ります、絶対守りますから……!」


「念のために言っておくけど、私たちの事がちょっとでも噂になった時は……

 あなたが秘密を漏らしたと考えて、すぐに警察に行くからそのつもりでね」


「は、はい……! 分かりました。

 絶対に秘密は守ります……!」


「あなたの退去期限は、来週の木曜日まで。

 それまでに、他の住人には何も言わず、静かに出て行きなさい」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから1週間後。

 日中の誰もいない時間帯に、伊東瀬奈は逃げるようにしてシェアハウスを去った。

 あれほど執着していた機材やパソコンは、当面の生活費を得るために全て売り払っていた。


 彼女の手には、最低限の着替えが入ったボストンバッグしかなかった。

 ネットの海で溺れ、欲望に飲み込まれた瀬奈の末路は、あまりにも惨めなものだった。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ