第57話 三姉妹
「お待たせしました。
カフェ・バレンシア特製フルーツパフェです」
月の席に結がフルーツパフェを運んできた。
「うわぁぁ~、美味しそう!」
グラスの中で、みずみずしい果実が光を浴びて煌めいていた。
大きくカットされたパイナップルやメロン、真っ赤なイチゴに、色とりどりの果実。
中間にある純白生クリームの層が、その鮮やかさを引き立てる。
その鮮やかな彩りは、グラスの底まで続いていた。
月がフルーツパフェに見とれていると、結が遠慮がちに話しかけた。
「あの……祐兄の妹さんですよね。
私、この店の娘の結といいます」
「あ~、あなたが結さんですか!
話は兄から聞いてます」
「実は私、兄弟がいなくて、祐兄を実の兄だと思ってるんです……
だから、本当の妹さんに悪いかなぁって……」
「そんな、悪いだなんて……
私、全然気にしませんから」
その言葉に結の顔が、ぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます、嬉しいです。
あの……『月』さんのことも『お姉さん』って呼んでいいですか?」
「もちろん……
私、末っ子だから『お姉さん』って呼ばれるのが、夢だったの……」
月は、嬉しそうに言った。
「やったぁ! 嬉しい……
月姉さん! ありがとう」
2人は笑顔で握手した。
「……いいなぁ。その『お姉さん』って言う響き……」
さくらは、2人を見て、羨ましそうに呟いた。
「じゃあ、さくらさんも私の『お姉さん』になってください!」
結が言った。
「え、いいの!?
……結ちゃん『お姉さん』って、呼んでくれるの!?」
さくらは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、と言うことは私が『次女』ですね。さくらお姉さん……」
月がさくらに言った。
「月ちゃんまで……嬉しい!」
さくらは頬を染め、微笑んだ。
「これで私たち、三姉妹になりましたね」
3人は手を取りあって喜んだ。
「あらあら、結、一度に2人もお姉さんができて良かったわねぇ……
三姉妹誕生のお祝いに、このケーキ、プレゼントするわね」
美里ママは、月とさくらの前に、いちごショートケーキを置いた。
「え、いいんですか?
ありがとうございます!」
2人の声が重なった。
「わぁ、すごい……!
私、さっきパフェにするか、ケーキにするか迷ってたんです。
両方食べられるなんて、感激です……!」
月は目を輝かせて、ケーキを頬張った。
さくらも目を細め、嬉しそうにケーキを口に運んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕方5時を過ぎると店内は満席となり、祐希はカウンターの中で忙しそうにドリンクオーダーを捌いていた。
その様子を見ながら、月が唐突に質問した。
「さくらさん……今、付き合ってる人いるんですか?」
「そんな人、いないよ。
私の高校、女子校だったから、恋愛もしたことないし……
それに、父が厳しすぎて、付き合うなんて絶対許してくれないから」
「え、そうなんですか?……
それは、ちょっと過保護すぎじゃないですか?」
「そうなの……
この前も、父が電柱の陰で私の帰りを待ってて、警察に不審者と間違われて連れて行かれちゃったの……」
さくらは、父のストーカー騒動の一部始終を月に話した。
「ま、マジで……?
お父さん、いくらなんでもヤバすぎません?」
「そうなの、だから私、一生お嫁に行けないかも……」
さくらは、ため息をついた。
「月ちゃんは、彼氏いないの?」
「私も彼氏いません……
それに付き合ったこともないんです」
「そうなんだ、こんなに可愛いのにね……」
さくらの言葉に、今度は月がため息をついた。
「私、小さい頃からお兄ちゃんが大好きで、結婚するのが夢だったんです。
でも小学生になって、兄妹は結婚できないって知った時はショックでした。
だから今は、少しでも近くにいようって思ってるんです。
兄と同じ大学を受験するのも、実はそのためなんです」
そのすぐ近くでは、祐希が忙しそうに働いている。
月は、彼に話を聞かれないようさくらに顔を寄せ、兄へのあふれる想いを、そっと打ち明けた。
さくらは月の話を複雑な思いで聞いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カフェ・バレンシアは午後8時に閉店した。
片付けが一段落したところで、祐希は月をマスターに紹介した。
「マスター、僕の妹の月です」
「初めまして、月です。
いつも兄がお世話になってます」
月は丁寧にお辞儀した。
マスターの七ツ森慎太郎は、穏やかに目を細めながら頷いた。
「ああ、祐希くんから聞いてるよ。
遠いところ、よく来たね」
「ケーキ、ご馳走様でした。すっごく美味しかったです!
お店の雰囲気もとっても素敵で…… 私、このお店、大好きになりました!」
「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ」
マスターはイケオジボイスで礼を述べた。
「あの……もし大学に合格したら、このお店でアルバイトさせてもらえませんか?」
「ははは、それは嬉しいな。
先のことだから約束はできないけど……
その時に空きがあれば、お願いするね」
「やった~! これで受験勉強、頑張れます!」
月は嬉しそうに、ガッツポーズした。
「月姉さんがバイトに来てくれたら、私も嬉しいな!」
横で聞いていた結も、月の手を握り、手を取り合って喜んだ。
「あらあら、今からアルバイトの約束してるの……
でも、月ちゃんなら、私も大歓迎よ」
美里ママは、嬉しそうに笑った。
「そうそう、祐希くんこれ……
売れ残りで申し訳ないんだけど、よかったらシェアハウスのみんなで食べて」
帰り際、美里ママがケーキと賄い弁当が入った大きな紙袋を祐希に手渡した。
「いつも、ありがとうございます、美里ママ」
その夜、シェアハウスでは月の送別会が開かれた。
ラウンジには、カフェ・バレンシア特製ケーキに加え、各自が持ち寄ったピザやハンバーガー、唐揚げなどが並べられた。
ささやかながらも温かい送別会に月は涙ぐみながら誓った。
「絶対に合格して、またここに来ます!」
賑やかな笑い声と共に、月のシェアハウス滞在最後の夜は更けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、祐希とさくらは、月を柏琳台駅まで見送りに来ていた。
慌ただしく行き交う通勤客の足音や、アナウンスが構内に響き渡る。
そんな周囲の喧騒から切り離されたように、三人の間だけ、静かな時間が流れていた。
月は兄の袖を掴んだまま、なかなか改札を通ろうとしない。
「お兄ちゃん……私、帰りたくない……」
別れが寂しくて、月は兄に抱きつき、人目も憚らず大粒の涙をこぼした。
「月、泣くな。またすぐに会えるから……」
祐希は妹の頭を優しくポンポンと撫でた。
「そうよ、月ちゃん。
春になったら、また会えるんだから」
さくらも優しく背中をさする。
「でも、まだ9ヶ月もあるんだよ、長すぎるよ」
「あれ、そういえば言ってなかったっけ?
お盆に1週間くらい帰省するから、すぐにまた会えるぞ」
祐希は思い出したように言った。
「えっ、本当!?
お兄ちゃん、それ早く言ってよぉ……」
月が涙を拭いながら、嬉しそうに笑った。
「ああ。だから、1ヶ月の辛抱だ」
「寂しくなったら、いつでも電話してこい」
祐希は月の肩を優しく抱いて慰めた。
「うっ……うん……電話するね。
私、絶対、絶対合格して……ここに戻ってくるから!」
月は涙を拭いながら、意を決したように改札を通り抜けた。
そしてゲートの向こうで振り返り、大きく手を振ると駅の奥へと走り去った。
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