第54話 センパイ
祐希たちが甘い夜を過ごしている頃、コジケンはすっかり浮かれていた。
これから環奈のあのエロい身体を自由にできる……
そう思うと、自然と笑みがこぼれるのを、コジケンは抑えきれなかった。
コジケンが環奈とホテルに入ると、彼女は甘い声で言った。
「ねえ、ケンタロー。
ステーキの匂い、体に染み付いちゃってるよ……
臭いから、先にシャワー浴びてきて」
コジケンは、二つ返事でバスルームへと向かった。
シャワーを浴びながら、コジケンは妄想を膨らませた。
(あのFカップの巨乳を、これからどう料理してやろうか……
へへ~、たまらんなぁ)
そんなことを考え、だらしなく鼻の下を伸ばしながら念入りに体を洗った。
「さて、今からたっぷり可愛がってやるぜ……子猫ちゃん」
コジケンは、鼻歌を歌いながらベッドルームへ戻った。
だが、そこに環奈の姿はなく、部屋は静まり返っていた。
嫌な予感がして上着を確認すると、ポケットに入れていた封筒が、跡形もなく消えていた。
「う、嘘だろ……ステーキ代払っても、まだ45万は残ってたはずだぞ!?」
パニックに陥り、慌てて祐希に電話をかけた……
しかし、ベッドの上で沙織との行為に没頭していた祐希が気づくはずもない。
翌日早朝、熟睡していた祐希のスマホが鳴った。
寝ぼけながら電話に出ると、コジケンの悲痛な声が聞こえてきた。
「祐希! 環奈のこと、沙織ちゃんに聞いてくれ!」
「コジケン、朝っぱらから何ごとだ。落ち着いて話せよ!」
「か、環奈のやつ……俺がシャワー浴びてる間に、45万持って消えやがったんだ!」
半狂乱のコジケンに懇願され、祐希はチャットアプリ「LINK」で連絡をとり、沙織に環奈の素性を尋ねた。
しかし、その返信はあまりに無常なものだった。
『あ~、あの子ね、昨日ラウンジで会ったの。
お互い1人だったからペアを組んだだけ、だから名前しか知らないよ』
恐らく名前も偽名なのだろう……
その事実を伝えると、電話口の向こうでコジケンの悲痛な叫びが響いた。
「ふざけんなぁ! 俺の45万返せぇぇぇ!」
コジケンのリッチライフは、幻と消えたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後。
いつも通りさくらを聖女へ送り届けたあと、祐希は一人、教室へ向かった。
祐希は大学構内を歩きながら、コジケンが騙された事件を思い出していた。
コジケンは、警察に被害届けを出すと言っていたが、おそらく盗まれた金は戻らないだろう。
気の毒だが、もうどうしようもない。
あの夜以来、沙織からチャットアプリ「LINK」でメッセージが届いている。
祐希は適当に返事しながら、チャットは続いていた。
それを見ながら、3限目の講義が行われる大教室へと入った。
早く着いたので授業開始まで、まだ少し時間がある。
階段状になった座席の、後ろから3列目に祐希は腰を下ろした。
ノートと筆記用具を取り出し、スマホを眺めていた。
その時、女子学生が祐希に声を掛けた。
「あの……ここ、座っていいですか」
「はい、いいですよ」
祐希は、ろくに相手の顔も見ず答えた。
祐希が顔を上げると、隣には見知らぬ女子学生が座っていた。
周りの席が空いているのに、なぜ自分の隣に座るのか祐希は不思議に思った。
淡いピンクの細縁の丸メガネを掛け、長い髪を三つ編みのおさげにしている。
どこにでもいそうな、地味で真面目そうな服装の女子だ。
「祐希さん、この前はありがとうございました」
そう親しげに名前を呼ばれ、思わず二度見したが、祐希には全く心当たりがなかった。
「どこかで会いましたっけ?」
戸惑う祐希の鼻を、甘い香水の匂いがくすぐった。
祐希は慌てて、少女の顔をのぞき込んだ。
眼鏡の奥にある瞳が、悪戯っぽく笑っているのが見えた。
「……沙織?」
まさかと思いながら、恐る恐る名前を呼んでみた。
目の前にいるのは、ベッドの上で官能的な大人の表情を見せたあの沙織とは全く別人のあどけない少女だった。
「ふふ、やっぱりこの授業だったんですね」
呆気にとられている祐希を見て、沙織は悪戯っぽく微笑んだ。
「な、なんで、ここに……?」
「なんでって、私もこの授業取ってるからです」
沙織は涼しい顔で祐希を見た。
この授業は、全学年履修可能な一般教養科目だ。
この大教室の中に彼女がいたとは、今まで全く気づかなかった。
「まさか、同じ大学だったなんて……」
祐希が頭を抱えていると、沙織が笑った。
「私は知ってましたよ……先輩のこと」
沙織は頬杖をつきながら、祐希を上目遣いで見た。
「入学したばかりの頃、素敵な先輩がいるなって目をつけてたんです。
だから、ラウンジで祐希さんに会った時、すぐに分かったの」
「えっ……入学したばかりって、まさか」
「私、1年生なの。だから、まだ18歳よ」
沙織は、さらりと言った。
それを聞いた祐希は言葉を失った。
同い年くらいかと思っていたが、まさか1年生だったとは。
「それじゃあ……あの夜のことは……」
沙織は大学の先輩だと知った上で、祐希に近づき既成事実を作ったということになる。
「素朴な疑問だけど、沙織があのラウンジにいたのは、出会いが目的だったのか?」
「違いますよ」
沙織は強く否定した。
「私があのラウンジに行く目的は、女性が無料で食事できるからです。
実家からの仕送りは、授業料と家賃で消えちゃうんで、バイトしてるんですけど、それでも厳しくて……
私、貧乏学生なんです。
だから、あそこの無料の食事は、私にとって大事な栄養源なんです」
「そ、そうだったのか……」
「私、あのラウンジで出会いなんて求めてないし、いつも食事したらすぐに帰ってたんです。
だから、誰かと他の店へ行くことなんて、よほど魅力的な条件でない限り、あり得ませんから」
そこで沙織は顔を赤らめ、恥ずかしそうに言った。
「ホテルに行ったのは、先輩が初めてなんです……
私、先輩のこと、前から憧れてたの……」
その時、祐希ははっとした。
自分たちが、かなり際どい話をしているのに気づいたからだ。
もしかして、今の話、誰かに聞かれてないか?
祐希は慌てて周りを見たが、幸い近くに2人の話を聞いていそうな人はいなかった。
「あのなぁ、今の話、人に聞かれたらどうするんだ」
祐希がたしなめると、沙織はペロリと舌を出した。
「先輩、今からうちに来ませんか?
私のアパート、ここから歩いて10分なの。
2人で授業サボって、いいコトしましょ」
沙織が耳元に顔を寄せ、吐息混じりの声で囁いた。
「だめだ。授業はちゃんと出ないと……」
「え~、先輩、真面目過ぎるよ……
……でも、そういうところも私好きだな」
沙織は唇を尖らせたが、その目は笑っていた。
ちょうどその時、教授が入ってきてマイクのスイッチを入れた。
「これからも宜しくね、センパイ!」
そう言って、沙織は祐希にウィンクした。




