第41話 茜ママの秘密
スナック茜は柏琳台駅前にある、名物スナックである。
2次会参加メンバーの怜奈、里緒奈、瑞希、祐希、未来の5人が店のドアをくぐった。
「茜ママ~、お客さん連れてきたよ~」
瑞希と里緒奈が声を揃えて言った。
すると店の奥にいた茜ママが、こちらへやってきた。
「いらっしゃ~い。
あら~、祐希くんじゃない。
来てくれて、ありがとね~」
茜ママが祐希にハグして、頬に髭面を押し付けた。
「ちょっ、ちょっとママ、勘弁してくださいよぉ」
茜ママは隣にいた未来を見て目を見開いた。
「あらまぁ、すっごい美少女じゃない。
祐希くんの彼女?」
未来は、彼女と言われて嬉しかった。
「ち、違いますよ、同じシェアハウスの同居人です」
祐希が手を振って否定した。
「ゆ、祐希さん、そんなに全力で否定しなくてもいいじゃないですか……」
未来が唇を尖らせた。
「あら、唇尖らせちゃって、可愛い。
私、茜よ、よろしくね、ツインテールのお嬢さん。
お名前聞いてもいいかしら……」
「はい、私、同じシェアハウスの未来と言います。
よろしくお願いします」
「あらぁ、礼儀正しいいい子ねぇ。
私の好感度メーター振り切ったわよ」
茜ママと話しているうちに、バイトの里緒奈と瑞希は着替えに行った。
怜奈、祐希、未来の3人は、カウンターの端に座った。
茜ママに注文したドリンクが出てくる頃、里緒奈と瑞希が店の制服に着替えて戻ってきた。
それは胸元が大きく開いたワインレッドのショートドレスだった。
祐希が奥のカウンター席を見ると、一人の男がクールにグラスを傾けていた。
その横顔には見覚えがあった。
「あの人、どこかで見たことあるような……誰だっけ?」
その言葉を聞いたママが言った。
「あら、祐希くん、倉橋のこと知ってるの?」
「え、あの人、倉橋っていう名前なんですか?」
その時、祐希のシナプスが繋がり、彼の正体を思い出した。
「あっ、駅前交番のお巡りさんだ!」
その言葉を聞いた倉橋がこちらを向いた。
「あれ、あなたは確か……ストーカー被害者の彼氏さんでしたね」
「あ、いえ、彼氏じゃなくて、ボディガードです」
「おお、そうでした、こんなところで会うなんて奇遇ですね」
非番の倉橋巡査はおしゃれで、なかなかのイケメンだった。
「祐希くん、倉橋と知り合いなの?」
茜ママが聞いた。
「はい、シェアハウスの同居人がストーカー被害に遭って……
一緒に駅前交番に被害届を出しに行ったんです。
その時に受付してくれたのが倉橋さんだったんです」
「へ~、そうなんだ」
「でも、私服だと分からないものですね」
「そうですか……ボクもこの辺で出歩くのは先輩の店くらいで、普段は来ないんですよ」
「えっ、先輩の店?」
「あ、そうか、知らないよね。
茜ママが元刑事だったっていう話……」
「え?」
祐希と未来は、驚いて茜ママの顔を見た。
「ちょっと、倉橋ぃ。
その話はここでするなって、言ってるでしょ。
あんた、出禁にするよ」
「す、すみません、班長」
後で聞いた話だが、茜ママの本名は、権堂京太郎といって、ニューハーフになる前は、警視庁暴力団対策課の刑事だったそうだ。
柔道5段の猛者で、現役時代は「丸防の鬼」と呼ばれ、その筋から恐れられていた。
倉橋は彼の部下として配属され、刑事の基礎をみっちり叩き込まれたそうだ。
「その後、ストーカーの方はどうですか?」
倉橋巡査が祐希に聞いた。
「最近は、ボクが送り迎えしてるせいか、全く見かけないですね」
「そうですか……、でも気を付けてくださいね。
守秘義務があるので、詳しいことは言えませんが、彼女のストーカーは1人だけじゃないようですから……」
「え!そうなんですか?」
「はい、コンビニに設置されている防犯カメラを解析した結果、少なくとも2人はいるみたいです」
「え、それってヤバいんじゃないの、倉橋」
茜ママはいつもとは違う厳しい顔つきで言った。
「はい、ストーカーは彼女にかなり執着しているようなので、気を抜かないでくださいね」
「はい、十分気をつけます」
「それでは、ボクはそろそろ失礼します」
倉橋巡査は、茜ママに挨拶すると「じゃあまた」と言って帰って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
店内には他に3組ほどの客がいて、茜ママと瑞希、里緒奈が、それぞれ接客していた。
瑞希は客から頼まれた焼き鳥を買いに行った。
隣は、茜ママの父親が経営している焼き鳥屋だ。
祐希は怜奈の仕事について聞いていた。
「怜奈さん、お天気お姉さんの仕事ってどんなことするんですか?」
「そうね~、何から話したらいいかしら……私、気象予報士の資格を持ってるのね。
だから、天気予報は全部自分で立てるのよ」
「えっ、そうなんですか?」
怜奈の話では、気象庁から送られて来る情報や天気図、衛星画像などを解析して、独自の予報を作成するそうだ。
あとは、それを視聴者にどう伝えるか、原稿を書いて、番組で使うCGをスタッフに発注したり、とても忙しいそうだ。
「ネット番組も生配信だと、本番前はすごく慌ただしいのよ」
「へ~、たいへんなんですね」
未来は、怜奈の話をぼんやり聞いていたが、頭の中では祐希とどうすれば付き合えるか、で一杯だった。
祐希には、もう小手先の手段は通用しないと未来は思っていた。
こうなれば直接的な手段に出るしかない。
未来は頭の中で考えていたあるプランを実行することにした。
「あの、私、体調悪いので、そろそろ帰ります。
祐希さん、送ってくれますか?」
未来が祐希に聞いた。
時計を見ると既に午前0時を過ぎていた。
「未来ちゃん、大丈夫?
祐希くん、未来ちゃん、送ってあげてね」
怜奈が祐希に言った。
「はい、じゃあ未来、一緒に帰ろうか」
「お願いします」
「怜奈さん、ごちそう様でした、お休みなさ~い」
祐希と未来はカウンター奥の茜ママ達に挨拶して店を出た。
今日の飲み代は、怜奈のおごりだった。
2人は50mほど歩くと未来が立ち止まった。
「祐希さん、私、気分が悪い」
未来は苦しそうに道端にしゃがみ込んだ。
「未来、大丈夫か?」
「ううん、大丈夫じゃないかも…
どこかで、休みたい…」
祐希には未来が本当に苦しそうに見えた。
「そう言われても……この辺には飲み屋しかないしなぁ」
「祐希さん、あそこで少し休んでいこ」
未来が指さしたのは、ヤケにキラキラした電飾がまぶしいラブホテルだった。
「え、未来、あそこはラブホテルだぞ」
「もう、どこでもいいから横になりたい」
未来は具合が悪そうにグッタリしていた。
「う~ん、しょうがないなぁ。
未来あそこまで歩けるか?」
祐希は、ラブホテルで未来を休ませることにした。
「もう、歩けない、祐希さん、おんぶして」
「マジか、じゃあ、未来、僕の肩に捕まって」
祐希は未来の前でしゃがみ、彼女を背負うと思ったよりも軽かった。
未来の胸の膨らみが背中に当たり、その柔らかな感触に祐希の鼓動は早くなった。
祐希さんの背中って、こんなに広くて温かかったんだ。
未来は祐希の背中の広さに驚きながら、両手を首筋に回し、ぎゅっと抱きついた。
2人はラブホテル「アバンチュール」の門をくぐった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、瑞希が焼き鳥屋から戻ってきた。
「怜奈さん、祐希と未来ちゃん、帰ったんでしょ」
「うん、未来ちゃんが体調悪いからって、ちょっと前に帰ったよ」
怜奈が言った。
「あの2人、そこのラブホに入ったんだけど、そういう関係だったの?」
「え、マジで?」
祐希と未来がラブホテルに入るのを、瑞希が目撃していたのを2人は知るはずもなかった。




