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第38話 VenusVenus

 横浜にあるライブハウス「Dolphin」は、すでに多くの観客で埋まっていた。


 今日はここでガールズバンドの対バンライブが行われるのだ。

 若手中心の人気イベントで、今夜は4組のバンドが出演する。

 未来(みく)と琴葉が所属する「VenusVenusヴィーナス・ヴィーナス」は、2組目としてステージに登場する予定だ。


 2人からチケットを買わされたシェアハウスのメンバー7人が、「VenusVenus」のライブを初めて見に来た。


 フロアの前方に陣取った明日奈が、会場を見渡して目を丸くした。


「すごい人ね。こんな大きなライブだとは思わなかったわ」


「ライブハウスって、初めて来たけど、熱気が凄いですね」


 隣で祐希も会場を見回す。

 最前列に陣取った朱音は、すでに応援する気満々だった。


「シェアハウスの仲間として、応援してあげないとね!」


未来(みく)さんと琴葉さん、どんな演奏するか楽しみです」


 さくらは目を輝かせ、ステージを見つめた。


「琴葉って、カラオケもめっちゃ上手いから、ステージ期待できそうね」


 里緒奈が笑みを見せた。

 その時、フロアの照明が落ち、歓声と共に1組目の演奏が始まった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 1組目ラストの曲がフロアに響いていた。

 ステージ袖で次の出番を待つVenusVenusのメンバーは緊張感に包まれていた。


「お客さん、満員だね……」


 未来(みく)はスティックを握りしめ、小さく震えていた。


未来(みく)、これくらいで何ビビってんの。しっかりしなさい」


 リーダーの詩織が未来(みく)の背中をパンと叩いた。


 琴葉はチューニングを確認し、夏樹は壁に寄りかかり深呼吸している。


「琴葉も夏樹も……自信持って!

 今までの練習の成果、今日は全部ぶつけるよ!」


 詩織の一言で、メンバーの顔つきが変わった。


 1組目の演奏が終わり、慌ただしいセットチェンジが始まった。

 ステージ後方に「VenusVenus」のフラッグが掲げられると、フロアの期待感が一気に高まった。


 再びフロアライトが落ち、Opening SEが流れ出す。

 客席から上がる歓声の中、「VenusVenus」のメンバー4人が位置についた。

 全員、バンド名のロゴが入った黒のTシャツを着ている。

 メンバーそれぞれの個性と美貌で人気のVenusVenusは、結成からまだ1年余りだが、ライブごとに着実にファンの数を増やしている。


 ステージに向かって左には、リーダーでキーボード担当の藤宮詩織(20歳)。

 右側には、ベース担当の相川夏樹(20歳)。

 そして中央奥、ドラムセットに結城未来(みく)(19歳)が座った。

 緊張で顔がこわばっていたが、客席に祐希や明日奈たちの顔を見つけると、ふいに表情が和らいだ。


 センターマイクの前には、ボーカル&ギター担当の岸谷琴葉(19歳)がギターを抱えて立った。

 視界にシェアハウスの仲間たちの姿を捉え、小さく息を吐いた。


(……シェアハウスのみんな、来てくれてる)


 特にカリスマ的な存在感と抜群の歌唱力を誇る琴葉と、ホワイトグレーアッシュのツインテールで強烈なビートを刻むスリムビューティ未来(みく)の2人は、バンドの中でも際立った人気を誇っていた。


 琴葉の短いシャウトと共に、未来(みく)が力強いカウントを叩き出した。


 1曲目は『真夏日和』

 疾走感のあるギターリフに、琴葉のクールで伸びやかなボーカルが重なる。


 2曲目は、代表曲『スウィート・パラダイス』

 バンドの一体感が格段に増していた。


 祐希は、トレードマークのツインテールを激しく振り乱し、ビートを刻む未来(みく)の姿に釘付けとなった。


 (あんな未来(みく)の姿、初めて見たな……)


 里緒奈と朱音は、突き上げた拳をリズムに合わせて振り下ろし、応援している。

 演奏が終わると、フロア全体から大きな拍手が送られ、上々の滑り出しだ。


「こんばんは、VenusVenusの琴葉です。

 みんな、今日は来てくれて本当にありがとう。

 私たちの演奏、最後まで楽しんでいってください」


 琴葉が笑顔で観客に語りかけた。

 シェアハウスでは見たことのない琴葉のキラキラした笑顔を見て、祐希はとても魅力的だと思った。


「次は新曲『HighwayLovers』、聴いてください」


 未来(みく)のツーバスが唸りを上げ、疾走感あふれるロックナンバーが始まった。

 激しく、しかし正確にビートを刻む未来(みく)のドラムに、怜奈と里緒奈も目を見張った。


 4曲目は、VenusVenusの新しいテーマ曲『女神の翼(ヴィーナスウィング)』だ。

 未来(みく)が力強いミドルテンポのビートを刻み始めた。

 琴葉の力強いボーカルが会場全体に響き渡り、夏樹のうねるようなベースラインが曲を支え、詩織の壮大なキーボードが翼のように音を広げていく。


 ラストナンバーは、新曲『マーメイド・シンドローム』

 明るく前向きなロックチューンだ。

 メンバー全員が時折アイコンタクトを取り、笑顔で演奏している。

 未来(みく)も、時折楽しそうにスティックを回してみせた。

 演奏が終了すると同時に、フロアの熱気は最高潮に達した。

 未来(みく)が立ち上がり、汗だくのままスティックを高く掲げる。


「ありがとうございました! VenusVenusでした!」


 メンバー全員で整列し、手をつないで深く一礼した。

 鳴り止まない拍手の中、彼女たちはステージを降りていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 1時間半後、すべての演奏が終了し、フロアが明るくなった。

 観客が出口に向かい始める中、祐希たちは未来(みく)と琴葉のもとへ駆け寄った。


 真っ先に駆け寄ったのは明日奈だった。


未来(みく)ちゃん、琴葉ちゃん! めっちゃくちゃカッコよかったよ!」


未来(みく)、とてもキラキラしてました!

 ドラム、まるで別人みたいででしたよ」


 さくらも興奮を抑えきれない様子だ。


「みんな、来てくれてありがとう!」


 まだ汗が引かない未来(みく)が、満面の笑みを返した。


「琴葉のギターとボーカル、メッチャいいじゃん!」


 朱音(あかね)が琴葉の肩を叩いた。


 琴葉は照れくさそうに礼を述べた。


「……ありがとう、朱音さん」


「2人とも、ステージだと別人みたいね。すごく輝いてたわよ」


 瑞希も、スマホで撮ったライブの写真を見せながら、未来(みく)と琴葉に親指を立てた。


「本当にお疲れ様。最高のライブだったよ」


 祐希がそう言うと、2人は嬉しそうにうなずいた。


 そこへ、詩織と夏樹が戻ってきた。


「みなさん、今日は来ていただき、本当にありがとうございました」


 詩織がシェアハウスの面々に笑顔で挨拶した。


未来(みく)、琴葉、機材の撤収とミーティングあるからね」


 詩織は、そう言い残すと楽屋へ消えた。


「はい、すぐ行きます!」


 未来(みく)が慌てて応えた。


「ねえ、未来(みく)ちゃん、琴葉ちゃんお腹空いてない?

 実はね、私たちこの後『百花繚乱』予約してあるの、2人も後で合流しない?」


 明日奈が2人に尋ねた。


「え、ホントですか?」


「行きます!」


 未来(みく)と琴葉は即答した。


「何分くらいで来れそう?」


 明日奈が確認した。


「そうですね。

 多分1時間くらいで行けると思います」


「了解……じゃあ、待ってるね」


 明日奈たちの後ろ姿を見送りながら、未来(みく)の胸に温かいものが広がっていた。

 応援に来てくれた仲間がいる——その実感が、ステージの興奮とは別の高揚を運んでくる。


 シェアハウスの住人たちは、興奮の余韻に浸りながらライブハウスを後にした。

 7人は電車で柏琳台へ戻り、居酒屋「百花繚乱」へ向かった。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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