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第38話 VenusVenus

 6月中旬、梅雨入り前の蒸し暑い土曜の夜。

 横浜にあるライブハウス「Dolphin」は、すでに多くの観客で埋まっていた。


 今日はここでガールズバンドの対バンライブが行われるのだ。

 若手中心の人気イベントで、今夜は4組のバンドが出演する。

 未来と琴葉が所属する「VenusVenus」は、2組目としてステージに登場する予定だ。


 2人からチケットを買わされたシェアハウスのメンバー7人が、「VenusVenus」のライブを初めて見に来た。


「すごい人ね。

 こんな大きなライブだとは思わなかったわ」

 フロアの前方に陣取った明日奈が驚いていた。


「ライブハウスって、初めて来たけど、熱気が凄いですね」

 隣で祐希が会場を見回していた。


「シェアハウスの仲間として、応援してあげないとね!」

 朱音は最前列で応援する気満々だった。


未来(みく)さんと琴葉さん、どんな演奏するか楽しみです」

 さくらは目を輝かせ、ステージを見つめた。


「琴葉って、カラオケもめっちゃ上手いから、ステージ期待できそうね」

 里緒奈が笑みを見せた。


 その時、フロアの照明が落ち、歓声と共に1組目の演奏が始まった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 1組目ラストの曲がフロアに響いている。

 ステージ袖で次の出番を待つVenusVenusのメンバーは緊張感に包まれていた。


「お客さん、満員だね……」

 未来はスティックを握りしめ、小さく震えていた。


「未来、これくらいで何ビビってんの。しっかりしなさい」

 リーダーの詩織が未来の背中をパンと叩いた。


 琴葉はチューニングを確認し、夏樹は壁に寄りかかり深呼吸している。


「琴葉も夏樹も……自信持って!

 今までの練習の成果、今日は全部ぶつけるよ!」

 詩織の一言で、メンバーの顔つきが変わった。


 1組目の演奏が終わり、慌ただしいセットチェンジが始まった。

 ステージ後方に「VenusVenus」のフラッグが掲げられると、フロアの期待感が一気に高まった。


 再びフロアライトが落ち、Opening SEが流れ出す。

 客席から上がる歓声の中、「VenusVenus」のメンバー4人が位置についた。

 全員、バンド名のロゴが入った黒のTシャツを着ている。


 ステージに向かって左には、リーダーでキーボード担当の藤宮詩織(20歳)。

 右側には、ベース担当の相川夏樹(20歳)。

 そして中央奥、ドラムセットに結城未来(19歳)が座った。

 緊張で顔がこわばっていたが、客席に祐希や明日奈たちの顔を見つけると、ふいに表情が和らいだ。


 センターマイクの前には、ボーカル&ギター担当の岸谷琴葉(19歳)がギターを抱えて立った。

 視界にシェアハウスの仲間たちの姿を捉え、小さく息を吐いた。

(……シェアハウスのみんな、来てくれてる)


 琴葉の短いシャウトと共に、未来が力強いカウントを叩き出した。


 1曲目は『真夏日和』

 疾走感のあるギターリフに、琴葉のクールで伸びやかなボーカルが重なる。

 メンバーそれぞれの個性と美貌で人気のVenusVenusは、結成からまだ1年余りだが、ライブごとに着実にファンの数を増やしている。


 特にカリスマ的な存在感と抜群の歌唱力を誇る琴葉と、スノーホワイトアッシュのツインテールで、強烈なビートを刻むスリムビューティ未来(みく)の2人の人気が高い。


 2曲目は、代表曲『スウィート・パラダイス』

 練習の成果か、バンドの一体感は格段に向上している。

 祐希は、トレードマークのツインテールを激しく振り乱し、ビートを刻む未来の姿に釘付けとなった。

 (あんな未来の姿、初めて見たな……)


 里緒奈と朱音は、突き上げた拳をリズムに合わせて振り下ろし、応援している。

 演奏が終わると、フロア全体から大きな拍手が送られ、上々の滑り出しだ。


「こんばんは、VenusVenusの琴葉です。

 みんな、今日は来てくれて本当にありがとう。

 私たちの演奏、最後まで楽しんでいってください」

 琴葉が笑顔で観客に語りかけた。

 シェアハウスでは見たことのない琴葉のキラキラした笑顔を見て、祐希はとても魅力的だと思った。


「次は新曲『HighwayLovers』、聴いてください」

 未来のツーバスが唸りを上げ、疾走感あふれるロックナンバーが始まった。

 激しく、しかし正確にビートを刻む未来のドラムに、怜奈と里緒奈も目を見張った。


 4曲目は、VenusVenusの新しいテーマ曲『女神の翼(ヴィーナスウィング)』だ。

 未来(みく)が力強いミドルテンポのビートを刻み始めた。

 琴葉の力強いボーカルが会場全体に響き渡り、夏樹のうねるようなベースラインが曲を支え、詩織の壮大なキーボードが翼のように音を広げていく。


 ラストナンバーは、新曲『マーメイド・シンドローム』

 明るく前向きなロックチューンだ。

 メンバー全員が時折アイコンタクトを取り、笑顔で演奏している。

 未来も、時折楽しそうにスティックを回してみせた。

 演奏が終了すると同時に、フロアの熱気は最高潮に達した。

 未来が立ち上がり、汗だくのままスティックを高く掲げる。


「ありがとうございました! VenusVenusでした!」

 メンバー全員で整列し、手をつないで深く一礼した。

 鳴り止まない拍手の中、彼女たちはステージを降りていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 1時間半後、すべての演奏が終了し、フロアが明るくなった。

 観客が出口に向かい始める中、祐希たちは未来と琴葉のもとへ駆け寄った。


「未来ちゃん、琴葉ちゃん! めっちゃくちゃカッコよかったよ!」

 真っ先に明日奈が賞賛の言葉をかけた。


「未来さん、とてもキラキラしてました!

 ドラム、カッコよかったです!」

 さくらも興奮した様子で言った。


「みんな、来てくれてありがとう!」

 未来はまだ興奮冷めやらぬ様子で、満面の笑みを浮かべた。


「琴葉のギターとボーカル、メッチャいいじゃん!」

 朱音(あかね)が琴葉の肩を叩いた。


 琴葉は照れくさそうに礼を述べた。

「……ありがとう、朱音さん」


「2人とも、ステージだと別人みたいね。すごく輝いてたわよ」

 瑞希も、スマホで撮ったライブの写真を見せながら、未来と琴葉に親指を立てた。


「本当にお疲れ様。最高のライブだったよ」

 祐希がそう言うと、2人は嬉しそうにうなずいた。


 そこへ、詩織と夏樹が戻ってきた。

「みなさん、今日は来ていただき、本当にありがとうございました」

 詩織がシェアハウスの面々に笑顔で挨拶した。


未来(みく)、琴葉、機材の撤収とミーティングあるからね」

 詩織は、そう言い残すと楽屋へ消えた。


「はい、すぐ行きます!」

 未来が慌てて応えた。


「ねえ、未来(みく)ちゃん、琴葉ちゃんお腹空いてない?

 実はね、私たちこの後『百花繚乱』予約してあるの、2人も後で合流しない?」

 明日奈が二人に尋ねた。


「え、ホントですか?」


「行きます!」

 未来(みく)と琴葉は即答した。


「何分くらいで来れそう?」

 明日奈が確認した。


「そうですね。

 多分1時間くらいで行けると思います」


「了解、……じゃあ、待ってるね」

 シェアハウスの住人たちは、興奮の余韻に浸りながらライブハウスを後にした。


 7人は電車で柏琳台駅まで戻り、そのまま居酒屋「百花繚乱」へ向かった。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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