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第27話 祐希の部屋で二人きり

 金曜日の夜9時過ぎ、2人はシェアハウスへ帰宅した。

 バイトからの帰り道、さくらは明日行く映画を選ぼうと祐希に言われた。


「賄い、僕の部屋で食べない?

 映画選ぶのにパソコン見ながらの方がいいと思ってね」

 祐希の提案に、さくらは驚きながらも頷いた。

(祐希さんの部屋…!初めて入る…)

 内心のドキドキを隠しながら、祐希の後に続いた。


「お邪魔します…」

 さくらは緊張した面持ちで、部屋へ入った。


 祐希の部屋は、意外なほど片付いていた。

 白を基調とした内装は、さくらの部屋と同じだが、少し広い気がした。

 天然木の家具、大きなベッドとL字型のデスク、ソファセットが置かれている。


「さくらさん、適当に座って…

 賄い、レンジで温めたから、一緒に食べよう」


 祐希は、ホカホカと湯気が立つオムカレーとサラダをテーブルに並べた。

 オムカレーのスパイシーな香りが辺りに漂った。

 カフェ・バレンシアのマスター特製の賄いだ。


「あ、ありがとうございます…」

 さくらは促されるまま、ソファに腰を下ろした。

 祐希もその隣に座ると、2人で「いただきます」と手を合わせ食事を始めた。

 オムカレーの美味しさに自然と顔がほころんだ。


「明日の映画、何にするか決めないとね」

 祐希がテーブルの真ん中にノートパソコンを置き、映画情報サイトを開いた。


「どんな映画がありますか?」

 さくらが画面を覗き込んだ。


「今、話題なのは、このアクション映画かな…」

 祐希は『TimeLimit100』という映画タイトルを指さした。


「アクション映画だけど、さくらさん平気?」


「あ、アクション…ですか?

 私、映画って、ほとんど観たことがなくて…」


 折り紙付きの箱入り娘として、純粋培養されたさくらは、小学校低学年から高校を卒業するまで、ピアノとバレエのレッスンに明け暮れ、映画など見に行く機会は皆無だった。


「アニメ映画は、さすがに嫌だよね」

 さくらは、アニメ映画もほとんど見たことがなかった。


「そうですね…」

 曖昧な相槌を打つのみで、さくらの反応は薄かった。


「うーん、じゃあこのファンタジーとかは?

 タイトルは『月の雫と忘れられた庭園』。

 映像がすごく綺麗らしいんだけど…」


「え、そうなんですか、綺麗そうですね…」

 さくらは興味を示したが、まだ決めかねていた。

(さくらさん、本当に映画観たことないんだな…)


 祐希がリストをスクロールしていくと、見覚えのあるタイトルが画面に表示された。

六花(りっか)の奇跡 ~もう一度、君に逢えたなら~」


「あ、これは…」

 祐希が言いかけると、さくらが小さく息を呑むのが分かった。

 それは、未来が祐希と観に行った映画だ。

 さくらの表情が、わずかに曇った。


「……これは、いいです」


「え? あ、うん、わかった」


 さらに画面をスクロールさせると、さくらが気になるタイトルを見つけた。

「あ、これっ…」

 画面を指差しながら、さくらが身を乗り出した。

 その瞬間、さくらの肩が、無意識に祐希の肩に触れた。


「あ、ごめんなさい…!」

 さくらは慌てて体を引いた。


「ううん、大丈夫…」

 祐希も不意の接触に少しドキッとした。

 思わず顔を見合わせると、予想以上に距離が近いことに気づき、2人は慌てて視線を逸らした。


 祐希は、その瞬間にさくらから香った甘い匂いに、心臓が高鳴るのを感じた。

(うわっ、さくらさん…いい匂い…)


「えっと…どれが気になったの?」

 気まずい空気を変えるように、祐希が咳払いをして映画の話を続けた。


「あ…!祐希さん、これです…!」

 さくらが指差したのは、『明日、桜の下で~君といた、春の陽だまり~』というタイトルだった。


「『明日、桜の下で』…?

 ああ、これか。レビューも良いみたいだね」

 祐希が詳細をさくらに見せた。


 画面には、満開の桜並木の下で見つめ合う男女のポスター画像と、短いあらすじが表示されていた。

 ――都会での人間関係に疲れた女性「ミオ」と、地方のガラス職人「ハル」。

 桜の下での偶然の出会いから始まる、限りある時間の中で輝く愛と奇跡の物語――


 さくらは、そのあらすじを食い入るように見ていた。

「……私、これが観たいです」

 さくらがはっきりした口調で言った。

 映画のタイトルに「さくら」という文字があるのが、気になったのかもしれない。


「わかった。

 じゃあ、この映画にしようか」


「はい!お願いします」

 さくらは嬉しそうに頷いた。


 祐希はその場でスマホを取り出し、横浜マリンシアターのサイトで明日の座席を予約した。

「席、取れたよ。明日の13時10分からね…」


「はい!ありがとうございます!

 チケット代、おいくらですか?」


「え~っと、1人1,800円だよ」


「分かりました」

 さくらは、財布を取り出すと、ちょうど3,600円、祐希に差し出した。


「これ多いよ、自分の分は自分で払うから…」


「いいえ、いけません。

 映画に連れてってと、お願いしたのは私なんですから、チケット代は私が払います」


 さくらが頑として譲らない様子なので、祐希は昼食代を自分が持てばいいかと、その場は折れて代金を受け取ることにした。


「映画代驕ってもらって、かえって申し訳ないね」


「いいえ、これくらい、当然のことです」

 明日観る映画が決まったことに安心して、2人の間の空気も和んだ。


 残りの賄いを食べながら、映画への期待や、今日のバイトの話など、自然な会話が続く。


 食事が終わり、さくらが「私、片付けます」と使い捨て容器を手に取った。


「映画に連れて行ってもらうんですから、これくらい当たり前です」


 さくらは、まだここに居たいという気持ちを抑え、立ち上がった。

 あまり遅い時間までいると、シェアハウスの他の住人に、変に勘ぐられると思ったのだ。


「ごちそうさま。お邪魔しました」


「明日、楽しみにしてるよ」


「はい、私もです!」


 さくらは嬉しそうに微笑むと、祐希の部屋を出て行った。

 祐希は、まだ部屋に残るさくらの甘い残り香に、一人余韻に浸っていた。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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