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第25話 容疑者K(1)

 木曜日の夕方5時少し前、一人の男が電柱の陰からシェアハウスの方をじっと(うかが)っていた。

 黒のスポーツキャップを目深に被り、大きめのマスクにサングラスという、いかにも怪しい風体だ。


 男の名前は、早乙女賢吾(さおとめけんご)、さくらの父(48歳)である。

 彼は高校の音楽教師であり、東京出張の帰りに、抜き打ちで娘の様子をチェックしようと、バレないように変装まがいの格好で待ち伏せしていたのだ。


 抜き打ちだから、娘には連絡していない。

 母親に似て器量良しのさくらに、悪い虫がついてないかチェックすることも兼ねてのことだ。

 娘が大学に入学してから2ヶ月弱経つが、一体どんな生活をしているのだろう。


 既に1時間以上経っているが、娘はまだ帰って来ない。

 母親の話では、大学は3時半頃に終わると言っていた。

 途中で食料など買い物したとしても、5時頃までには帰ってくるはずだ。


 (さくらのやつ、いったいどこへ寄り道してるんだ)


 今日は横浜市内に1泊する予定で、ホテルを予約してある。

 近場で娘と一緒に食事でもと思っていたが、事前に伝えると抜き打ちの意味がなくなるから伝えていないのだ。


 そのようなことを考えていると、後ろから誰かが賢吾の肩を叩いた。

 振り返ると、そこには警察官が立っていた。

 賢吾は、飛び上がるほど驚いて一歩後ずさりした。


「あなた、ここで何をしているんですか?」

 20代後半の若い警察官が質問した。


「む、娘が帰って来るのを待っているんです」


「えっ、娘?

 何でこんな電柱の陰に隠れてまで、娘を待っているんですか。

 あなた、ストーカーじゃないんですか?」

 最近この辺でストーカーが出没し、騒ぎになっていることを賢吾が知るはずもない。


「お巡りさん、本当なんです……

 あのシェアハウスに、私の娘が住んでいるんです」


「とにかく、まずは身分を証明するものを出して下さい。

 話はそれからです」


 警察官に言われるままに、賢吾は運転免許証を出そうと、あわてて財布を取り出した。

 しかし、今日は運転しないと、自宅に免許証を置いてきたのを思い出した。


「あの、免許証は自宅に忘れてきて、今、身分証は持ってないんです」

 賢吾の額には、冷や汗がにじみ出ていた。


「身分証がない?」

 警官はますます怪しいやつだと思った。


「詳しい話を聞くから交番まで同行願います」

 賢吾は2人の警察官に両腕を抱えられ、近くに停めてあったミニパトに乗せられた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 賢吾が連行されたのは、柏琳台駅前の交番だった。

 交番にある小部屋で、机を挟んで事情聴取が始まった。


 警察官の2人の名札には「倉橋」「清水」と書いてあった。

「言いたくないことは、黙っていてもいいです。

 あなたがこれから話す内容は、有利にも不利にも証拠として使われることがあるので、その点に留意してください」

 事情聴取に先立ち、黙秘権の行使と供述の任意性に権利の告知があった。


 名札に倉橋と書かれた警察官が事情聴取を行った。

「あなたの名前は?」


早乙女賢吾(さおとめけんご)です」


「年齢は?」


「48歳です」


「住所は?」


「秋田県秋田市泉南◯丁目◯-◯◯です」


「勤務先は?」


「秋田県立秋田中央高等学校です」


「職業は?」


「音楽教師です」


「あなた、教職にあるのに、なぜストーカー行為を行ったのですか?」


「お巡りさん、私はストーカー行為などしてません」


「嘘つくんじゃない。

 最近、あのシェアハウスの住人がストーカー被害に遭って、被害届も出てるんですよ」


「ストーカー被害、あのシェアハウスで?」


「とにかく身分を証明できるものがないなら、身元保証人をここに呼んで下さい」


「わ、分かりました、今呼びます」


「いえ、こちらから電話するので、電話番号と相手の名前を教えて下さい」


 賢吾はガラホを取り出し、電話帳からさくらの電話番号を表示させ、倉橋巡査に見せた。

「これは娘です。

 あのシェアハウスに住んでるので、すぐに迎えに来るはずです」


 倉橋巡査は、その番号をメモし、交番から電話した。

「出ませんね、本当にあなたの娘さんが住んでいるんですか?」

 さくらは、スマホをロッカーに入れていて、その電話に出られなかった。


「それじゃ、つ、妻に電話して下さい」

 秋田ですけど、すぐに出ると思います。

 しかし、妻も一向に電話に出なかった。


「出ませんよ、本当にこの番号で合っているんですか?」

 倉橋巡査は、賢吾が口から出任せを言っているのだと思った。


「もし、今晩中に身元を保証する人が現れなかったら、署で一晩過ごしてもらうことになりますよ」


 (留置!? まさか、この私が…?教師という立場上、警察沙汰は絶対に避けなければ!

 学校や妻に知られたらどうなる…さくらにだって顔向けできない!)

  賢吾は血の気が引くのを感じ、必死で次の連絡先を探した。

(そうだ、シェアハウスのオーナーなら…!)

 「お巡りさん! この番号なら繋がるはずです!」

 藁にも縋る思いで、賢吾は明日奈の電話番号を教えた。


「今度こそ、大丈夫なんでしょうね」

 倉橋巡査は、賢吾に確認した。


「はい、今度こそ、大丈夫だと思います」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 木曜日の午後7時すぎ、カフェ・バレンシアは、ピークタイムを過ぎ、スタッフたちは一段落ついてホッとしていた。その時カフェの電話が鳴った。


「はい、カフェ・バレンシアです。

 あ、祐希くんのお義姉様(おねえさま)でいらっしゃいますか?

 あ、こちらこそ、いつもお世話になっております。

 えっと、祐希くんに代わりますか?」

 電話のやり取りから、電話の相手は明日奈らしい。


 祐希は仕事中、カウンター業務に集中するため、スマホはロッカーに入れてあるのだ。


「えっ、あ、さくらちゃんですか、はい、少々お待ちください」


「さくらちゃん、祐希くんのお義姉様(おねえさま)から電話よ」


「えっ、明日奈さんから、私に?」


「そうみたい、急用らしいわ」

 美里ママはさくらに受話器を渡した。


「もしもし、お電話代わりました、さくらです」


「あっ、さくらちゃん、仕事中にごめんなさい、急用なの」

 明日奈の声は、切羽詰まった感じだった。


「さくらちゃん、落ち着いて聞いてね。

 今、柏琳台駅前交番から電話があったの…」


「こ、交番からですか…」

 さくらは、ただ事じゃないと思った。


「そうなの、実はね。

 ストーカー容疑で捕まえた男性が、あなたのお父様だと名乗っているそうよ、心当たりある?」


「えっ、父がストーカー容疑で捕まったんですか?」


「そうなの、パトロールしていたらシェアハウスの向かいにある電柱の陰から、こちらを覗いていたそうよ。

 名前は、早乙女賢吾48歳と名乗っているって、お巡りさんが教えてくれたけど…」


「それ、多分、うちの父です。

 でも、なんでストーカーなんかしてたんだろ…」

 さくらは、あの厳格な父が、ストーカー行為をするとは思えなかった。


「しっかりした身元引受人が現れないと、一晩留置されるらしいのよ、さくらちゃんどうする?」


「えっ、留置?」

 さくらの脳裏には父の顔が浮かんだ。

 たまに出張で東京に来ることはあるが、母からそのような連絡は受けていない。


「本当にさくらちゃんのお父様だったら、身元引受人になってあげないと、留置されるかもしれないわ。

 とにかく、交番へ行って本当にお父様かどうか、確かめた方がいいわ」


「分かりました。

 仕事が終わり次第向かいます」


 傍らで電話を聞いていた美里ママが、話の内容から只事ではないと思った。

「さくらちゃん、お父様がどうかされたの?」


「父がストーカー容疑で捕まって、駅前交番で事情聴取されているらしいんです」


「えっ、大変、すぐに行ってあげなきゃ」


「祐希くん、さくらちゃんとすぐに行ってあげて。

 店のことは心配しなくていいから」

 美里ママは近くで話を聞いていた祐希に言った。


「分かりました。さくらさん、すぐに行こう」

 2人は、急いで着替えてカフェの通用口を出た。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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