表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/31

第24話 私を映画に連れてって

 月曜夕方のカフェ・バレンシア。

 店内はいつもより混んでいた。


 バイトを始めて1週間が過ぎ、さくらはようやく仕事に慣れてきた。

 彼女は、忙しそうにホールを動き回り、笑顔で仕事をこなしていた。


 しかし、彼女の顔が時折曇ることを、祐希は見逃さなかった。

 オーダーを待つ間、窓の外をぼんやりと眺める横顔。

 他のスタッフが気づかない小さなため息。

 それも一瞬で、いつもの完璧な笑顔に戻る。

 彼女が見せた異変は、祐希の心に微かな違和感として残った。


 さくらの異変に気づいたのは、祐希だけではなかった。

 バックヤードでドリンク材料を補充している祐希に、美里ママが心配そうに声をかけた。

「ねぇ、祐希くん。

 さくらちゃん、今日、なんだか変じゃない? 」


「はい、確かに変ですね」


「時々、暗い顔してるけど、大丈夫かしら…」


「僕も異変に気付いて、大丈夫かいって、聞いたんですけど…

 これは、自分の問題だから気にしないでって言うんです」


「そうなの?

 さくらちゃん、何があったのかしら……」


 閉店間際、今度は(ゆい)が祐希の隣にやってきて、小声で囁いた。

「ねぇ、祐兄(ゆうにい)

 さくらさん、何かあったの?

 何度も溜息ついてたし、なんか無理して笑ってるみたいに見えたけど…」


「やっぱり、結ちゃんにもそう見えたか…」

 祐希は眉をひそめた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「聖女の天使」が、駅前のカフェ・バレンシアでバイトし始めたという噂は、瞬く間に星城大学の男子学生の間に広まった。


「マジかよ、天使が地上に降臨したってこと!?」

「これは行くしかないっしょ!」


 さくらは、星城大学に通う学生たちから「聖女の天使」と呼ばれ、彼らの心を鷲掴みにしていることを、彼女はまだ知らなかった。


 噂が広まり始めてから、明らかにカフェ・バレンシアの客層に変化が生じた。

 これまで女子学生が7割を占めていた店内に、男子大学生と思しき客が目立ち始めたのだ。


「なんか最近、男のお客さん増えたよね?」

「うん、しかも星城大生っぽい人が多い気がする…」

 他のアルバイトスタッフも、その変化に気付いていた。


 静かな人気の祐希目当ての女子学生に加え、「聖女の天使」を一目見ようとやってくる男子学生で店内は満席だった。

 男子の視線は、天使のような笑顔で接客するさくらに集中した。


 お洒落女子の聖地カフェ・バレンシアは、男子学生による侵食を受け、女子学生たちは不満の声を漏らした。

「なんか男の客、前より増えてない?」


「多分、みんなあの娘目当てなのよ」とさくらを指さした。


 美里ママや他のスタッフたちは、男子学生たちの目当てが、さくらであることにすぐ気づいた。

 しかし、混雑の原因であるさくらと、状況をよく理解していない祐希だけが、それに気づいていなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その夜、バイトを終えた祐希とさくらは、柏琳台駅からシェアハウスへの道を歩いていた。

 バイトの疲れもあり、2人とも口数が少ない。

 街灯がぽつぽつと照らす中、祐希は隣を歩くさくらの横顔をそっと見た。


 朝からずっと、彼女の様子がおかしいのが気がかりだった。

(さくらさんの様子が変なのは、昨日、未来と映画に行ったことが原因かな?

 でも、映画に行ったくらいで何で…?)


 祐希が1人で考えを巡らせている間、さくらの心は揺れていた。


(私のモヤモヤ…やっぱり、昨日のことが原因かな。

 祐希さんと未来(みく)さんは幼馴染で、奇跡的に再会したんだから、一緒に映画に行くくらい普通のことなのに…)


 頭ではそう理解しているはずなのに、なぜこんなに胸が苦しいのだろう。

 未来(みく)の幸せそうな顔を見るのが、なぜこんなに辛いんだろう。

 自分を心配してくれて、優しい言葉をかけてくれた祐希にも、嫌な態度をとってしまった。

 なぜ、そんな態度をとったのか、自分でも理解できなかった。

 さくらは、自己嫌悪に陥っていた。


(このままじゃダメ…。

 このモヤモヤした気持ちを…どうにかしないと…)

 さくらは必死に考えた。

 この嫌な気持ちの原因は、祐希と未来(みく)が映画に行って楽しそうだったこと。

 それなら、その原因を取り除けばいいんだ。


 どうやって?

 そうだ、私も映画に連れていってもらえばいいんだ!

 そう思った瞬間、まるでパズルのピースがはまったように、さくらの心はスッキリと晴れた。


 未来(みく)さんが祐希さんと映画を見に行ったから、私はモヤモヤしてたんだ。

 それなら、私も祐希さんに映画に連れて行ってもらえば、きっとこのモヤモヤは消えるはず!


 純粋培養された箱入り娘である彼女は、自分の不可思議な感情の正体が何なのか、そしてその解決策が的を射ているかどうか、深く考えなかった。

 ただ、自分の心の平穏を取り戻すため、それが最善の方法だと信じたのだ。


 シェアハウスの明かりが見えてきた。

 さくらは意を決し、隣を歩く祐希に言った。

「祐希さん!」


「え? な、なに?」

 突然、さくらに呼ばれ、祐希は驚いて足を止めた。

 さくらは真剣な表情で祐希の目を見つめた。


「私も、映画が観たいです!」


「え、映画?」

 予想外の言葉に、祐希はキョトンとしていた。


「はい! 私を映画に連れていってください!」

 さくらは、強い口調で言い放った。


 さくらの唐突なお願いに祐希は戸惑った。

(え? なんで急に映画…?

 ああ、そうか、さくらさんも映画が見たかったんだ。

 ストーカーに狙われてるし、1人じゃ行けないから、僕に連れていって欲しかったんだな!)

 祐希は全く的外れな勘違いをして1人で納得した。


「いいよ。映画、いつ見に行く?」

 祐希がそう答えると、さくらの表情が、ぱあっと明るくなった。


「いいんですか!? ありがとうございます!

 えっと、今週の土曜日はどうですか?」


 祐希はスマホで予定を確認した。

「予定、入ってないから土曜日行けるよ」


「ホントですか、今から楽しみです」

 さくらの心のモヤモヤは嘘のように晴れ、祐希に爽やかな笑顔を見せた。

 祐希は少し呆れながらも、元気になってよかったと安心した。


「ところで、なんの映画が見たいの?」


 急な質問に、今度はさくらが戸惑った。

 未来さんと祐希さんが見に行った映画?

 それは、なぜか嫌だった。

「えっと……、分かりません」


「じゃあ、それはシェアハウスで相談しよう」


「はい!よろしくお願いします」


 さくらは、モヤモヤの原因が解消できたと信じていた。

 祐希も、さくらの不機嫌な原因が解消されたと安心していた。

 それが祐希とさくらにとって初デートの約束であることを、2人はまだ認識していなかった。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ