第22話 初デート(未来編)
日曜日、午前11時少し前。
祐希はシェアハウスの玄関ホールで未来を待っていた。
今日の彼は、洗いざらしの白Tシャツに、淡いブルーのリネンシャツを羽織っている。
ボトムスはブルーデニム、足元は白いスニーカーで初夏にぴったりの爽やかコーデだ。
ほどなく緊張した面持ちの未来が2階から降りてきた。
トップスは、ピンク色のオフショルダーニット。
肩を少し大胆に見せるデザインで、胸元には白いレースがあしらわれている。
細い肩紐が、少し大人びた印象を与える。
ボトムスは、爽やかな水色のミニスカート。
裾にはトップスとお揃いの白いレースがついており、ウエストのリボンがきゅっと結ばれていた。
首元には水色のチョーカー、トレードマークのスノーホワイトアッシュのツインテールは、ピンク色のリボンで可愛らしく結んでいた。
いつもの清楚な雰囲気はそのままに、少しだけ背伸びした甘めのデートコーデだ。
「ごめん、祐希兄ちゃん、待った?」
「ううん、少し前に来たところ」
2人が靴を履いていると、2階からさくらが降りてきた。
「あ……おはようございます」
今日のさくらは、白Tシャツにスウェットパンツというラフな格好だ。
「2人でお出かけですか?」
さくらの声のトーンが、心なしか低く感じた。
「未来が友達から映画のチケットもらったから、これから見に行くんだ」
祐希が答えると、未来もこくりと頷いた。
「へぇ……映画ですか、いいですね……」
さくらの表情が一瞬曇ったように見えたが、すぐにいつもの笑顔に変わった。
「いってらっしゃい! 映画、楽しんでくださいね!」
「う、うん。ありがとう。いってきます」
祐希は、さくらの微妙な反応に戸惑いを感じながら、未来と外へ出た。
2人は、柏琳台駅から電車に乗った。
隣に座る未来は、どこか落ち着かない様子だったが、表情は明るかった。
やがて電車は「よこはまみらい駅」へ到着した。
改札を抜け、エスカレーターで地上へ出ると、近未来的な高層ビル群と、青空が目に飛び込んできた。
潮の香りを含んだ風が、未来のツインテールと、ミニスカートの裾を優しく揺らした。
「ここの景色、いつ見てもすごいよね!」
未来は、目を輝かせながら周囲を見回した。
「ホントだ、圧倒されるね」
久しぶりに訪れた「よこはまみらい地区」の街並みに、祐希も高揚感を覚えた。
「レストラン、こっちかな。
少し歩くみたいだね」
祐希が地図アプリで確認すると、未来はこくりと頷いた。
「レストラン、楽しみだね」
2人は、お洒落なショップが並ぶクイーンズスクエアを抜け、目的のレストラン「Patio Verde」へ向かった。
蔦が絡まる洋館の入り口を抜けると、そこは明るい日差しが差し込む、落ち着いた雰囲気の空間だった。
2人は中庭が見える窓際の席に案内される。
「わぁ、素敵なお店ね…」
未来が嬉しそうに「Patio Verde」の店内を見渡す。
メニューブックを開き、祐希は一通り目を通した。
「未来は何にする?」
「うーん、私、Bセットのトマトクリームパスタがいいな。
祐希兄ちゃんは?」
「じゃあ僕は、Aセットのベーコンと彩り野菜のペペロンチーノにしようかな」
ランチセットには、サラダとドリンク、デザートが付いている。
運ばれてきたランチセットは、それぞれ見た目も美しく、味も素晴らしかった。
「美味しいね、このパスタ」
「うん、すごく美味しい!」
少し緊張気味だった未来も、美味しい料理と祐希との他愛のない会話で、次第にリラックスしてきた。
昔住んでいた近所の話や、共通の知人の噂話、未来のバンドの話などをしているうちに、祐希は不思議な感覚にとらわれた。
あれから8年の月日が流れたというのに、まるであの頃に戻ったようだ。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。
コーヒーを飲み終わると、祐希は伝票を手に取った。
「ごちそうさまでした。じゃあ、そろそろ行こうか」
「あ、待って祐希兄ちゃん!
ここは私が払うよ! 映画を誘ったの私だし!」
未来が慌てて財布を取り出した。
「いや、僕の方が年上だし、誘ってくれたお礼だから。
それに、チケット代も払ってないし…」
祐希は、レジに伝票を出すと、キャッシュレス決済で支払った。
「え…あ…もう…払ったの…」
支払いのタイミングを完全に逃した未来だったが、祐希が男らしくスマートに払ってくれたのが、嬉しくもあった。
レストランを出て、5分ほどで「横浜マリンシアター」へ到着すると、既に上映開始10分前だった。
チケットで指定された席は、中央やや上段の見やすい席で、館内はそれほど混んでいなかった。
『六花の奇跡 ~もう一度、君に逢えたなら~』は、評判通りの甘く切ないラブストーリーだった。
離ればなれになった幼馴染が、雪の街で再会し、過去と向き合いながら未来を選んでいく…。
祐希が隣を見ると、未来が静かに涙を拭っていた。
その横顔を見ていると、祐希はほのぼのとした気分になった。
映画が終わり、感動の余韻に浸りながら映画館を出ると、未来が祐希の袖を引っ張った。
「祐希兄ちゃん、少し時間あるかな?
ショッピングモールに寄りたいんだけど…」
「うん、いいよ。
何か買いたい物があるの?」
「ちょっと色々ね…」
未来は、はにかみながら、祐希をショッピングモールへ誘った。
彼女が見たかったのは、服だった。
未来は、悩んだ挙げ句、サマーニットを1枚買った。
次に人気キャラクターのスポーツキャップを買おうかと悩んでいた。
それを見ていた祐希がこう言った。
「そのスポーツキャップ、今日誘ってくれたお礼にプレゼントするよ」
「え、祐希兄ちゃん、そんなの悪いよ…」
「いいよ、僕が未来にプレゼントしたいんだから」
祐希はレジで、スポーツキャップを買って未来にプレゼントした。
「祐希兄ちゃん、ありがとう。
これ、私の宝物にするね」
気づけば、既に午後5時を回っていた。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
柏琳台駅に着き、シェアハウスへと続く道を2人で歩く。
昼間の賑わいとは違う、少し寂しげな夕暮れの空。
未来は、何か言いたげに、何度か口を開きかけては、その都度言葉を飲み込んだ。
その間、祐希は他愛のない話で間を持たせてくれた。
未来は、それに相槌を打つのみ。
彼女の頭の中は、どう告白するかで一杯だった。
(言わなきゃ…。せっかく2人きりになれたんだから…)
祐希兄ちゃんの隣を歩けるのは嬉しい。
でも「妹」的な関係じゃなく、一人の「女性」として見てほしい。
その気持ちを、今日こそ伝えるのだ。
シェアハウスは、もうすぐそこだ。
未来は意を決し、少し前を歩く祐希の背中に声をかけた。
「あの、祐希兄ちゃ――」
その時、シェアハウスの門扉が開き、明日奈が出てきた。
「あら、2人とも、お帰りなさい」
「明日奈さん…ただいま、今ごろどこへ行くんですか?」
祐希が聞いた。
「スーパーへ買い出しに行こうと思ってね…
ほら、この時間に行くと値引きされてて安いのよ」
「へ~、そうなんですか」
祐希は明日奈の意外な一面を見た気がした。
「映画はどうだった? 楽しかった?」
「あ、はい、すごく…いい映画でした…」
未来は、無理やり笑顔を作って答えた。
「とても感動的なラストシーンでしたね」
「そう、それは良かったわね。
それじゃ私、買い物に行ってくるわね」
明日奈は手を振り、スーパーへと歩いて行った。
予想外の明日奈の登場により、告白のタイミングを逸するという、未来にとって、ほろ苦い結末となった。
でもチャンスは、またきっとある。
未来は、そう心の中で呟き、シェアハウスの中へ入っていった。
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