第21話 六花の奇跡
祐希は未来にとって初恋の相手だ。
未来が小学生の頃、隣の家に住んでいた1つ年上の兄のような存在で、いつも未来と遊んでくれた。
優しくて、思いやりがあり、実の兄のように慕っていたが、それはいつの間にか恋心へと変わっていた。
小学校高学年になると、その想いは強くなり、いつか好きだと告白しようと思い始めた。
そんな矢先、親の転職に伴い、東京へ引っ越すことになり、ろくな別れの言葉も言えず、そのまま離れ離れとなってしまったのだ。
あれから、8年が経過したある日、奇跡が起きた。
初恋の相手である祐希が、自分の暮らすシェアハウスの同居人となったのだ。
8年ぶりに再開した祐希は、逞しく成長し、昔のように優しく思いやりがある未来の理想のタイプだった。
未来は、宝くじに当たるよりも稀な出来事に運命的なものを感じ、今度こそ告白しようと心に決めた。
しかし、女子大学生であり、ガールズバンドのドラマー、そしてメイドカフェのアルバイトもこなす多忙な未来にとって、祐希と一緒に過ごせる時間はあまりにも少なかった。
その原因は、自由な時間がないからだ。
平日は大学とバイト先の往復、土日はバイトとバンドの練習と予定が詰まっている。
祐希が入居してから既に10日ほど経つが、一向に距離を縮めることができない。
そこで未来は、時間を作って祐希をデートに誘うことにした。
色々なデートプランを検討した結果、未来が選んだのは、祐希を映画に誘うことだった。
口実はどうしよう…。
そうだ、「急用で映画を見に行けなくなった友達カップルから、eチケットをもらった」ということにすれば、自然に誘えるはずだ。
問題は、どの映画にするかだ。
未来はタブレットで映画情報サイトを開いた。
そこには、話題のアクション大作から、感動のアニメ映画まで、様々な作品が並んでいた。
うーん、やっぱりラブストーリーがいいかな…。
あ、これとか、爽やかで良さそう。
映画のタイトルは……『夏空のフォトグラフ』。
でも、ちょっとベタすぎるかなぁ。
指をスライドさせ、他の作品を探す。
これは音楽系の映画…
タイトルは『ビタースイート・メロディ』か……
バンドの話なら琴葉ちゃんが好きそうだし、友達からもらったって言いやすいかも…。
でも、祐希兄ちゃんはどうかなぁ…
さらに画面をスクロールしていくと、一つのタイトルが未来の目に飛び込んできた。
『六花の奇跡 ~もう一度、君に逢えたなら~』
……六花って、たしか雪の結晶のことだよね。
なんだか、響きが綺麗……
六花の奇跡は、雪降る街で奇跡的に再会した幼馴染の男女を描く、甘く切ないラブストーリーだ。
これって、まるで私と祐希兄ちゃんみたい…
あらすじを読んで、未来の胸はぎゅっと締め付けられた。
離れていた間の想い、再会の奇跡…。
きっと感動するに違いない。
祐希兄ちゃんと一緒に見たい。
でも、これを選んだら、私の気持ち、バレバレじゃないかな…?
さすがに意識しすぎって思われちゃうかも…
未来は1人で顔を赤らめ、ぶんぶんと頭を振った。
ううん、考えすぎ!
これはただの偶然なんだから!
それに、祐希兄ちゃんも、この話なら興味を持ってくれるかもしれないし…
未来は迷った末に、『六花の奇跡』に決めた。
きっと、この映画が止まっていた私と祐希兄ちゃんの時間を動かしてくれるはず。
あとは祐希兄ちゃんを映画に誘うだけ…
大丈夫、ただ、映画に誘うだけなんだから。
自分に言い聞かせると、未来はベッドから立ち上がり、部屋のドアに手をかけた。
祐希兄ちゃん、部屋にいるかな……
未来は意を決して、そっとドアを開け、1階へと続く階段を降りた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
木曜日の夜、祐希は自室のデスクで、大学のレポートに取り組んでいた。
ひと段落ついてコーヒーでも飲もうかと思っていた時、部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
ドアを開けると、そこには未来が緊張した面持ちで立っていた。
頬がほんのり赤い。
「あ、あの……祐希兄ちゃん、今ちょっといいかな?」
「ん?いいけど…どうしたの?」
「えっとね……友達が行けなくなったって、映画のeチケット2枚もらったんだけど……」
未来はスマホで、映画情報サイトの画面を見せた。
「祐希兄ちゃん、もしよかったら、未来と一緒にこれ観に行かない?」
画面に表示されていたタイトルは『六花の奇跡 ~もう一度、君に逢えたなら~』だった。
最近話題の映画で、評判も良く祐希も知っていた。
「この映画、今上映中なんだ…」
「う、うん。それでね、今週の日曜日…午後1時半からなの。
もし、予定が空いてたら……祐希兄ちゃんと行きたいなって…」
未来が不安そうな瞳で祐希を見た。
「琴葉ちゃんは、誘ったの?」
未来は、そこで同じバンドメンバーの名前が出てくるとは思わなかった。
「あ、ああ…琴葉ね、琴葉はその日バイトだから行けないんだって…」
未来は口から出任せを言って誤魔化した。
「そうなんだ…じゃあ予定確認するから、ちょっと待ってね…」
祐希は、スケジュールアプリで予定を確認した。
すると日曜日の予定は無かった。
「大丈夫。予定無いから映画行けるよ」
「本当!?」
祐希が頷くと、不安そうだった未来の瞳がキラキラ輝き、表情が明るくなった。
「そのチケット代、払うよ」
祐希がそう言うと、未来は慌てて首を振った。
「ううん、いいの! 本当にもらったeチケットだから!」
「そっか? じゃあ、ありがたく使わせてもらおうかな」
「うん!」
未来は満面の笑みを浮かべ頷いた。
よほど嬉しかったのだろう。
「場所は横浜マリンシアターか。
ここから40分くらいかな?」
「もしよかったら、映画の前に近くでお昼とか……どうかなって思ってるんだけど?」
未来が緊張気味に提案した。
「そっか、この映画、上映時間2時間半だから、先に昼食とらないと腹減るよな」
「うん、だから11時くらいにここ出るとちょうどいいかなって…」
「そうだな、じゃあ日曜日11時に玄関集合で」
「うん! わかった! じゃあ、おやすみなさい!」
未来は嬉しそうに部屋を出ると、2階への階段を上がった。
そして部屋に戻りドアを閉めると、小さくガッツポーズした。
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