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第16話 月

 その日の夜10時、祐希が自室で課題をこなしていると、スマホが鳴った。

 それは高校3年生の妹、(あかり)からの電話だった。


 栗色のロングヘアに、ぱっちりとした大きな瞳。

 アイドルと見間違うほどの愛らしい妹は、幼い頃から「お兄ちゃんのお嫁さんになる」が口癖の、筋金入りのブラコンだった。

 同級生からの告白は片端から断り、休日は決まって祐希にまとわりついて離れない――両親が呆れるほど兄に懐いて育った妹である。

 祐希が神奈川の大学に進学してからは離れて暮らしているが、週に1度は欠かさず電話をかけてくる。

 今夜のこの時間に鳴ったということは、恐らく両親からアパートが火事になった話を聞いて心配になったのだろう。


「もしもし……(あかり)……」


「お兄ちゃん、今話しても大丈夫?」


 電話の向こうから、やや緊張気味の妹の声が聞こえた。


「どうしたんだ、こんな時間に」


「お兄ちゃんの声が聞きたくなって電話したの……」


「ホントか?」


「へへ~、そう言われると嬉しいでしょ」


「まあ、確かに嬉しいかな……」


 祐希は、妹のストレートな言葉に照れた。

 離れて暮らすようになってから、(あかり)のブラコンには、ますます拍車がかかっているようだ。


「お兄ちゃん、火事、たいへんだったね……」


「ホント、ツイてないよ、(あかり)、心配してくれてありがとな……」


「2人きりの兄妹(きょうだい)なんだから、心配するの当たり前よ。

 それより、お兄ちゃん、何か困ったことない?」

 

「そうだなぁ、部屋は明日奈さんの所に決まったからいいけど……

 服や教科書なんかも全部燃えちゃって、少しずつ買わなきゃならないことかな」


「そっか~、大変だね。

 ところで、お兄ちゃん、そこってシェアハウスなんだよね」


 このシェアハウスに住むことは、両親に報告したので、(あかり)もそれを聞いたのだろう。


「そうだよ……」


「シェアハウスって……トイレとかお風呂とか、リビングも共用なんでしょ。

 てことはさ、ご飯とか、他の住人と同じところで食べるんでしょ?

 他にどんな人が住んでるの?」


 (あかり)は、明日奈のシェアハウスに興味津々といった様子だ。


「ん~、1階は僕と明日奈さんだけで、あと2階は全員女性かな」


「えっ!他の住人は、全員女子っていうこと!?

 ちょっと、お兄ちゃん、変なコトしてないでしょうね……?」


「な、何言ってるんだよ、(あかり)……

 明日奈さんの好意で住まわせてもらってるんだから、そんなことするわけないだろ!」


「ならいいんだけど……

 ところでさぁ、お兄ちゃんに1つお願いがあるんだ……」


「お願い……どんな?」


「ほら、私、お兄ちゃんと同じ星城大学を目指してるの知ってるでしょ……

 それで、7月にオープンキャンパス、あるじゃん。

 (あかり)、それに行ってみたいから、お兄ちゃんの部屋に泊めてほしいな~って、思ってさ……」


「泊めるっていったって……ここ、シェアハウスだぞ……

 妹とはいえ、僕の部屋に女子を泊めるのは、さすがにまずいだろ……

 (あかり)、ホテルに泊まれよ。

 近くのホテル探してやるからさ……

 それくらいの金、父さんが出してくれるよ」


「お兄ちゃん……可愛い妹を1人でホテルに泊まらせるつもり?

 ホテルって、タダじゃないんだよ」


 可愛らしい声色だが、こうなった(あかり)は梃子でも動かないことを、祐希は経験上よく知っている。


「うちは裕福じゃないんだから、少しでも宿泊費を浮かせて家計を助けたいの……

 それに、お兄ちゃんがどんな所に住んでるのか、(あかり)見てみたいし……

 久しぶりに明日奈さんとも、会いたいしさ。

 だから、お願い! どうしてもそのシェアハウスに泊まりたいの!」


「そう言われてもなぁ」


 (あかり)の言い分も分からなくはない。

 祐希は他にいい方法がないか考えてみたが、何も思い浮かばなかった。


「とりあえず明日奈さんに相談してみるよ。(あかり)をこの部屋に泊めていいか、許可を得ないと何とも言えないから」


「絶対許可もらってよね!

 お兄ちゃんと同じ大学に行くための、大事な下見なんだから!」


「はいはい、分かりました。

 それより、お前こそ、うちの大学受かる自信あるのか?」


「失礼しちゃうな!

 私はいつもテストでトップ10以内だし、先生からも問題ないって言われてるんだから!

 ……それじゃあ、良い返事待ってるからね。 おやすみ!」


 一方的に電話を切った妹に、祐希は溜息をつき、スマホを置いた。


 それからすぐに祐希は明日奈の許可を得るため、ラウンジへ向かった。

 明日奈はバーカウンターでノンアルコールドリンクを飲みながら本を読んでいた。


「明日奈さん、今ちょっと時間いいですか?」


「あら、祐希くん。どうしたの?」


 祐希はバーカウンターの隣の席に腰掛けると、月から電話があった事情を切り出した。

「実は7月に(あかり)がうちの大学のオープンキャンパスに来るんですけど、その時、僕の部屋に泊めてほしいって……

 たとえ妹でも、同じ部屋に女子を泊めるのは、シェアハウス的にまずいですよね?」


「そうねぇ、妹でも女の子だから祐希くんの部屋は、ちょっとまずいかな」


「やっぱり、そうですよね。(あかり)にホテルを探すように言ってみます」


「ううん、そうじゃなくて……

 (あかり)ちゃん、私の部屋に泊まればいいじゃない。

 来客用の布団もあるし……」


「え、いいんですか!?

 そうしてもらえると助かります!」


「なに水臭いこと言ってるのよ。

 私と(あかり)ちゃんは、血は繋がっていなくても姉妹だよ……」


「まあ、そうなんですけど、(あかり)がこのシェアハウスを見たら、自分もここに住みたいって言うんじゃないかと思って……」


「なるほどね……

 それはその時に空きがあれば考えましょ」


「明日奈さん、何から何まで、ホントにありがとうございます」


「早いものね~、(あかり)ちゃんも、来年は大学生か……

 私が最後に会ったのは、中学2年の頃だったかしら?

 きっと、美人さんになったんでしょうね。

 久しぶりに会えるの、今から楽しみだわ」


 明日奈の温かい言葉に、祐希は心から感謝した。

 これでひとまず、妹にいい返事ができそうだ。

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