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第149話 バレンタインデート(1)

 2月14日(土曜日)。

 今日は祐希とさくらの正式交際後の初デートだ。

 ヴィーナス・ラウンジの玄関でさくらを待つ祐希に、2階から階段を下りてくる控えめな足音が聞こえてきた。


「お待たせしました、祐希さん」


 アイボリーのノーカラーロングコートに、淡いピンクとグレーのチェック柄ツイードスカート。

 綺麗にセットされたハーフアップの耳元では、以前祐希が贈った『イルカのイヤリング』が揺れている。

 さくらが上品なブラウンのショートブーツに足を入れると、特別な日のためのコーディネートが完成した。


 自分とのデートのために特別におめかししてくれた彼女の姿が、祐希の(ハート)を強烈に打ち抜いた。


「ううん、僕も今来たところ。

 ……今日のさくら、すごく可愛いよ」


「……っ、ありがとうございます……」


 さくらは頬を染め、恥ずかしそうにうつむいた。


「じゃあ、行ってきます」


「は~い、行ってらっしゃい。

 運転、気をつけてね」


 ラウンジでテレビを見ていた明日奈と怜奈が、2人を微笑ましく見送った。


 祐希の運転するミニバンに乗り込むと、密室となった車内に、さくらの甘いシャンプーと微かな香水の香りが漂った。


「なんだか不思議ですね。

 こうして祐希さんの隣に2人っきりで乗ると、少しドキドキします」


「僕も同じだよ……さくら」


 祐希もさくらが自分の彼女なんだという実感を噛み締め、ハンドルを握る手にじわりと汗がにじんだ。

 車内を満たす初々しい緊張感と、時折交わす他愛のない会話。

 祐希は、視線を横へ滑らせるたびに、さくらの圧倒的な美しさに息を呑んだ。

 週末の穏やかな日差しを浴びながら、カーステレオから流れる音楽と共に、車は順調に横浜方面へと走り抜けていった。

 午前11時、祐希の運転する車は「よこはまみらい地区」の大型ショッピングモールにある地下駐車場へと滑り込んだ。


「ここからは歩きになるけど、寒くない?」


「はい、大丈夫です!

 それより、今日はどこへ連れていってもらえるか、今から楽しみです」


「今日のデートコースには、自信あるから任せて!」


 祐希は、さくらの手を取り『恋人繋ぎ』で駐車場のエレベーターに乗り込んだ。

 華やかなショッピングモールを抜け、2人は海が見渡せるお洒落なイタリアンレストランに入ると、窓際の席へと案内された。

 窓の外には抜けるような青空と、陽光を反射して煌めく海が広がり、その鮮やかなコントラストが見事だった。

 ホールスタッフから渡されたメニューを開き、2人は顔を寄せ合ってメニューを眺めた。


「どれも美味しそうで迷っちゃいますね……

 祐希さんは何にしますか?」


「うーん、せっかくだし、前菜とパスタが選べるランチコースにしようかな。

 違う種類を頼んで、少しシェアするのもいいし」


「あ、それいいですね!」


 悩んだ末、2人は注文を決めた。

 さくらは『帆立のカルパッチョ』と『渡り蟹の濃厚トマトクリームパスタ』。

 祐希は『生ハムとリコッタチーズの前菜』と『アサリと冬野菜のボンゴレビアンコ』を注文した。


 料理を待つ間、テーブルを挟んで向かい合った2人は、今月末に迫った沖縄旅行の話題に花を咲かせた。

 幹事を任されている祐希が、スマホを見ながらスケジュールを説明する。


「初日は、朝8時15分の飛行機で羽田から石垣空港に飛ぶ予定だから、シェアハウスを5時に出発しなければ間に合わないんだ」


「え、そうなんですか……早起き、頑張ります!」


「石垣空港からは、マイクロバスに乗って川平湾という景勝地に行く予定だよ。

 川平湾は、エメラルドグリーンのグラデーションを描く海と、真っ白な砂浜が綺麗な、この世の楽園のような場所で、そこで海の中のサンゴや熱帯魚を見られるよ」


「へ~、海に潜らなくても熱帯魚が見られるんですね」


「そう、お昼は車海老を贅沢に使った八重山そばが食べられる店に行くよ」


「車海老の八重山そば!? すごく美味しそう!」


 さくらはぱっと目を輝かせ、嬉しそうに頷いた。


「その後、フェリーで小浜島に渡って『てぃんがーら』っていうリゾートホテルに泊まるよ。

 ちなみに『てぃんがーら』は、『天の川』っていう意味で、『てぃん(天)』」と『がーら(川)』という沖縄方言が組み合わさってできた言葉なんだ」


「へ~、なんか素敵な響きですね」


「うん、そこは全室オーシャンビューで、専用テラスもついた58平米もある部屋なんだ。

 今回の部屋割りは、いろいろ悩んだけど、さくらは沙織と同じ部屋にしたよ。

 男は僕だけだから一人部屋」


「……オーシャンビューということは、海が見えるんですか?

 沖縄の海って綺麗なんでしょうね!」


「小浜島には珊瑚礁があるから、海の色はエメラルドグリーンやコバルトブルーだよ。

 2日目は竹富島で水牛車に乗って、星の砂を探したりして、最終日は石垣牛のハンバーガーを食べて帰ってくる予定だよ」


「水牛に星の砂ですか……!

 私、沖縄に行くの初めてだから、今から楽しみです」


「僕も沖縄は初めてだけど、しっかり予習して、みんなをアテンドするよ」


 満面の笑みで喜ぶさくらを見て、祐希も準備の苦労が報われる思いだった。

 そんな楽しい会話で盛り上がっていると、店員が美味しそうな前菜のプレートを運んできた。


 さくらの『帆立のカルパッチョ』は瑞々しい香味野菜に彩られて真珠のような光沢を放ち、祐希の『生ハムとリコッタチーズの前菜』は、若草色のベビーリーフの上に、雪のような白さと鮮やかな紅を添えていた。

 色鮮やかな前菜をつつきながら、さくらが満足そうに微笑んだ。


「……お野菜が甘いです、それに見た目も綺麗!」


 彩り豊かな一皿を楽しみながら、2人は沖縄旅行の具体的なスケジュールについて言葉を交わした。

 やがてテーブルには、芳醇な海の香りが立ち上るパスタが届けられた。


 さくらの前には、殻ごと添えられた蟹の旨味がソースに溶け込む『渡り蟹の濃厚トマトクリームパスタ』。

 祐希の手元には、大ぶりのアサリと旬の緑が鮮やかな『冬野菜のボンゴレビアンコ』。

 湯気の向こうで「美味しいですね!」と目を細め、幸せそうに頬を緩める彼女の姿は、どんな洗練された一皿よりも祐希の視線を惹きつけて離さない。


 祐希は、絶品イタリアンランチと超絶美少女が自分だけのために見せる屈託のない笑顔に、お腹も心も満たされた。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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