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第148話 交際宣言

 2月1日(日曜日)午後6時。

 ヴィーナス・ラウンジには、退去を控えた瑞希、未来(みく)、琴葉を含む、シェアハウスの全住人が集まり、センターテーブルを囲んでいた。

 テーブルの上には、居酒屋『百花繚乱』のホームデリバリーを利用して取り寄せた寿司とオードブルが並んでいた。


「ねえ、里緒奈さん、今日って、何のお祝いなんですか?」


 朱音が小声で聞いた。


「多分、祐希とさくらちゃんが正式交際するお祝いで、明日奈さんが奮発したんだと思うよ……」


「やっぱり、そうなんだ……

 明日奈さん、優しいなぁ~」


 冷蔵庫からビールとスパークリングワインを持ってきた明日奈が席に着き、それぞれのグラスに飲み物が注がれた。

「さあみんな、今日は祐希くんとさくらちゃんが正式に交際することになったお祝いよ!

 まずは主役の2人に挨拶してもらいましょう」


 広々としたラウンジの中央で、祐希は隣に立つさくらの手を取り、真剣な表情で話し始めた。


「みんな、改めて報告させてください。

 僕とさくらは今日から正式に交際を始めます。

 ストーカー襲撃事件では、みんなにたくさん心配かけたし、これまで本当に色々なことがあったけど……

 どんな苦難があっても、僕はさくらを守り抜くと心に決めました。

 ここまで来られたのは、みんなの支えがあったからです。

 本当にありがとう」


 さくらは祐希の隣で頬を染めながらも、しっかりとした声で言葉を紡いだ。


「私と祐希さんは、今日から正式にお付き合いすることになりました。

 ……これからも温かく見守っていただけると嬉しいです」


 その言葉に、ラウンジは割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。

 しかし、その中で未来(みく)だけは、その祝福の輪に加わらず、俯いて唇を噛み締めた。

 その隣にいた琴葉が優しく未来の肩を叩いた。


「おめでとう、先輩、さくらさん!

 しっかり掴まえておかないと私が奪っちゃうからね」


 沙織が不敵な笑みを浮かべながら祝福した。


「祐希くん、さくらちゃん。本当におめでとう」


 誰よりも優しい笑顔で2人を祝福したのは、明日奈だった。


 そして、明日奈の「乾杯!」という掛け声とともに、賑やかな宴会が始まった。

 グラスが合わさる音、楽しそうな笑い声。

 祐希の隣で幸せそうに笑うさくらの姿を見つめながら、明日奈は手元のウーロン茶をそっと口に含んだ。


(よかった……本当に、よかった)


 祐希は、さくらの父・賢吾の出した厳しい条件を見事にクリアし、ようやく交際の許可を得たのだ。

 彼らの未来を壊さないためにも、自分が身籠った『祐希の子』のことは、絶対に秘密にする。

 明日奈は改めて、その重い決意を胸に刻み込んだ。


 しかし――その時だった。


「さくらちゃん、この唐揚げ美味しいよ!

 明日奈さんも食べます?」


 里緒奈が唐揚げを明日奈の皿に置いた瞬間、彼女の鼻腔を強烈な油の匂いが直撃した。

 さらに、隣で怜奈が飲んでいる缶チューハイの匂いが混ざり合い、胃袋の底から強烈な不快感が込み上げてきた。


(うっ……!)


 突然の激しい吐き気に、明日奈は思わず口元を手で覆った。

 顔面からサァッと血の気が引き、冷や汗が吹き出す。

 妊娠初期の『つわり』が、最悪のタイミングで明日奈を襲った。


「明日奈さん? 大丈夫ですか?」


 異変に気づいたさくらが心配そうに声を掛けるが、明日奈は首を横に振るのが精一杯だった。


「ご、ごめんなさい……ちょっと、お手洗い……ッ!」


 明日奈は口元を押さえながら立ち上がると、足早にラウンジの洗面所へと駆け込んだ。

 便器の前に崩れ落ち、何度も激しくえずいた。

 胃の中は空っぽなのに、吐き気だけが容赦なく波のように押し寄せてくる。


「ハァ……ッ、ハァ……ッ、どうして……どうして、今なの……」


 涙目で荒い息を吐きながら、明日奈は震える手でお腹をさすった。


 コンコン、と控えめなノックの音が響いた。


「明日奈さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、沙織の声だった。


「だ、大丈夫よ……!

 ちょっと胃の調子が悪いみたい……

 少し休めば治ると思うから……」


 明日奈は声を振り絞り、平常心を装って答えた。


「そうですか……それならいいんですけど。

 無理しないでくださいね」


 沙織の足音が遠ざかっていくのを確認し、明日奈は冷たい洗面台のシンクに手をついた。

 鏡に映る自分の顔は、青白かった。

 これから数ヶ月続くであろうつわりを、女子たちの目を誤魔化しながら、果たしていつまで隠し通せるのか。


 賑やかな声が響く扉の向こう側と、暗いトイレの中で一人吐き気に苦しむ自分。

 明日奈は、底知れぬ絶望感に襲われていた。

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