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第147話 11号室の住人

 1月30日(金曜日)午後2時過ぎ、ヴィーナス・ラウンジの門扉(ゲート)に設置されたインターホンが押された。

 オーナー室で寛いでいた明日奈のスマートフォンからチャイムの音が聞こえ、来訪者の到来を告げた。

 最新のセキュリティシステムと連動したスマホには、門扉(ゲート)の前で待つ意外な人物が映し出された。


「はい、今ゲートを開けますので、中へお入りください」


 明日奈はスマホでゲートのロックを解除すると、すぐさま玄関へと向かい、ドアを開けて来訪者を出迎えた。


「こんにちは、明日奈さん。

 突然の訪問、お許しください」


 高品質なカシミヤのコートを優雅に羽織り、上品な微笑みを浮かべる美女――それは星ヶ丘警察署の一ノ瀬杏奈警部補だった。

 彼女は、ストーカー襲撃事件で犯人グループの捜査を統括した『女傑刑事』である。


「一ノ瀬刑事……! 今日はどうされました?」


「はい、明日奈さんに折り入ってお願いがありまして……」


「お願いですか……立ち話もなんですから、中へどうぞ」


 明日奈は杏奈をラウンジへ招き入れ、淹れたてのコーヒーを彼女の前に置くと向かいの席に座った。


「それで……お話って何でしょう?」


「はい、では単刀直入に申し上げます。

 今、このシェアハウスに、空きはありますでしょうか?」


 杏奈の唐突な質問に、明日奈は目を丸くした。


「空き部屋……ですか……?

 あるにはありますが……それが何か……」


「そうですか。では、そこに私を住まわせて下さい」


「ちょ、ちょっと待ってください。

 実は、このシェアハウスには入居条件がありまして、入居できるのは25歳までなんです。

 失礼ですが、一ノ瀬さんはお幾つでいらっしゃいますか?」


「私ですか? 私は30歳ですが……

 なるほど……年齢制限があるのですね……

 実は私、実年齢より若く見られることが多いんです。

 だから、25歳ということにしていただけませんか?」


 確かに彼女は年齢よりも若く見えるし、モデルのようなスタイルと若々しい美貌を持っている。

 知らない人が見たら、25歳と言われても信じてしまうかもしれない。


「そ、それは、さすがに無理があるのでは……」


 明日奈が思わずツッコミを入れると、杏奈は真剣な表情で、声をひそめて明日奈に囁いた。


「実は……これは捜査の一環なのです」


「え……? 捜査の一環……?

 それは、どういうことですか?」


「申し訳ありません。

 守秘義務があるので、これ以上詳しいことはお伝えできないのですが……

 例のストーカー暴行事件と関係ありまして……」


「え、あの事件は、犯人が逮捕されて解決したんじゃないんですか?」


「確かに……犯人は逮捕しましたが、厄介な火種が残ってまして……」


 一ノ瀬刑事は、奥歯にモノが挟まったような言い方をした。


「その件と、一ノ瀬さんがこのシェアハウスに住むことと、いったい何の関係があるんですか?

 私が理解できるように、お話しいただけないでしょうか?」


「そ、それは……」


 杏奈は、腕組みしたまま、唸り始めた。

 やがて意を決したように頷くと、静かに口を開いた。


「分かりました……お話しましょう。

 ただし、これからお話する内容は極秘事項ですので、口外しないと約束してください」


 一ノ瀬刑事が明日奈に話したのは下記のような内容だった。

 それは、先日逮捕したストーカー集団を取り調べる中で、メンバーは彼ら以外にも数人いるということ。

 4人で襲撃して、祐希一人に返り討ちにされたことに対し、逆恨みしているらしいこと。

 他のメンバーが、祐希やシェアハウスを襲撃する可能性があること。

 一ノ瀬刑事は、真剣な表情で明日奈に語った。


「えっ……襲撃!?」


「あくまで可能性の話ですが、私は万が一に備える必要があると考えているのです。

 ですから、私がこのシェアハウスに住んで、その兆候を見極めたいと考えているのです。

 言わば、これは『潜入捜査』の一環です」


「なるほど……状況は分かりました。

 それでは、

特別に制限を緩和して入居を許可させていただきます」 


「ご協力に感謝いたします。

 なお……私がシェアハウスに住むのは、あくまで個人的な事情で住むということを、念の為申し上げておきます」


 つまり、このことは、警察が組織として決めたことではなく、杏奈の個人的な判断で入居するということだ。


「さきほど仰った襲撃の可能性があるということは、当事者である、祐希くんだけには伝えた方が良いと思うんです。

 心構えがあるのとないのでは、周りへの対応が違ってくると思うんです」


「そうですね。彼は当事者ですから知っておいた方がよいでしょう。

 ただし、それ以外の住人には秘密にしておいて下さい」


「分かりました。

 祐希くんにそのように伝えておきます。

 では、入居条件の説明の前に、部屋をお見せしますね」


「お願いします」


 明日奈は、一ノ瀬刑事を2階へ案内した。

 彼女は、11号室の鍵を開け、真新しい内装と家具の匂いがする室内へ一ノ瀬刑事を招き入れた。


「ここは、数日前に改装が終わったばかりの新しい部屋でして16畳あります。

 他の部屋は12畳ですので、それに比べるとかなり広いです」


「これはまた、随分と広い部屋ですね……

 これだけ広ければ、機材を持ち込んでも大丈夫そうだ……」


「機材……ですか?」


「このシェアハウスには、防犯用の監視カメラが設置されてますよね?

 恐らく、ビデオレコーダーに常時録画されていると思うんですが、その情報をAIに解析させて不審者を洗い出そうと思っているのです」


「え……そんなことができるんですか?」


「はい、実は今、星城大学の吉永教授が開発されたAI画像解析システムの実証試験を行っているのです。

 その試験を兼ねて、監視カメラの画像を解析させてもらいたいと考えています」

 このシェアハウスには監視カメラは何台設置されていますか?」


「4Kカメラが全部で8台設置されてます」


「ほう、4Kが8台ですか、それは助かります。

 パソコンやモニターを数セット持ち込みたいので、できれば、この部屋をお借りしたいのですが可能でしょうか?」


「実は、この部屋は、祐希くんの妹の(あかり)ちゃんが入居する予定だったんです。

 彼女には、他の部屋に変更してもらいますので、一ノ瀬さんはこの部屋をお使い下さい」


「ありがとうございます」


 こうして、11号室に一ノ瀬杏奈の入居が決まった。

 ちなみに彼女は名家の生まれで、今まで都内の一等地にある広大な屋敷で暮らしていたが、実家を出て一人暮らしするのは、今回が初めてであることは内緒である。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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