第146話 7号室の新たな住人
1月24日(土曜日)。
週末の昼下がり、シェアハウスのラウンジに、沙織が1人の女性を連れてきた。
「明日奈さん、先輩。
シェアハウスの入居希望者を連れてきましたよ」
沙織と一緒にラウンジに入ってきた女性を見て、祐希は心臓が止まるほど驚いた。
「澪……」
「明日奈さん、篠宮先輩、こんにちは。
お邪魔します」
澪は明日奈と祐希に丁寧にお辞儀した。
「あら……あなた、確か星野さんよね? 」
明日奈は先月、カフェバレンシアで行われた合同クリスマスパーティーの時に会った澪のことを覚えていた。
「はい! その節はありがとうございました。
私、あの時、抽選会で商品券2万円分が当たったんです」
「そうだったわねえ……覚えてるわ。
星野さんって、見るからにくじ運が良さそうだもんね」
「はい、そうなんです。
私、生まれつき、くじ運だけはいいみたいなんです」
「へ~、そうなんだ……
どこかの男子とは大違いね」
そう言って、明日奈はチラリと祐希を見た。
「改めて自己紹介させて下さい。
私、聖晶学園女子大学2年の、星野澪と申します」
「あらあら、丁寧な挨拶、ありがとう」
「沙織さんから、とても素敵なシェアハウスだって聞いていたんですけど、本当にお洒落ですね」
「なるほど……このシェアハウスを気に入ってくれたのね」
「はい、沙織さんから、空き部屋が出るから住んでみないって誘われたんです」
澪は、清楚な白のブラウスに身を包み、腰までの栗色のウエーブヘアに可憐な笑みを浮かべている。
だが、彼女は、単なるカフェのバイトではなかった。
彼女のもうひとつの顔は、現役女子大生AV女優『志生野美帆』だ。
そして何より、クリスマスの夜、祐希にその正体を知られ、口封じとして店のトイレでオーラル奉仕に及んだ危険人物だ。
(な、なんで澪がここに……ッ!)
祐希は冷汗が背中を伝うのを感じた。
そんな曰く付きの女性を、同じシェアハウスに住まわせるわけにはいかない。
「本人を目の前にして言い辛いことだけど、待機中の入居希望者もいるはずだから、その中から公平に面接で決めるのがルールだ。
沙織も、その手順を踏んで入居しただろ?
だから、正式な手続きを踏んで応募すべきだと思うな」
祐希は正論を唱えた。
「えっ? どうしてですか、先輩。
澪さん、聖女の学生で成績も優秀だし、カフェの仕事もすごく真面目ですよ」
沙織が不思議そうに首を傾げる。
「そ、それはそうだけど……!
他の入居希望者の手前もあるから、公平に面接してから決めるのが筋だろ」
「面接するのは理解できますけど……待機中の入居希望者って何人いるんですか?」
その問いに明日奈が答えた。
「大丈夫よ、まだ不動産会社に募集かけてないから……
それに、今は待機中の入居希望者はいないし……」
「え、そうなんだ……」
「星野さん、身元もしっかりしてそうだし、沙織ちゃんの紹介なら安心ね。
2月末にちょうど7号室が空く予定だから、そこはどうかしら?」
「えっ!? あ、明日奈さん!
面接なしで入居を決めていいの!?」
慌てる祐希を余所に、明日奈は微笑みながら言葉を続けた。
「募集かける手間が省けるから、いいんじゃない?
それに礼儀正しくて成績優秀で美人だもの……
それだけで、もう合格よ」
「まあ、オーナーがOKだったら、僕はこれ以上口出ししないよ」
「じゃあ、決まりね……
せっかく来てくれたんだもの、お部屋も見たいわよね。
……沙織ちゃん、悪いけど星野さんに、あなたのお部屋も見せてあげてくれない?」
「分かりました! 澪さん、行きましょ!
私の部屋、6号室だから」
「え、いいの? ありがとう、沙織さん」
沙織は澪と一緒に2階への階段を上がった。
中央部分が共用スペースで、それを取り囲むように廊下があり、その外周にそれぞれの個室のドアが並んでいた。
沙織は、共用部分の浴室・トイレ・洗面所・ランドリースペースを澪に見せた後、廊下の左奥にある6号室のドアを開けた。
「ここが私の部屋。どの部屋も広さは12畳よ」
「わぁ……! ひとり暮らしには十分すぎるくらい広いね。それに沙織ちゃんの部屋、すごくお洒落……」
そこは、落ち着いたトーンで統一され、機能的な家具が配置された整然とした空間だった。
モデルルームのように奇麗で、ほのかに沙織の愛用する香水の香りが漂っている。
「私、あまり物を置かないようにしてるから……
澪さんの部屋は、私の隣の7号室になると思うわ」
「沙織ちゃんの隣の部屋で良かった! ふふっ、ここで生活するのが、今から楽しみ……」
澪は部屋の隅々まで興味深げに眺めながら、窓からの景色やクローゼットの広さを確認した。
その姿は、どこからどう見ても、新しい生活に胸を膨らませる純粋な女子大生そのものだった。
部屋の見学を終えた澪は1階へ下り、ラウンジで家賃や入居条件の説明を受けることとなった。
「星野さん、部屋は気に入ってもらえたかしら……
もし入居の意思があるなら、詳しい入居条件やルールを説明するけど……どうかしら?」
「はい、お願いします」
明日奈は、「ヴィーナス・ラウンジ入居案内」と書かれた資料を澪に渡した。
「入居資格は18歳から25歳までで、契約は1年更新よ。
それと、うちは2ヶ月に1度、住人参加のイベントがあるの。
このイベントに2回連続で欠席すると翌年の契約更新はできないから気をつけてね」
「え、イベントがあるんですか?……」
「そうよ、キャンプに行ったり、温泉に行ったり、来月はみんなで石垣島に旅行に行くのよ」
「え、旅行もあるんですか、すごいですね」
「そう、半分は私の趣味みたいなものだけどね……
次にセキュリティについて説明するわ……
玄関はICカードキーと顔認証の2重ロックになってるから安心よ」
「へ~、厳重なんですね。それは安心です」
「それから、1階は共有スペースの他は私と祐希くんの部屋だけ、2階は女子専用フロアと完全に分かれているの」
明日奈は少し声を潜め、真剣な眼差しになった。
「2階への男性の立ち入りは絶対に禁止よ。
……ただし、祐希くんはこのシェアハウスの『管理人』だから、特例として2階への立ち入りを許可しているの。
ただし、設備の修理や点検がある時だけね」
「え、祐希さんって、管理人さんだったんですか?」
「ええ。だから何か困ったことがあったら、遠慮なく彼に相談して」
「分かりました……!」
「詳しいことは、この入居案内に書かれているから、あとで読んでね。
説明は以上だけど、澪さん入居するっていうことでいいかしら……」
「はい、ぜひお願いします!」
澪の弾むような声が、リビングに響き渡る。
「それじゃ、これで契約成立ね。
契約書類は作成して送るから、入居日までに印鑑を押して返却してね」
「はい……お世話になりますが、どうぞよろしくお願いします」
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