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第143話 月の覚悟

 1月13日(火曜日)。

 バイトから帰った祐希は、カフェ・バレンシアのマスター特製賄い弁当を、ラウンジでさくらと沙織の3人で食べ、温かいお茶で一息ついた。


 夜10時半を回った頃。

 祐希は自室に戻り、ソファに腰を下ろしてスマートフォンを手に取った。

 通話先は、札幌の実家で暮らす妹の(あかり)だ。

 コール音が数回鳴った後、元気な(あかり)の声が耳に届いた。


「もしもし、お兄ちゃん!

 こんな時間にどうしたの?

 あ、もしかして……(あかり)の声が聞きたくなったんでしょ」


「バカ言うな……今日は(あかり)に話があって電話したんだ」


「もぉ~、お兄ちゃんたら、変なところにバカ正直なんだから……

 そこは、『よく分かったな、(あかり)の声が聞きたかったんだ』って言うのが正解でしょ」


 掛け合い漫才のようなリアクションを要求する妹に呆れながら、祐希は話を変えた。


「ところで(あかり)、もうすぐ入試だけど、準備は大丈夫か?」


「大丈夫……そんなの余裕だよ。

 私、お兄ちゃんの妹だよ……対策だってバッチリなんだから」


 電話越しの(あかり)は、自信満々に言った。

 しかし、すぐに声のトーンが変わった。


「ところで……今日は何の用?

 受験生を励ますために、わざわざ電話してきたんじゃないでしょ?」


 勘の鋭い妹に苦笑しつつ、祐希は本題に入った。


「実は……さくらのお父さんが、条件付きで交際を認めるって言ってくれたんだ」


「えっ……ホントに!?

 やったじゃん、お兄ちゃんおめでとう……」


「ありがとう……(あかり)


「それで、その条件っていうのは何なの?」


「それは……僕に好意を寄せる女の子たちと、きちんと一線を引くこと。

 ……だから、(あかり)の気持ちには、もう応えられないんだ」


 祐希がそう告げると、電話の向こうで、しばし沈黙が流れた。


「……なるほどね、そういうことか……」


「でもね、お兄ちゃん、『一人の恋する乙女』としては、納得できないかな……

 私、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだって、ずっと思ってたから……

 自分の気持ちに嘘はつけないよ」


(あかり)……」


「さくら姉さんとの正式交際は認めるし、祝福もしてあげる。

 ……でもね、私は絶対に諦めたりしないよ……

 それに、私はお兄ちゃんの実の妹なんだからね。

 この縁は一生切れないって言ったのお兄ちゃんでしょ」


「おいおい……僕の話、聞いてたか?」


「もちろん聞いてたよ!

 でも……3月から同じ屋根の下に住むんだよ。

 ようやく、さくら姉さんと同じスタートラインに立てるんだから!

 今は、周回遅れかも知れないけど、私全力で追いかけるよ……」


(あかり)……」


「それに、人生何が起きるかわからないんだから……

 もしかしたら、お兄ちゃんとさくら姉さんが、そのうち別れないとも限らないしね」


 相変わらずの強烈なブラコンぶりに、祐希は頭を抱えた。


「とにかく、(あかり)には言ったからな!

 さくらと僕を困らせるようなことはするんじゃないぞ!」


「はいはい、分かりました、お兄様」


「そういえば……来週から2階のリビング、(あかり)の部屋に改装する工事が始まるぞ」


 祐希がそう告げると、(あかり)は歓声を上げた。


「やったぁ! 春からいよいよ同じシェアハウスに住むんだね。

 ……ふふっ、覚悟しておいてよ、お兄ちゃん……

 彼女の座は、とりあえずさくら姉さんに譲るけど、妹としての権利は、最大限に行使させてもらいますからね」


「なんか、先が思いやられるなあ……

 ところで、2月末から瑞希さんがそっちで下宿するけど、受け入れ準備はどんな感じだ?」


 札幌転勤が決まった瑞希は、2月末にシェアハウスを退去して祐希の実家に下宿する予定だが、篠宮家のどの部屋を割り当てるのか聞いていなかったのだ。


「あれ、お父さんから聞いてない?

 大希(だいき)兄ちゃんが使ってた空き部屋を使ってもらうみたいだよ。

 日曜日に2人で大掃除してたから……」


 大希は祐希と(あかり)の兄であり、明日奈の亡夫であるが、5年前に不慮の事故で亡くなり、今は空き部屋となっている部屋を瑞希に使ってもらうということだ。


「やっぱりそうか……

 僕と(あかり)は長期休みに帰郷するから、部屋はそのままにして大希兄(だいきあに)の部屋を使ってもらうということだな……」


「お父さんとお母さん、楽しみにしてたよ。

 どんな人が来るんだろうねぇって……だから私が美人で性格が良いお姉さんタイプの人だよって言っておいた」


「ん~、美人のお姉さんってのは合ってるけど、性格は……どうかな。

 酔ったら性格変わるから要注意だって、2人に言っといて……」


「え、そうなの?

 分かった、そのまま伝えておくね」


「じゃあ、そろそろ電話切るな

 (あかり)、入試近いんだから風邪引くなよ」


「分かってますって、誰かさんみたいな失敗はしませんから……」


 それは、インフルエンザで大学受験できなかった祐希への明らかな当てつけだった。

 通話が切れた後も、祐希はスマートフォンを見つめたまま深く息を吐き出した。

 沙織に続き、(あかり)からも叩きつけられた宣戦布告。

 春からのシェアハウス生活が、さらに波乱に満ちたものになることは間違いなかった。

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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