第142話 沙織との約束
1月12日、月曜日。
その日の昼休み、祐希は星城大学構内の空き教室に沙織を呼び出した。
「先輩……何ですか、大事な話って?」
ピンクの細縁の丸眼鏡に、長い髪を三つ編みにした地味な姿の沙織は、祐希と向かい合っても特に驚いた様子を見せなかった。
「沙織、もう知っていると思うが、2月1日からさくらと正式に交際することになった」
「そうですか……おめでとうございます」
沙織は、祐希から目を逸らし、感情を見せずにそう言った。
「だから……申し訳ないが、沙織と付き合うことはできない」
祐希が通告すると、彼女は大きく息を吐いた。
「そんなこと、百も承知ですよ……
遅かれ早かれ、そうなるだろうってことは予想してましたから」
「沙織……」
「さくらさんとは年も同じで趣味も合うし、今では私の数少ない友達ですから。
だから……先輩がさくらさんと付き合うことに、納得はしていませんけど、今は認めざるを得ないみたいですね」
「分かってくれるのか……ありがとう」
「でも……私が先輩の彼女になるの、諦めたわけじゃありませんから……
前にもお話しましたよね……もう先輩しかいないって……私、先輩命なんです。
ずっと先輩の傍にいて、今すぐじゃなくてもいい……いつか先輩の彼女になってみせます」
「それは前に聞いたし……沙織の事情は理解できるけど……
僕はさくらが好きだし、どんなに好意を向けられても君を選ぶことはできないんだ」
沙織は、そこで大きなため息を吐きながら言った。
「その件は理解しました……だから今は妥協します。
……でも先輩……私との約束覚えてますよね」
「約束……?」
「忘れたとは言わせませんよ……
遊園地デートの時に約束してくれましたよね?
『月に1回、私とデートする』って……
その条件さえ守ってくれれば、私は先輩とさくらさんの交際をおとなしく見守るって……」
「あ、ああ……確かにそんな約束したな……」
「え、先輩、もしかして忘れてたんですか?」
「すまない、あの後すぐ入院しちゃったから、今の今まで忘れてたよ」
「ひど~い、私は1日も忘れたことなかったのに……
もう怪我も治ったんですから、あの時の約束、きっちり守ってもらいますからね!」
沙織は頬を膨らませ、恨めしそうに祐希を睨んだ。
彼女の強かな要求に、祐希は言葉を詰まらせた。
「……分かった。でも、それは僕の一存では決められない。
帰ってから、さくらに相談してみないと……」
「構いませんよ。私もなるべく穏便に済ませたいので、良いお返事をお待ちしてますね」
沙織は余裕の笑みを浮かべ、その場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜。祐希はさくらを自室に招き、沙織から提示された条件について正直に打ち明けた。
月1回のデート……その理不尽とも言える要求に対し、さくらは少しの間、真剣な顔で考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「……分かりました。その月1デート、認めます」
「えっ? いいのか……さくら」
「はい。ただし、私にも条件があります……
沙織さんをこの部屋に呼んでください。
私が直接彼女にそれを伝えます」
数分後。
祐希に呼び出された沙織は、ソファに並んで座る2人の、向かいの席へ腰を下ろした。
「さくらさん、私に話ってなに?」
「沙織さん、祐希さんとの月に1回のデート……私が許可します」
さくらが優しい口調で言った。
「え……いいの?」
沙織が少しだけ目を丸くする。
「はい。でも条件が2つあります」
「え、どんな条件?」
「1つ目は、いつどこへデートに行くのか、前月までに私と祐希さんに知らせてください。
2つ目は、デートは日中の時間帯のみ許可するということです。
遅くとも午後6時までには、祐希さんを私に返して下さい。
この条件が守れるのなら、月1回のデートを認めます」
「え~、けっこう厳しい条件ねぇ……」
「沙織さん、勘違いしないで下さいね。
祐希さんの彼女は、あくまで私なんですから……
私は友達であるあなたと祐希さんを信じているからこそ、許したんです!
だから、私を裏切らないで下さいね!」
「ま、仕方ないか……もし逆の立場なら、私も同じ条件つけてると思うし……」
「さくら、その条件、僕が沙織にきっちり守らせるよ」
「はい、よろしくお願いしますね」
沙織はふっとため息をつくと、笑みを浮かべた。
「ふふっ……さくらさんも言うようになったね。
いいよ、その条件で。月1回のデート、楽しみにさせてもらうから」
「沙織さん、本来、彼氏に他の女性とのデートを認める彼女なんていませんよ。
いいですか……もし1度でも条件に違反したら、その時は『月1デート』の許可は『取り消し』ますからね」
「わ、わかったわ、条件は必ず守るから……」
さくらがなぜ祐希と沙織の月1デートを許したのか……
そこには、さくらの強かな計算があった。
申し出を拒絶しても、沙織は何らかの手段で祐希にアプローチしてくるだろう。
それならば、いっそ自分の管理下に置いた方がリスクは低い――
そんな合理的な判断に基づいた譲歩だった。
こうして沙織との対峙は、さくらの意外なほどの芯の強さを示す形で決着を迎えた。
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