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第138話 身上調査報告書

 暖房が効いているはずの個室で、祐希は背筋が凍るような寒気を感じていた。


 テーブルに置かれた数枚の写真。

 そこには、年末の12月30日に2人の美女(明日奈と沙織)と共に、河口湖の高級温泉旅館へと入っていく自分の姿が鮮明に写っていた。


「さて、祐希くん。……説明してもらおうか。

 年末年始、女性2人と君1人で、高級温泉旅館に3泊4日も宿泊して……一体、何をしていたのかね?」


 賢吾の低く静かな声には、有無を言わせぬ圧迫感があった。

 探偵を雇ってまで身辺調査を行うこの父親の執念は、生半可な言い訳など決して通用しないことを如実に物語っている。


(ここで少しでもボロを出せば、さくらとの交際どころか、完全に人間性が疑われる……!)


 祐希はテーブルの下でギュッと拳を握りしめ、呼吸を整えた。

 当然、「3人で限界までセックスしていた」などと口が裂けても言えるはずがない。

 肉体関係があったという事実だけは、絶対に墓場まで持っていく必要がある。

 だが、それ以外は隠す必要はない。

 祐希は、事実だけを誠実に語ることに決めた。


「……順を追って、説明させていただきます」


 祐希は賢吾の目を真っ直ぐに見据えた。


「まず、この旅行は元々、オーナーの明日奈さんが、僕の怪我の治療の一環として『湯治』に誘ってくれたものでした」


「なに? 湯治……だと?」


「はい。さくらさんたちを守るために負った怪我の回復を早めるためです。

 それに、長期の入院で金銭的に余裕がなく、今年は札幌へ帰省するのを諦めてシェアハウスに残る予定でした。

 それを不憫に思った義姉の明日奈さんが、ポケットマネーで温泉旅行に連れて行ってくれたんです」


 その説明に、賢吾は小さくうなずいた。

 あの事件が原因の重傷が理由だと言われれば、賢吾も無下には否定できない。


「……なるほど。義姉(あね)の明日奈さんが同行した件は分かった。

 だが、この倉科沙織という後輩はどういうことだ?

 彼女まで一緒に湯治に行く必要があったのかね?」


「いえ、沙織がこの旅行に来たのは、完全に想定外でした」


 祐希は、あの日の車内での出来事をありのままに話した。

 出発して東名高速に乗ったところで、サードシートに潜んでいた沙織が顔を出し、密航に気付いたこと。

 そして、なぜ彼女が無断で乗車したのか――彼女の複雑な家庭事情について説明した。


「沙織の……倉科沙織の実家は京都なのですが、彼女は非常に複雑な家庭環境で育ちました。

 個人のプライバシーに関することなので、詳しくはお話できませんが、彼女の母は、ある有力者の……いわゆる『お妾さん』なのだそうです」


「……何?」


 賢吾の目が鋭く光った。


「実は彼女、父親に認知されていない婚外子なんです。

 本当は年末年始を京都の実家で母親と過ごす予定だったそうです……

 しかし、その直前にその大嫌いな父親が『今年の正月はお前の家で過ごす』と彼女の母に連絡したため、彼女は帰省を諦め、途中で引き返してきたんです」


「……」


「行き場をなくした彼女は、僕や明日奈さんと年末年始を過ごすつもりでシェアハウスに戻ってきました。

 ですが運悪く、僕たちがちょうど出発しようとしていたところに鉢合わせてしまったんです。

 他の住人は全員帰省しており、自分一人だけが取り残される……

 広いシェアハウスで独りきりになる恐怖と疎外感でパニックになった彼女は、耐えきれずに出発直前の車へとっさに忍び込んだのだそうです」


 沙織の悲惨な事情を、祐希は同情を込めて語った。


「3列目シートに潜んでいた彼女に気付いた時は、既に東名高速に乗ったあとで引き返すこともできず、何より彼女の憐れな境遇を聞いて、車から降ろすことなど僕と明日奈さんにはできませんでした。

 急遽、旅館に連絡して1人追加してもらい、やむなく3人で宿泊することになったんです」


「なるほど……話の筋は通っている」


 腕を組み、目を閉じた賢吾は、祐希の説明に矛盾が混じっていないか、その内容をつぶさに精査していた。

 重い沈黙が流れる。


「……それで? 現地では何をしていたんだね?」


「温泉で体を休め、あとは周辺の観光地巡りをしたり、近くの神社に初詣に行ったり、旅館の卓球場で卓球をしたりして過ごしました」


 祐希は一切の動揺を見せず、きっぱりと答えた。

 ベッドでの出来事がすっぽり抜け落ちている以外は全て事実である。


 賢吾はゆっくりと目を開け、テーブルの上の調査報告書に視線を落とした。

 実は、探偵からの報告書には、倉科沙織が片親であり、複雑な環境で育ったという大まかな情報が記載されていた。

 もし祐希が嘘をつく人間であれば、同行した沙織の存在を適当な理由をつけて誤魔化すだろう。

 だが祐希は、一歩間違えれば自分にとって不利になりかねない状況で、他人の複雑な事情(詳細な個人情報に配慮しつつ)まで含めて、隠さずに語ったのだ。


「……君の話は、理解した」


 賢吾の口から出たのは、意外にも納得の言葉だった。


「調査報告書にも、その倉科という女子学生の家庭環境については、そのような記載があったからな。

 君は、嘘をついていないようだ」


「……っ」


 祐希は内心で、安堵のあまりへたり込みそうになるのを必死に堪えた。

 どうやら、最大の危機は脱したらしい。


「それに……」


 賢吾は調査報告書をバサリと閉じ、封筒にしまった。


「家庭に居場所がなく、一人ぼっちで震えていた少女を見捨てられなかったというその行動は、君が命がけでさくらを守ってくれた時の『優しさ』や『責任感』と一致する。

 君がそういう男だからこそ、さくらも惚れ込んだのだろうな」


 厳格な父親の顔が、少しだけ和らいだように思えた。

 しかし、面談はまだ終わっていなかった。

 賢吾は再び、鋭い眼光で祐希を射抜いた。


「だが、祐希くん。君が優しくて頼りになる好青年であるがゆえに……

 私は、さくらの父親として一つの『懸念』を抱かざるを得ない」

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