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第132話 大晦日の夜

 夕闇が迫り、今年最後の太陽が霊峰富士の山陰に沈んでいく。

 明日奈がエステから戻ると、3人はテラスの露天風呂に浸かりながら、感慨深げにそれを眺めていた。


「……今年は本当に色々なことがあったなぁ……」


 湯船の縁に腕を預け、祐希がしみじみとつぶやいた。


「そうね……祐希がシェアハウスに来てから、本当に目まぐるしい半年だったわねえ……

 そうそう……私の一人エッチを祐希に見られて、その勢いで童貞奪ってから、こうして男女の仲になったしね。

 あの時の祐希、本当に可愛かったわ。

 私の身体に反応して……目がギラギラしていたもの……」


 明日奈はニヤリと妖艶な笑みを浮かべた。


「あ、明日奈……今その話をしなくても……」


 祐希が困惑した表情を見せた。


「えっ!? ちょっと待ってください。

 先輩って、その時まで童貞だったんですか!?」


「沙織! そんな大きな声で童貞って言うなよ……」


「だって、私とラブホ行った時だって……あんなに激しかったのに……

 てっきり経験豊富な人かと思ってました……」


「ふふっ、それは私の指導が良かったからよ……」


 自慢げに微笑む明日奈と、決まり悪そうにうつむく祐希を見て、沙織は信じられないといった表情だった。


「私にとって、今年はまさに人生の転換期でした。

 目標だった星城大学に入学できて、入学早々トラブルはあったけど、優しい先輩が助けてくれて……

 あの運命の再会から、すべてが良い方向に動き出したんです。

 同じシェアハウスにも入れたし、何より、先輩が身を挺して守ってくれたあの時のこと、私、一生忘れません」


 沙織は潤んだ瞳で祐希を見つめ、腕を絡ませてきた。

 柔らかな胸の感触が腕に伝わり、祐希は照れくさそうに笑った。


「僕も……本当に激動の1年だったよ。

 アパートが火事になって、全てを失った時は絶望したけど、明日奈から連絡をもらって、すぐにシェアハウスに入居できて本当に助かったよ」


「えっ、先輩の住んでたアパート、燃えちゃったんですか!?」


「そうなんだ。帰り道で消防車に追い越されて、『こんな時間に火事か、可哀想に』なんて野次馬気分で帰ったら、燃えてたのは自分のアパートだったんだ」


 祐希が苦笑いしながら話すと、沙織は呆れたようにため息をついた。


「先輩……それ、笑い事じゃないですよ。

 ストーカー事件に巻き込まれたり、どんだけトラブル体質なんですか……」


「篠宮家って、そういう家系みたいなんだ……」


「もしかして、呪われた家系だったりして……

 先輩、一度、お祓いしてもらったらいいんじゃないですか?」


「……うん、今度、家族全員でお祓いしてもらうよ……

 でも、アパートが火事になったおかげで、こうしてシェアハウスのみんなと出会えたんだから、今思えば本当に不思議な縁だよね。

 ……初日に、さくらにストーカーと勘違いされたのは焦ったけどね……」


「ふふっ、あれは本当に傑作だったわね」

 明日奈がくすくすと笑う。


「それから忘れられないのが……やっぱりストーカー事件だよな。

 2人を無事に庇えたのは本当によかったけど、あんな大怪我して長期入院するなんて、夢にも思わなかったよ。

 でも今年一番嬉しかったのは、さくらと両想いになれたことかな……

 細かいことを挙げたらキリがないくらい怒涛の1年だったよ」


 祐希は遠くを見つめながら感慨に耽った。


(……さくらさんと両想いって言っても……昨夜は、私たちと散々エッチしたくせに……)


 沙織は内心でそう思いながら、チラリと明日奈を見た。

 明日奈も同じことを思っていたようで、2人は顔を見合わせると小さく苦笑いした。

 立ち昇る湯気と温もりに包まれながら、めまぐるしく過ぎた1年に各々が思いを巡らせた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 午後6時になると部屋に豪華な『年越し特別膳』が運ばれてきた。


 大皿には芸術品のような『とらふぐの鉄刺(てっさ)』が美しい花を咲かせており、その横にはタラバガニの炭火焼きが、食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせている。

 そして極めつけの肉料理として、牛一頭からわずかしか取れない『甲州牛シャトーブリアンの石焼き』が用意され、ジューシーな肉の焼ける音が部屋に響き渡った。

 さらに、ウニとキャビアの鼈甲寄(べっこうよ)せや、柚子釜に盛られたイクラ、車海老の塩焼きなど、年越しの夜を彩る色鮮やかな前菜が、テーブルいっぱいに並べられた。


「うわぁ……すごい……

 私、こんな豪華な夕食、見たことないです……っ!」


 普段は質素な食生活を送る沙織が、目をキラキラと輝かせ感嘆の声を漏らす。


「ふふっ、今日は年越しだからね。

 沙織ちゃん、たくさん食べて」


 余裕たっぷりに微笑む明日奈の音頭で、3人はグラスを掲げた。

 明日奈と祐希のグラスには、よく冷えたスパークリングワインが、沙織のグラスにはノンアルコールワインが、金色の泡を立てている。


「「「乾杯!」」」


 澄んだグラスの音が部屋に響いた。

 豪華絢爛な料理と美味しいお酒に舌鼓を打ち、大晦日の(うたげ)は和やかな雰囲気に包まれた。


「そういえば、2月のイベントは旅行でしたよね。

 今回はどこへ行くんですか?」


 唐突な沙織の質問に、明日奈は笑みを浮かべた。


「今年は沖縄に行く予定よ」


「お、沖縄ですか!?」


 想定外の旅行先に、沙織が目を丸くした。


「ええ。2月21日から23日までの2泊3日の予定なの。

 朝一の直行便で羽田から石垣島まで飛んで、そこからフェリーで小浜島に渡って2泊する予定よ。

 ホテルは『てぃんがーら』っていうリゾートホテルを予約してあるわ。


 初日は石垣島で川平湾(かびらわん)を観光してから小浜島へ向かってホテルにチェックイン。

 2日目は竹富島に渡って水牛車でのんびり島内観光、3日目はお土産を買って直行便で帰ってくる……っていうのが大まかなスケジュールね。

 今回は瑞希ちゃんの送別会も兼ねているから、いつもより豪華よ」


 そのスケジュールを聞き、飛行機に乗ったことも本州から出たこともない沙織は身を乗り出して喜んだ。

 だが次の瞬間、現実的な問題――旅費のことが頭をよぎった。


「うわぁ~、楽しそうなスケジュールですねぇ……

 で、でも……私、そんなに貯金ないんですけど……」


 不安そうに尋ねる沙織に、明日奈は優しく微笑みかけた。


「沙織ちゃん、心配いらないわ。

 みんなが毎月払ってくれてる管理費、あれは全額旅行代として貯金してるの……

 それに、不足する分は私の株や投資信託の運用益で賄うし、旅費くらい何とでもなるから心配しないで。

 シェアハウスの経営は、私の趣味みたいなものだから、お金のことは私に甘えてもらっていいのよ」


「シェアハウスが趣味って……

 でも明日奈、資産運用って元本割れするリスクもあるんじゃないの?」


 祐希が心配そうに口を挟んだ。


「ふふっ、祐希は心配性ね。

 もう5年以上運用しているけど、年間利回りは25%以上になってるわ。

 仮に1億円運用したとして、税引前で2500万円の利益が出る計算ね」


「に、にせんごひゃくまん……!?」


「……税金で約2割、500万近く持っていかれるけどね。

 それでも手元には2000万弱残るから、シェアハウスの旅行代や維持費なんてお小遣いみたいなものよ」


 口からサラリと出た桁違いの金額に、祐希と沙織は唖然として顔を見合わせた。

 明日奈の圧倒的な財力を見せつけられ、2人は驚愕するだけだった。

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