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第131話 沙織と祐希の出会い

 翌日、沙織は傷だらけで和也に会い、美咲の言ったことが事実か確かめた。

 彼は悪びれる様子もなく、面倒くさそうに言った。


「確かに美咲は、俺の彼女だ……

 君、なんか勘違いしてるみたいだからハッキリさせておくけど、俺は『交際しよう』とは一言も言ってないぜ……

 『付き合わないか』とは言ったけど、あれは『一緒に行かないか』って言う意味だから」


「え……そんな……私の初めてを和也さんに捧げたのに……」


「そっちが勝手に勘違いして股開いたんだろ?

 お前って、軽い女だよな」


 美咲たち4人から暴行を受けたことを訴えても、和也は鼻で笑うだけだった。


「美咲の奴、怒らすと怖いからな~。

 お前が変なこと言って怒らすからボコられたんだろ」


「和也さん……あの女と別れて、私と交際して!」


 彼女が必死にすがると、和也の表情から笑みが消え、冷酷な蔑みの色が浮かんだ。


「うぜぇな。お前なんかただの遊びだ!

 もう飽きたから、俺につきまとうなよ」


「待って……和也さん!」


 立ち去ろうとする彼の服を掴むと、腹部に鋭い衝撃が走った。


「ぐっ……!」


 蹴り飛ばされ、さらに髪を掴んで地面に引き倒された。


「ふん、いい(ざま)だ。

 俺の前で、二度と彼女面(かのじょずら)するなよ」


 その直後、まるで沙織の心象風景のように激しい雨が降り始めた。

 ずぶ濡れになりながら、沙織はその場から動けなかった。

 身体の痛みよりも、自分の男を見る目のなさ、男運の悪さが悔しくて、涙が止まらなかった。

 世界中の誰もが、自分を嘲笑っているように思えた。


 雨音だけが響く世界で、ふいに雨が止んだ。

 顔を上げると、傘が差し掛けられていた。

 そこに立っていたのは、1人の男子学生だった。

 飛び抜けたイケメンというわけではないが、どこか安心するような、優しい目をした人だ。


「君、大丈夫?……立てる?」


 彼は余計なことは一切聞かず、泥だらけの沙織を背負って歩き出した。

 その背中は温かく、雨で冷えた沙織の心を溶かしていくようだった。

 沙織は、近くの医務室に運ばれ、彼は担当の看護師にテキパキと状況を伝えた。


「彼女、怪我してます。

 それと、雨でびしょ濡れなので着替えが必要です」


 そう告げると、彼は沙織の頭を優しく撫でてくれた。


「もう大丈夫、ゆっくりと休んで……」


 温かい毛布にくるまり、手厚い看護を受けるうちに、張り詰めていた糸が切れた。

 沙織はそのまま眠りに落ちた。


 目が覚めると、窓の外はすでに茜色に染まっていた。


「あ、あの人は……?」


 看護師に尋ねたが、沙織を助けてくれた男子学生は、名も告げずに去ったという。


「……せめてお名前だけでも、聞いておきたかったな」


 おぼろげな面影と、あの温かい背中の感触。

 絶望の淵にいた沙織にとって、彼はまぎれもなく「救世主」だった。


 事件のショックで1週間ほど寝込んだ後、沙織は大学へ復帰した。

 もう、華やかな女子大生「沙織」はいない。

 彼女は男性不信に陥り、自分を守る鎧をまとった。

 ピンクの細縁丸眼鏡、三つ編みのおさげ髪、身体のラインが出ないダサい服。

 そうして沙織は、キャンパスの風景に溶け込む「ダサい女子」となった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから1ヶ月半後。

 沙織は空腹を満たすため、相席ラウンジ「DEAI」へ足を運んだ。

 女性は完全無料で美味しいご飯が食べられる、貧乏学生にとっては天国のような場所だ。

 沙織はメイクを決め、流行りの服を着て、この日ばかりはお洒落な女子大生を装った。

 初対面の「環奈」とペアを組み、VIPラウンジに案内された。


「VIP席なんてラッキー! お金持ちだといいね」


 浮かれる環奈と席に着くと、向かいには2人の男性が座っていた。

 1人は軽いノリの男。

 そして、もう1人は――。


(嘘……なんで彼がここに……!)


 向かいに座っていたのは、心に焼き付いて離れなかった、優しい瞳の主。

 あの日、豪雨の中、医務室まで自分を背負ってくれた彼だ。


 彼は「篠宮祐希」と名乗り、大学の1年先輩であることを知った。

 沙織は、彼こそが神様が引き合わせてくれた「運命の人」なのだと確信した。


 祐希は、雨の日に助けた女性が沙織だとは、全く気づいていない様子だった。

 彼はあの日の印象通り、誠実で優しい人だった。

 その優しさが滲み出るような言葉の一つ一つに、沙織は心を奪われた。


 幸い、万馬券を当てたというコジケンが、ステーキを奢ると2人をデートに誘ってくれた。

 沙織は祐希と少しでも一緒にいたくて、初めて店外デートに応じた。


(ここで彼を逃せば、私は一生後悔する)


 そう直感した沙織は、祐希に積極的にアプローチした。

 食事中の巧みなボディタッチや視線で、彼を惹きつけることに全力を尽くした。

 やがて食事が終わると、コジケンがニヤリと笑った。

 

「俺は環奈ちゃんとデートするから、この後は別行動ということで……じゃあな」


 そう言ってコジケンと環奈は夜の街へと消えた。


 沙織にとって、祐希と2人きりのこの状況は、願ってもないチャンスだった。

 もうこうなれば、ホテルに誘い込んで彼を落とすしかない。

 沙織は迷わず勝負に出た。


「祐希さん、次……あそこのラブホでいい?」


 祐希をホテルへ誘い、その夜、沙織は彼と身体を重ねた。

 そして「LINK」を交換し、友達というポジションを手に入れた。


 数日後、大学の大教室で祐希を見つけた。

 沙織は丸眼鏡とおさげ髪の姿で、祐希の隣に座った。


「あの……ここ、座っていいですか?」


 祐希は沙織を見ても、誰か分からない様子だった。

 彼女はくすりと笑い、眼鏡を外して髪を解いた。


「先輩、私ですよ。沙織です」


 ネタばらしをした時の、祐希の驚いた顔は今でも忘れられない。

 その後、沙織は祐希の住まいとバイト先を突き止め、空き待ちだったシェアハウスへの入居とカフェ・バレンシアの採用を勝ち取り、ついに彼と同じ「バイト先」と「住居」を手に入れた。


 だが沙織の前に、思いがけないライバルが出現した。

 祐希の視線の先には、沙織と同い年の清楚で可憐な美少女「早乙女さくら」がいた。

 天使のような彼女を見つめる彼の眼差しは、沙織に向けるものとは明らかに違っていた。


(……負けない。先輩は絶対に渡さない)


 あの日、私を救ってくれた運命の人。

 何があっても彼を逃がしたくない。

 沙織は唇を噛み締め、どんな手段を使ってでも祐希の心を奪うと固く誓った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……なんてことがあったんですけど……

 先輩、あの雨の日のこと、覚えてます?」


 沙織は、くすくすと笑いながら祐希の顔を覗き込んだ。


「ああ、はっきり覚えてるさ……

 急に降り出した雨の中、地面に倒れたまま、ずぶ濡れになって泣いてる女の子がいたから、放っておけなくて思わず傘を差し掛けたんだ……

 でも、驚いたな……あれが沙織だったなんて……

 今、言われるまで、全く気づかなかったよ」


「あの日のこと、私は1日も忘れたことありません。

 だから、先輩は私の『運命の人』なんです」


「それにしても、女性を蹴り飛ばして、地面に引き倒すなんて……

 まともな男がすることじゃないな……」


 久保和也という男の悪評は、祐希の耳にも届いていた。

 あんな男に、沙織が弄ばれていたとは……


「沙織、その男と二度と関わるんじゃないぞ……」


「大丈夫ですって……

 私はもう、先輩一途(いちず)なんですから」

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