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第125話 予期せぬ密航者

 大学が年末年始休暇に入ると、シェアハウスの住人たちは次々と帰省していった。

 琴葉は実家の福岡へ、朱音は沖縄の石垣島へ、未来(みく)も都内の自宅へと帰っていった。

 瑞希は神奈川、里緒奈は千葉の実家へとそれぞれ帰省し、シェアハウスは一気に静まり返っていた。


 そして12月28日(日曜日)

 よく晴れた冬の朝、さくらの母・晴子がシェアハウスを訪れた。


「明日奈さん、今年1年、娘が大変お世話になりました。

 素晴らしい環境で学生生活を送らせていただき、感謝しております」


 晴子は上品な装いで、明日奈に対し深々と頭を下げた。


「いえ、こちらこそ。さくらちゃんがいてくれて助かってます」


 明日奈は、柔和な笑顔で応じた。

 晴子は挨拶を済ませると、今度は祐希の方へ向き直った。


「篠宮さん、お顔の色も良くなられたようで……

 お怪我の方も、もう大丈夫そうですか?」


「はい、おかげさまで、怪我は完治しました」


 祐希が明るい笑顔で答えると、晴子は深々と頭を下げた。


「本当に……良かったです。

 改めて、この度は娘を救っていただき、本当にありがとうございました。

 あの子がこうして笑顔で年を越せるのも、全て貴方のおかげです」


 その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 以前、病院で見舞いに来てくれた時は、まだ祐希も満身創痍で会話もままならなかった。

 娘を助けてくれた恩人が全快し、母親として抱えていた心の重荷がようやく下りたのだろう。


「祐希さん……お正月一緒に過ごせなくて残念だけど、ゆっくり休んで下さいね」


 キャリーケースを前に、さくらが寂しそうに祐希を見上げた。


「さくらも、気をつけて……」


「祐希さんも、風邪引かないで下さいね」


 晴子に促され、さくらは待たせていたタクシーに乗り込んだ。


「みなさん良いお年を……」


 身を乗り出すようにして手を振るさくらを、祐希と明日奈は並んで見送った。

 タクシーが見えなくなるまで、2人は手を振った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 12月30日(火曜日)

 シェアハウスに残っているのは、祐希と明日奈、そして沙織だけとなった。

 その日の朝9時、スーツケースを持った沙織が、2階から下りてきた。


「あれ、沙織出かけるの?」


 ラウンジの大掃除をしていた祐希が驚いて尋ねた。


「……はい、母が年末は実家で一緒に過ごそうっていうので……」


「そうなんだ」


 祐希は、ポケットから車のキーを取り出した。


「じゃあ、駅まで送るよ」


「えっ……いいんですか? 先輩優しいですね……

 ありがとうございます。嬉しいです」


 祐希は沙織を助手席に乗せ、柏琳台駅へと向かった。

 車内には、静かな冬の朝の光が差し込んでいる。


「じゃあ、気をつけてね」


「はい。先輩……良いお年をお迎え下さい」


「沙織も。良いお年を」


 沙織は小さく手を振ると、駅の雑踏へと消えていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 同じ日の午後1時。

 雲ひとつない冬晴れの空の下、シェアハウス「ヴィーナス・ラウンジ」の駐車場。

 パールホワイトの高級ハイブリッドミニバンに明日奈と祐希が荷物を積んでいた。

 シェアハウスの住人は既に全員帰省しており、残っているのは2人だけだ。


「祐希、忘れ物はない?」


「うん、大丈夫だよ」


 祐希がラゲッジスペースにスーツケースを積み込み、バックドアを閉めた。

 そして助手席に乗り込むと、運転席の明日奈がサングラスをずらしてニッコリと微笑んだ。


「じゃあ、出発しましょう」


 今回の旅行は「祐希の快気祝いと湯治」を兼ねた、明日奈との秘密の「お泊まりデート」だ。

 行き先は山梨県の河口湖にある高級温泉旅館。

 その露天風呂付きの特別室で、誰にも邪魔されず欲望の赴くままに年末年始を過ごす――それが明日奈が立てた計画だった。


 車は横浜町田インターから東名高速道路に入り、滑るように西へ向かって進んだ。

 BGMにジャズピアノの曲が流れる高級ミニバンの車内は驚くほど快適で静かだった。


「ねえ祐希。宿に着いたら、温泉に入ってゆっくりしましょう。

 部屋に露天風呂があるから……何回でも入れるわよ」


「明日奈……チェックインは3時だろ?

 そんなに急がなくてもいいよ」


「いいじゃない。もしかしたら、早めにお部屋へ案内してもらえるかもしれないでしょ?」


 明日奈がアクセルを踏み込んで前の車を追い越し、走行車線に戻ったその時だった。


「あの~、お2人さん、これからどこへ行くんですか?」


 突如、無人のはずの後部座席から、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。


「「えっ!?」」


 2人の悲鳴が重なり、車体が一瞬ふらついた。

 祐希が慌てて振り返り、明日奈もルームミラーに視線を走らせた。

 そこには、3列目シートから半分だけ顔を覗かせた沙織がいた。


「さ、沙織!?」


 彼女は、気まずそうに2人を見つめていた。


「ど、どうして沙織がここに……?

 今朝、実家に帰ったんじゃなかったのか?」


「私……帰るの、やめました」


「え、なんで?……あなた、いつから乗ってたの?」


 明日奈がルームミラー越しに、鋭い視線を向ける。


「駐車場で、2人が荷物を積み込んでいる隙に、こっそり乗りました。

 ……だって、2人が出かけたら、シェアハウスには誰もいなくなるから……

 それに、どこか温泉に行くんですよね……

 私だけひとりぼっちなんて、寂しすぎます!」


「だからって、無断で人の車に乗り込むのは……ルール違反よ」


 明日奈は困惑した表情を浮かべながら、諭すように言った。


「沙織ちゃん。気持ちは分かるけど、これは祐希くんの治療を兼ねた湯治なのよ。

 近くの駅で降ろしてあげるから、電車かバスで帰りなさい!」


「い、嫌です! 帰りません!」


 沙織は涙目になりながら、何度も首を横に振った。

 その瞳に、あざとさの影はなく、切迫した光が宿っていた。

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