第122話 瑞希の転勤
深夜11時過ぎ、スナック茜の店内。
一ノ瀬杏奈が帰った後、祐希が奥のボックス席を見ると、そこには思いがけない光景があった。
私服の倉橋巡査と、お天気お姉さんの怜奈が、肩を寄せ合って親密そうに話していた。
倉橋が何か囁くと、怜奈が顔を赤らめて彼の腕を軽く叩く。
どう見ても、恋人同士にしか見えない。
「……もしかして」
祐希が呟くと、向かいで頬杖をついていた里緒奈がニヤリと笑って耳打ちした。
「あ、やっぱり気づいちゃった?
あの2人ね、この店で知り合って意気投合したんだって……
今は結婚を前提に、真剣交際してるらしいよ」
「えっ!? マジで!?」
祐希の声に重なるように、コジケンも叫んだ。
「マジかよ!? 警察官とお天気お姉さん!?
なんだよこの店、俺にも誰か紹介してくれよ~!」
「しーっ! 2人とも声が大きいってば。
怜奈さん、ああ見えて結構乙女なんだから、そっとしておいてあげなよ」
里緒奈は楽しそうにグラスを傾けた。
意外なカップルの誕生に驚きつつも、祐希は幸せそうな2人を見て、温かい気持ちになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会話がひと段落したタイミングで、瑞希が神妙な面持ちで口を開いた。
「みんなに聞いてほしいことがあるの……」
彼女はハイボールのグラスをテーブルに置くと、いつになく真剣な表情で全員を見回した。
「私……2月付けで、札幌へ転勤することになったの」
「えっ……!?」
その場にいた全員の声が重なった。
真っ先に反応したのは、バイト仲間であり飲み友達でもある里緒奈だった。
「さ、札幌ぉ!?
ちょっと瑞希さん、嘘でしょ?」
「嘘ついてどうするのよ」
瑞希は苦笑しながらも、寂しげな目を向けた。
「札幌支店の営業マンが退職して……
その欠員補充で、独身でフットワークが軽い私が選ばれちゃったってわけ」
「それは急な話ですね」
祐希が言うと、瑞希は深い溜め息をついた。
「まあね。全国転勤ありの総合職だし、いつかはそうなると覚悟してたけど。
まさかこんなに早くとは思わなかったわ」
「札幌って……祐希の地元じゃない……」
朱音がぽつりと言った。
「そうなのよ。だから祐希、向こうの美味しいお店の情報とか教えてよね」
「もちろんです……
あ、うちの両親にも伝えておくので、もし何か困ったことがあったら連絡してください」
「ふふ、心強いわね。
祐希のご両親がいるなら安心だわ」
瑞希は笑顔を見せたが、ふと真剣な顔つきに戻った。
「でも、一番の問題は住む所なのよね……
実は、今抱えてる仕事が忙しくて、まだ物件探しに手が回ってなくて」
その言葉を聞いて、祐希にある考えが浮かんだ。
「瑞希さん、もしよかったら……
うちの実家に下宿しませんか?」
「えっ……? 祐希の実家に?」
瑞希が目を丸くし、隣で聞いていた里緒奈も「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「知っての通り、妹の月も来春にはシェアハウスに住む予定だし……
そうなると、実家には両親2人きりになっちゃうんです」
「あ……そっか。
月ちゃん、星城大学受験するんだもんね」
「はい、この前帰省した時も、両親が『月がいなくなると寂しくなるな』ってこぼしてたんです。
空き部屋があるし、瑞希さんみたいな人が住んでくれたら、両親も心強いと思うんです。
うちは地下鉄駅も近いし、母さんの料理も最高に美味いですよ」
祐希の提案に、瑞希は驚きつつも、表情が明るくなった。
「えっ、料理が美味しいっていう言葉、魅力的だなぁ……
私としては、見知らぬ土地で一人暮らしするより、知ってる人のご家族と一緒なら心強いけど……
でも、ご迷惑じゃないかしら?」
「父も母も世話好きだし、瑞希さんみたいに明るい人なら大歓迎だと思います」
「正直、札幌での一人暮らしは不安だったの。
祐希がそこまで考えてくれるなんて、すごく嬉しいわ……
じゃあ、ダメ元でご両親に聞いてみて……」
「分かりました。
明日、実家に確認してみますね」
「え~! ズルい!
私も祐希の実家に住みた~い!」
里緒奈が頬を膨らませて割り込んできた。
「あんた、何言ってんのよ。
もう東京で内定もらってるでしょ」
瑞希が呆れたようにツッコミを入れる。
「うぅ……そうだけどさぁ。
せっかく第一志望のビールメーカー内定出たけど、配属が東京本社なんだもん……」
里緒奈の就職先は、祐希の出身地が社名となっている大手ビールメーカーだった。
「贅沢言わないの。あんたみたいな呑兵衛が、大手の酒造メーカーに入れるなんて奇跡なんだから」
「奇跡って何よ、失礼な!
私の『お酒愛』と『飲みニケーション能力』が評価されたのよ!」
里緒奈は胸を張って反論したが、すぐにグラスを見つめてため息をついた。
「はぁ……。でも4月から新入社員研修かぁ。
札幌支店への転勤願い、出せるの何年後かなぁ」
「そんなことより、まず仕事を覚えなさい」
瑞希にたしなめられ、里緒奈は不満げにグラスを傾けた。
だが、その表情は決して暗くはない。
札幌での新生活の不安が少し緩和されそうで、瑞希の表情も和らいで見えた。
「祐希、ご両親への確認、よろしくね」
「はい、任せてください。
……それより、瑞希さんの送別会やらないといけませんね」
「ふふ、まだ気が早いよ。
……でも、楽しみにしてる」
瑞希は悪戯っぽく微笑むと、改めて自分のグラスにチューハイを注ぎ足した。
そして、居住まいを正してグラスを掲げる。
「それじゃあ、私の札幌行きと、里緒奈の就職、祐希くんの快気祝い……。
あと、あっちでイチャついてるカップルの未来もついでに祝って!」
瑞希が視線を向けた先では、倉橋と怜奈が2人だけの世界に入って楽しそうに話し込んでいる。
「あはは! そうだね!
みんなのこれからの幸せを願って……乾杯!」
里緒奈が元気にグラスを突き出した。
「「「乾杯!!」」」
軽快なグラスの音が響き、聖夜の宴は更けていった。
出会いと別れ、そして再出発。
激動の1年はあと数日で幕を閉じ、シェアハウス「ヴィーナス・ラウンジ」は、新たな年を迎えようとしていた。
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