第121話 一ノ瀬杏奈
クリスマスパーティーの2次会が、柏琳台駅前の『スナック茜』で行われた。
参加者は、祐希、コジケン、怜奈、里緒奈、瑞希、朱音の6人だ。
「いらっしゃ~い。あら、祐希くんじゃない。退院おめでとう!」
茜ママが野太い声で迎えてくれた。
元・マル暴刑事の迫力と、派手なメイクのアンバランスさは健在だ。
「お、おい祐希……
こ、この人が噂の茜ママか……?」
初来店の小島健太郎が、ママの迫力に気圧されて祐希の背中から覗いた。
だが、茜ママは鋭い眼光で、すでにコジケンをロックオンしていた。
「あら~、見ない顔ね。祐希くんのお友達?」
「あ、はい! こ、小島健太郎です!
コジケンって呼んでください!」
コジケンが直立不動で挨拶すると、茜ママはニヤリと笑い、太い腕でガシッとコジケンの肩を掴んだ。
「ウフフ、可愛いわねぇ。
スナック茜にようこそ、歓迎するわ!」
「お、お手柔らかにお願いしますぅ!」
茜ママは太い腕でコジケンを抱き寄せると、その髭面を彼の頬に力いっぱい押し付けた。
「ジョ、ジョリジョリするぅ! 痛い、痛いですぅ!」
未知の感触にコジケンは悲鳴を上げた。
その「洗礼」を見て、里緒奈たちが声を上げて笑った。
「ま、ママ、それくらいにしてあげて……」
瑞希が窘めると、茜ママはようやくコジケンを解放した。
「コジケンさん、卒倒しそうだから、これくらいにしとくわ。
瑞希ちゃんに里緒奈ちゃん、早く着替えなさい。
今日は忙しいわよ!」
「は~い」
茜ママに促され、瑞希と里緒奈は店の奥へ消えた。
その日のスナック茜は、ママの言葉通り、ほぼ満席だった。
「さあ、みんな座って座って。予約席はここよ」
茜ママに促され、4人はカウンター左の「予約席」のプレートが置かれた席に腰を下ろした。
席順は奥から怜奈、朱音、コジケン、祐希の順だ。
数分後、里緒奈と瑞希の2人はスナック茜の制服代わりの「ワインレッドのショートドレス」で戻ってきた。
茜ママの趣味全開な衣装は、2人の肢体を際どいまでに強調している。
里緒奈と瑞希は、カウンター内で忙しそうに働き始めた。
「みんな、何飲む?」
祐希がハイボールを注文し終え、ふと隣の席を見て心臓が跳ねた。
隣の女性が、息を呑むほどの超美人だったからだ。
純白のワンピースに身を包み、腰まである潤艶な黒髪がサラサラと動くたびに美しく輝いていた。
グラスを傾ける横顔は、陶器のように白く滑らかで、店内の照明を浴びて神々しいほどのオーラを放っていた。
(……誰だ? モデルか女優か?)
「祐希、隣……すっげぇ美人……!」
隣のコジケンも、目を丸くして小声で囁いた。
「この店、あんなレベル高い美人が来るのかよ……」
その時、奥のボックス席に座っていた酔っぱらいの客が、ふらふらと彼女に近づいた。
「ねえちゃん、一人ぃ? 良かったら俺たちの席で飲まない?」
男が彼女の肩に手を伸ばした、その瞬間だった。
彼女は男の手首を掴むと、流れるような動きで関節を極め、カウンターにねじ伏せた。
「いたたたぁぁぁ!?」
「私、馴れ馴れしい男は大嫌いなの……」
「ひぃぃぃ、ごめんなさい、ゆ、許して……」
男が悲鳴を上げ、這うようにして自席に戻ると、彼女は涼しい顔でカクテルをあおった。
その鮮やかな手並みを見て、祐希はハッとした。
「も、もしかして、一ノ瀬さん?」
思わず口から漏れたその言葉に、彼女は祐希の方を見た。
「あら、篠宮くんじゃない……奇遇ねぇ」
彼女はにっこりと微笑んだ。
目の前の清楚な姿からは、あの真紅のスーツを纏った派手な「女傑刑事」の姿など想像できなかった。
「はい、今日はクリスマスパーティーの2次会なんです」
「そうなんだ……私もたまにこの店に来るのよ」
その時、コジケンが祐希の肘をつつき、小声で聞いた。
「おい、祐希の知り合いか?」
「ああ、事件を担当した刑事さんだ……」
「え、刑事!? こんな美人が!?」
コジケンが素っ頓狂な声を上げる。
「ふふふ。今日はプライベートだから……
私だって、たまにはこういう格好もするのよ」
杏奈は悪戯っぽく笑うと、すっと祐希に身を寄せた。
清潔感のある甘い香りが祐希の鼻腔をくすぐった。
「祐希くん、退院おめでとう。もうすっかり元気そうね……
……ところで、君を襲った犯人たちだけど。
被害者である君には知る権利があると思うから、特別に内緒で教えとくね」
杏奈はカウンターに片肘をつくと、祐希の耳元に顔を寄せた。
サラサラの黒髪が祐希の頬に触れ、彼女が囁く吐息が耳にかかった。
その距離感に、祐希は思わずドキリとした。
杏奈は、声を潜めて犯人たちの末路を語り始めた。
杏奈の話によると、金髪の男は横浜市内の三流大学の学生、眼鏡の太った男はニート。
そしてロン毛の男は、あろうことか星城大学の学生だった。
さらに、リーダー格のスキンヘッドの男は、半グレ集団に属する暴力団下部組織の構成員だったという。
「……4人とも全員起訴されて、実刑は免れないわ。
特にスキンヘッドの男は余罪もボロボロ出てきたから、相当重い刑になるはずよ」
報告を終えると、杏奈は悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
「祐希、何の話だったんだよ?」
蚊帳の外だったコジケンが、身を乗り出して祐希に詰め寄った。
「ああ……。犯人たちが全員捕まって、実刑になりそうだって教えてくれたんだ」
祐希が詳細を伏せて結果だけを伝えると、コジケンの表情が一変した。
「そうか……ざまぁみろだな。
祐希を痛めつけた報いだ」
コジケンは頷き、拳を握りしめた。
その時、背後から声を掛けられた。
「祐希さん、退院おめでとう。
ストーカー容疑者も捕まったし、一安心だね!」
祐希が振り返ると、私服姿の倉橋巡査が歩み寄ってくるところだった。
「あら倉橋、あんたもいたの。
相変わらずシケた顔してるわね」
そこへ茜ママが割って入った。
「杏奈、倉橋。あんたたち、私の店で仕事の話するんじゃないわよ」
「す、すみません、班長」
2人は反射的に直立不動になり、深々と頭を下げた。
元・警視庁の敏腕刑事だった「権堂京太郎」の威圧感は、今も健在のようだ。
「祐希くん。犯人が捕まったとはいえ、まだ油断しちゃダメよ。
ネットで繋がったストーカー集団なんて、ゴキブリみたいにどこに潜んでるか分からないんだから。
それに、まだ残党がいるかもしれないわよ」
茜ママが真剣な表情で忠告した。
「はい、肝に銘じます。
でも、今は対策も講じてますから」
祐希は、明日奈が用意してくれた「二重の防壁」について説明した。
現在は祐希が運転する車で毎日送迎していること。
そして、明日奈の働きかけと寄付によって、通学路に最新のLED街灯が設置され、死角がなくなったこと。
「へぇ……。あの美人オーナー、やるわね」
杏奈が感心したように口笛を吹いた。
「物理的な防犯と、環境的な防犯。完璧なリスクヘッジだわ」
杏奈は残っていたカクテルを飲み干すと、静かに立ち上がった。
「さて、私はこれで帰るわね……
祐希くん、また会いましょう」
杏奈は優雅に手を振ると、純白のドレスの裾を翻し、夜の街へと消えていった。
その背中は、凛々しく、そして息を呑むほど美しかった。
「かっけぇ……。あんな人ともし付き合ったら、尻に敷かれそうだけど……俺的にはありだな」
コジケンは杏奈が消えたドアを見つめ、うっとりと呟いた。
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