第119話 クリスマスパーティ
12月18日(木曜日)
星城大学医学部附属病院の診察室で、祐希は緊張した面持ちで成瀬医師の言葉を待っていた。
モニターに映し出されたレントゲン写真とCT画像を、医師が慎重に確認していく。
沈黙が破られたのは、数分後のことだった。
「……うん、素晴らしい回復力です……」
成瀬医師が椅子を回転させ、笑顔で祐希に向き直った。
「骨の癒合も完璧ですし、腹部の傷も問題ありません。
リハビリの経過も順調そのものです。
篠宮さん、今日をもって『完治』としましょう」
「本当ですか……!」
祐希は思わず身を乗り出した。
10月の退院から約2ヶ月。通院とリハビリの日々は、決して楽なものではなかった。
左腕の違和感や、ふとした拍子に走る傷の痛み。
それらがようやく過去のものになる。
「はい。今日で通院も終了です。
もちろん、無理は禁物ですが、日常生活の制限はすべて解除します。
運動も、徐々に強度を上げていって構いません」
「ありがとうございます……」
「それと……もうすぐクリスマスですしね。
お酒の方も、適量であれば解禁して良いですよ」
「え、アルコールもいいんですか?」
医師の言葉に、祐希の顔が明るくなった。
シェアハウスでの飲み会でも、自分だけノンアルコールビールで我慢する日々が続いていた。
「ええ。ただし、あくまで『適量』ですよ?
飲みすぎて羽目を外さないように」
「は、はい! 肝に銘じます」
釘を刺され、祐希は苦笑しながら大きくうなずいた。
会計を済ませ、病院の正面玄関を出ると、12月の冷たく澄んだ空気が肌を刺した。
だが、今の祐希にとって、その冷たささえも心地よく感じられた。
見上げる空は高く、雲ひとつない快晴だ。
「ようやく、終わったんだ……」
祐希は大きく伸びをした。
左腕を高く上げても、もう痛みも引きつりもない。
自由を取り戻した身体が、羽根が生えたように軽く感じられた。
祐希は弾むような足取りで、駐車場へと歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
12月20日(土曜日)
午後7時、「本日貸切」と書かれた『カフェ・バレンシア』のドアを開けると、そこはクリスマスカラー一色に染まっていた。
天井からは金銀のモールが飾られ、店内中央には大きなクリスマスツリーが七色の光を放っている。
BGMは洋楽クリスマスヒットメドレー。
華やかにドレスアップした13人の美女が揃う光景は、圧巻のひとことだった。
皆がグラスを手に持ち、準備万端で待機していた。
その時、ドアが開き、冷たい外気と共に友人の小島健太郎が飛び込んできた。
挨拶しようとした彼の口は、半開きのまま塞がらなくなった。
「お、おい祐希……ここは天国か?」
トナカイに扮したコジケンは、あまりの光景にその場で凍り付いた。
シェアハウスの美女軍団に加え、カフェの看板娘である結、そして新人の澪とキャンディ。
見渡す限り、美女しかいない。
しかも、テーブルには見たこともないようなご馳走が並んでいる。
「こいつはすげぇ……リアル酒池肉林じゃねぇか!
祐希、俺はここで死んでも悔いはないぜ!」
「ごちゃごちゃ言ってないで、早く入れよ。
美味い料理が冷めちゃうじゃないか」
立ち尽くすコジケンの背中を押し、祐希は無理やり店内へと引きずり込んだ。
それを合図に、クラッカーが一斉に弾ける。
「メリー・クリスマース!」
華やかな歓声と共に、パーティが幕を開けた。
カウンターの中から、サンタ帽を被ったマスターが、湯気を立てる大皿を恭しく運んできた。
「さあ、お待たせしました!
本日のメインディッシュ、『特製ローストチキン・カフェ・バレンシア風』です!」
テーブルの中央に置かれたのは、飴色に輝く丸ごとのローストチキンだった。
皮はパリッと香ばしく、ナイフを入れた瞬間、中から肉汁と共にハーブとガーリックの芳醇な香りが溢れ出した。
「うわぁ~! 美味しそう!」
「すご~い! お店で売ってるのみたい!」
女子たちから歓声が上がる。
美里ママと結、そしてシェアハウスのメンバーが、手分けして料理を取り分けていく。
「はい、コジケンさんもどうぞ!
パパのチキン、世界一なんだから!」
結に皿を手渡され、コジケンは感動に打ち震えながらチキンにかぶりついた。
「う、うめぇ……! 皮はパリパリなのに中はジューシー……。
こんな美味いチキン、食ったことねぇよ!
祐希、お前、毎日こんな美味いもん食ってんのか!?」
「まあ、マスターの賄いは、いつも最高に美味いけどな」
祐希もチキンを頬張り、その味に舌鼓を打った。
他にも、彩り豊かなオードブル、魚介のカルパッチョ、特製ラザニアなど、テーブルには元4つ星ホテルシェフのビュッフェさながらの豪華料理が並んでいる。
美味しい料理とアルコールが入り、会場のボルテージは最高潮に達していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クリスマスパーティーの華やかな喧騒の中、祐希はカウンターの隅に座り、ジンジャーエールを片手に一息ついていた。
すると、さくらと沙織が近づいてきて両脇に腰掛けた。
「祐希さん、お仕事、無理してませんか?
左腕は痛くないですか?」
「先輩、飲み物のお代わり持ってきましょうか?」
2人は甲斐甲斐しく祐希の世話を焼いてくれる。
あの日、暴漢に襲撃された夜から、2人の祐希に対する態度はより一層、親密で献身的なものになっていた。
「大丈夫。もう完治したって、成瀬先生のお墨付きが出たから」
祐希が左腕を回して見せると、さくらは安堵したように彼を見つめた。
「本当によかったです……
あの夜、血まみれで倒れた祐希さんを見た時……
私、心臓が止まるかと思いました」
「私もです。
先輩が死んじゃったらどうしようって……
入院してる1ヶ月間、本当に長かったです……」
沙織も神妙な面持ちでうなずく。
2人にとって、祐希が自分たちを守って傷ついた記憶は、まだ鮮明なトラウマとして残っているのだろう。
「心配かけてごめん。
でも、2人に怪我がなくて本当によかった。
こうしてまた3人で笑い合えるなら、怪我をした甲斐もあったよ」
「もう……そんなこと言わないでください」
さくらはそっと祐希の手に自分の手を重ねた。
彼女は真剣な表情になり、少し声を潜めて言った。
「祐希さん……例の件で、父から連絡があったんですけど」
「ああ、例の話し合いか……それで?」
「来月の1月10日、土曜日……
父がこちらへ来て、祐希さんと話す機会を設けたいが都合はどうか、と聞いてきました」
「1月10日の土曜日か……」
それは、さくらの父・賢吾と交わした男同士1対1で話し合うと約束した日のことだ。
完治したら、改めてさくらとの交際について話し合う。
その日が遂に来るのだ。
祐希はスマホのスケジュールアプリを開き、予定が入っていないことを確認した。
「さくら、その日は空いていると、お父さんに伝えてほしい」
「分かりました。父に伝えます……」
2人はお互いの目を見て、無言でうなずき合った。
その横で、沙織が少しだけ複雑そうな目で祐希を見ていた。
(……先輩が正式に付き合うことになる前に、なんとかしなきゃ)
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