第118話 星城の英雄
12月1日(月曜日)
師走に入り、朝の空気は冬の冷たさを帯びていた。
しかし、ハイブリッドミニバンの車内は、別世界のように快適だった。
「うわぁ、シートヒーターあったか~い……!
これなら真冬でもスカートで平気だね」
2列目のキャプテンシートで、朱音が幸せそうな声を上げた。
「ホントね。足元も広いし、まるでリムジンみたい」
その隣の席では、里緒奈が大きなあくびをしながら、背もたれに深く身体を預けていた。
「これなら大学まで寝ていられそう」
彼女ポジションの助手席にはさくら、3列目シートには沙織、琴葉、未来が座っていたが、ウォークスルー構造のおかげで窮屈さは微塵もない。
「祐希さんの運転、とっても滑らかで安心します」
さくらが祐希の運転を褒めた。
「先輩、安全運転でお願いしますね~」
沙織は祐希に釘を差した。
「祐希、私このまま寝ちゃいそう……」
朱音は快適装備にご満悦だった。
後部座席からの賑やかな声を聞きながら、祐希はハンドルを握る手を緩めなかった。
最新の運転支援システムのおかげで、運転操作自体は驚くほど楽だ。
だが、祐希が担っているのは単なる送迎担当としての役割ではない。
(明日奈に言われた通りだ……
僕がみんなの騎士になって守らなきゃ)
ルームミラー越しに笑顔を見せる6人の美女たち。
彼女たちに怖い思いをさせてはならない。
祐希は決意を新たに、アクセルを踏み込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カフェ・バレンシアの駐車場に車を停めた祐希は、さくらたちを聖女へ送り届けると、沙織と一緒に約2ヶ月ぶりとなる星城大学の門をくぐった。
だが、その直後から、祐希は周囲の視線に違和感を覚えた。
「おい見ろよ、あれ篠宮だぞ……」
「マジか、復学したのか」
「すげぇ、生きてたんだ……」
祐希を知る学生たちが、ひそひそと囁き合っている。
その視線には、好奇心だけでなく、畏敬の念すら感じられた。
違和感を抱えたまま、祐希は2限目の「AI応用研究」の講義が行われる大講義室へ入った。
すり鉢状になった階段教室の上段に、沙織と並んで座る。
すると小島健太郎がニヤニヤしながら近寄ってきた。
「よっ! 待ってました、『星城の英雄』!」
「コジケン……なんだよそれ……」
「知らないのか?
今や、お前は有名人だぞ。
女子大生かばって4人の暴漢にたった1人で立ち向かい、全身をメッタ刺しにされながらも全員返り討ちにしたっていう……」
「おい、話を盛り過ぎだろ。
メッタ刺しになんてされてないぞ!」
祐希が尾ひれのついた噂に頭を抱えていると、吉永教授が教室に入ってきた。
黒縁眼鏡に白髭を蓄えたワイルドな風貌の教授は、教壇に立つとマイクのスイッチを入れ、開口一番こう言った。
「授業を始める前に、諸君に紹介したい学生がいる」
教授の鋭い眼光が、階段席の上段にいる祐希を捉えた。
「篠宮君、復学おめでとう。
立ってみんなに顔を見せてくれないか」
「えっ……僕ですか……?」
突然の指名に戸惑いながらも、祐希はおずおずと立ち上がった。
数百人の学生の視線が一斉に祐希に注がれる。
「知っている者も多いと思うが、彼は先日、暴漢4人に襲われ本学の学生を含む2名の女子学生を、たった1人で守り抜いた。
自らも重傷を負いながら、警察が来るまで一歩も引かなかったそうだ」
教室中がどよめき、ざわめきが広がった。
吉永教授は穏やかに微笑んで続けた。
「最後に人を守るのは、人の勇気だ。
私は彼の行動に、心からの敬意を表したい」
教授がゆっくりと拍手を始めると、それは瞬く間に教室全体へと広がった。
やがて学生たちは次々と席を立ち上がり、割れんばかりの拍手喝采が、広い講義室に響き渡る。
「おい、教授も祐希を認めたぜ!」
コジケンが興奮して祐希の背中をバシバシと叩く。
隣の沙織も「さすがは先輩!」と、誇らしげに目を輝かせて拍手を送っていた。
「か、勘弁してくれよ……」
顔を赤くして恐縮する祐希だったが、その拍手はしばらく鳴り止まなかった。
ただ必死に2人を守ろうとしただけの行動が、いつの間にか武勇伝として語られるようになり、祐希は名実ともに『星城の英雄』となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
放課後、祐希はさくらと沙織と共に『カフェ・バレンシア』のドアを開けた。
カランコロン、と懐かしいベルの音が響く。
「いらっしゃいませ~!」
元気な声で迎えてくれたのは、見慣れない2人の女性スタッフだった。
1人は、金髪碧眼の目立つ容姿をした外国人女性。
もう1人は、黒髪をポニーテールにした、清楚で愛くるしい顔立ちの日本人女性だ。
「あら、祐希くん! お帰りなさい!
ちょっとまっててね」
美里ママが、厨房にいるマスターを呼んでくれた。
「祐希くん、お帰り、復帰を心待ちにしていたぞ」
「マスター、美里ママ。
長い間休んで、ご迷惑をおかけしました。
今日から、バリバリ働きますので、よろしくお願いします!」
「頼もしい言葉だな。だが、無理は禁物だぞ。
まだ病み上がりなんだ、リハビリのつもりでな」
マスターは満面の笑みで、祐希の肩を軽く叩いた。
「そうよ。祐希くんが元気でいてくれるのが一番なんだから。
……さあ、積もる話は後にして、早速着替えてきてちょうだい。
紹介したい子たちがいるわ」
祐希が更衣室で制服に着替えて戻って来ると、美里ママが新人2人を紹介してくれた。
「祐希くん、紹介するわね。
こちらが、先月入った星野澪ちゃん。
聖晶学園女子大学の2年生、19歳よ」
「星野澪です。どうぞよろしくお願いします」
澪はぺこりと頭を下げた。
愛らしい顔立ちだが、制服の上からでも分かるほど胸が大きく、推定Gカップはあるだろう豊満な曲線を描いている。
清楚な雰囲気と、隠しきれないセクシーさのギャップに、祐希は思わずドキリとした。
「そしてこちらが、交換留学生のキャンディ」
「ハ~イ! キャンディス・レインで~す!
キャンディと呼んでくださ~い!」
キャンディは屈託のない笑顔で祐希と握手した。
星城大学の2年生だという彼女は、その明るいキャラクターで既に店のムードメーカーとなっているようだ。
「2人とも、彼が怪我で休んでいたバイトリーダーの篠宮祐希くんよ。
分からないことがあったら、何でも彼に聞いてね」
「は~い! ユーキ、ヨロシクね~!」
「篠宮先輩。よろしくお願いします」
沙織に加えて、この個性的な新人2人。
カフェ・バレンシアの顔面偏差値は、祐希が休んでいる間にさらに上がっていた。
(……なんか、すごい職場になってきたな)
祐希は苦笑しながら、久しぶりのカウンター業務に集中した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バイトを終えた祐希は、さくらと沙織を車に乗せ、走り出した。
この後、柏琳台駅前で朱音と未来、琴葉を乗せてシェアハウスへ向かうのが毎日のルーティンだ。
「ねぇ先輩、新しいバイトの子、可愛かったでしょ」
後部座席の沙織が、思い出したように言った。
「そうですね~。キャンディさんは明るくて楽しそうだし、星野さんは可愛いし……」
助手席のさくらが、少し声のトーンを落とした。
「星野さん、すごくスタイル良かったですよね。
先輩、胸ばっかり見てませんでした」
「そ、そんなことないよ」
祐希がバックミラー越しに沙織を見ると、彼女は意味深な笑みを浮かべていた。
「女の勘です。先輩、鼻の下伸ばしてると、また刺されますよ?」
「さ、刺されるって……誰にだよ」
「さあ、誰でしょうね~」
沙織の言葉に、隣のさくらも「ふふっ」と小さく笑った。
新しい日常は、賑やかさと少しの波乱を含んで、再び動き出していた。
※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。




