第117話 サプライズプレゼント
羽田空港からの帰り道、高級ミニバンを運転する明日奈が静かに切り出した。
「祐希、少し寄り道してもいいかしら?」
「いいけど、どこに行くの?」
「それは着いてからのお楽しみ……」
明日奈はいたずらっぽい笑みを浮かべ、祐希にウィンクした。
数十分ほど走り、明日奈は星ヶ丘大通り沿いにある某自動車ディーラーへと車を滑り込ませた。
「明日奈、ここって?」
「あなたに見せたいものがあるの……」
明日奈は祐希をショールームへと誘った。
そこには、一際輝く1台の車が展示されていた。
それは、普及型ハイブリッドミニバンの最上級グレードだった。
電気式4WDシステムを搭載したパールホワイトの車体は、都会的でシャープな印象を漂わせていた。
「……ミニバン? なんで急に……」
困惑する祐希をよそに、明日奈は満足そうにその車を眺めた。
「あなたに、この車をプレゼントするわ……」
「え? 僕に……?」
「まずは、この車をじっくり見てちょうだい」
絶句する祐希を、明日奈は手で制した。
明日奈が合図するとショールームの女性セールススタッフが、車の性能を丁寧に説明してくれた。
「この車には、ADASと呼ばれる最新の先進運転支援システムが装備されています。
例えば、高速道路の渋滞時にハンドルから手を離しても走行を継続できる機能や、お車が周囲の状況を先読みして、前方の信号やカーブに合わせて自動で穏やかに速度を落とす機能も備わっております。
カメラが常に白線を監視し、道路の中央を走るようハンドル操作をサポートしますので、長時間のドライブでも運転者様の負担は驚くほど軽減されます」
説明を受けながら祐希が運転席を覗き込むと、12.3インチの大型フル液晶メーターが鮮やかなグラフィックで起動した。
ADASの作動状況をリアルタイムで表示するその画面は、最新鋭のガジェットのような輝きを放っている。
「……最近の車って、こんなにすごいんだ……」
祐希は最新技術に感心しきりだった。
「篠宮様、もしよろしければあちらの席で、少しお休みになりませんか?」
女性スタッフが、落ち着いたピアノ曲が流れるガラス張りの商談コーナーへと2人を誘導した。
革張りのソファに腰を下ろすと、香りの良いコーヒーが運ばれてきた。
「どうぞ、ごゆっくり」
スタッフが会釈して離れると、明日奈はカップを手に取った。
「祐希……11月16日の日曜日が大安だって……知ってる?」
「え、そうなの?
でも大安が何か関係あるの?」
「もちろん、関係あるわよ。
その日、シェアハウスに車が届くんだから……」
驚く祐希に、明日奈は真剣な眼差しで「なぜ祐希に車をプレゼントするのか」その理由を熱く語り始めた。
「祐希、あの事件をよく思い出して……
シェアハウス近くの夜道は街灯が少なくて、女の子が歩くには危険過ぎるわ。
だから、祐希に車を持ってほしかったの。
あなたが車で送迎すれば、住人たちの安全を守れると思うの。
これは管理人としての重要業務よ」
明日奈はタブレットを開き、祐希に画面を見せながら、車の保有と運用ルールについて説明し始めた。
「車の所有者は私。
だから税金や保険、車検代といった維持費は全額私が負担するわ。
祐希には『使用者』として、この車の管理と運行を任せたいの……」
彼女は画面をスクロールさせながら説明を続けた。
「次にランニングコストの費用負担について説明するわ。
通学の送迎がメインになるから、燃料代とETCは私名義のカードを使ってね。
燃料代は月2万円まで私が負担するわ。ただ、2万円を超えた分と、高速料金は祐希の自己負担でお願いね。
その代わり、平日・休日を問わず、プライベートは自由に使っていいわよ。
デートに使っても構わないから、好きに使ってちょうだい」
明日奈は悪戯っぽく微笑むと、対象となる女子学生たち(さくら、沙織、未来、琴葉、朱音、里緒奈)のリストをタップした。
「それと、乗車する側のルールも決めてあるの。
送迎を希望する女子からは、月額6千円の定額料金を徴収することにしたわ。
電車より安いし、ドア・ツー・ドアなら彼女たちも喜んで利用するはずよ。
徴収した料金は燃料代や車の維持費に充てる予定よ」
明日奈は、駐車場の問題も手を打っていた。
「大学近くの駐車場も確保済みよ。
カフェ・バレンシアのマスターに相談したら、自宅の駐車スペースが空いているから使っていいって。
優秀なバイトリーダーの祐希のためだからって、月額1万円の格安料金で快諾してくれたわ。
もちろん、その駐車場代は私が負担するから安心して」
明日奈の論理的な説明と、自分にも一定の負担を求める「仕事」としての提案に、祐希は感心した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして11月16日(日曜日)、雲一つない秋晴れの大安。
シェアハウスの駐車場に、ホワイトパールのミニバンが到着した。
「わあ、すごい! ピカピカじゃない!」
真っ先に飛び出してきた里緒奈が、鏡のようなボディに顔を近づけて歓声を上げた。
電動スライドドアが静かに開くと、7人乗り仕様ならではの贅沢な空間が姿を現した。
2列目に配置された左右独立型のキャプテンシートを見た沙織が、すぐさま車内に滑り込む。
「すご~い、オットマンまでついてる! 足を伸ばして寝られるよ!」
沙織が歓喜の声を上げる横で、朱音が座席間の通路を指差した。
「3列目までウォークスルーで行けるんだ。これなら7人フルで乗っても移動が楽だね。
しかもシートヒーターまであるなんて、冬の通学も快適すぎでしょ」
さくらも、スライドドアと連動して足元にスッと「乗車補助ステップ」が現れたのを見て、その細やかな配慮に感心したように微笑んだ。
「これならスカートでも安心して乗り降りできますね」
「月6千円で先輩が送り迎えしてくれるなんて、電車代より安いし最高なんですけど!」 と沙織が歓声を上げる。
「でも祐希さん、あまり無理しないでくださいね」 と、さくらが助手席から心配そうに微笑んだ。
住人たちは代わる代わる車内に乗り込み、「広い!」「新車の匂いがする!」とはしゃいでいた。
その様子を、明日奈は少し離れた場所から満足げに見守っていた。
「さあ、11月いっぱいは練習よ。
12月に復学した後は、祐希くんが騎士になってあげてね」
「はい、任せて下さい」
明日奈が用意した「環境改善」は、ミニバンだけではなかった。
彼女は今回の事件を重く受け止め、すぐさま町内会に直訴し、市に対しても通学路の安全確保を強く働きかけた。
本来、行政の予算組みには時間がかかるものだが、明日奈が防犯環境整備のために500万円を寄付し、町内会とも緊密に連携したことで事態は一変した。
彼女の熱意と資金提供が呼び水となり、市は新型LED街灯の設置と死角への増設が「緊急安全対策」として異例の速さで決定したのである。
街全体を照らす「静かな守り」と、自らがハンドルを握る「動く守り」。
明日奈が私財を投じてまで構築した二重の防壁に守られ、祐希の止まっていた時間が、静かに動き出そうとしていた。
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