第116話 最後の一線
夕方5時、シェアハウスのラウンジで、祐希の退院祝いが始まろうとしていた。
テーブルには居酒屋『百花繚乱』のホームデリバリーで届いた刺身の盛り合わせ、揚げたての天ぷら、色鮮やかなオードブルが所狭しと並んでいる。
「今日は祐希くんの退院と、1ヶ月間、彼を看病してくれたみんなの慰労……
そして明日、札幌へ帰る月ちゃんの送別を兼ねて、細やかながら宴を催したいと思います。
では、乾杯の前に祐希くんに一言挨拶をお願いします」
明日奈の突然の指名に戸惑いながらも、祐希はみんなに感謝の意を伝えた。
「この1ヶ月、みんな忙しい中、毎日交代で看病に来てくれたこと、本当に感謝しています。
みんなの笑顔を見るたびに元気をもらえました。
月も、1ヶ月間毎日看病に来てくれてありがとな。
まだ完治まで少しかかるけど、明日からは勉学に専念したいと思います。
みんな本当にありがとう」
「それじゃ、乾杯しましょ。
みんなグラスを持って……祐希くんの退院を祝して、乾杯!」
明日奈の音頭で、一斉にグラスが掲げられた。
祐希のグラスの中身は、成瀬医師の言いつけを守り、ノンアルコールビールだ。
「祐希さん、これ食べて下さい……美味しいですよ」
さくらが甲斐甲斐しく料理を取り分けてくれた。
沙織や未来は、その様子を冷めた視線で見守りつつ、オードブルに手を伸ばした。
明日奈は少し離れた場所から、その様子を微笑みながら見ていた。
「お兄ちゃん、はい、あーん」
祐希の隣に陣取った月は周囲の目も気にせず、唐揚げを祐希の口元に運んでくる。
「月……自分で食べるから、いいって」
「明日は札幌に帰るんだから、今日くらい私に面倒見させてよ!」
少し強引すぎる月の献身は、住人たちの目には仲の良い兄妹と映り、その微笑ましい光景に笑みを浮かべた。
シェアハウスでの、賑やかで温かい時間。
1ヶ月もの間、病室で天井を見つめていたのが嘘のようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宴が終わり、住人たちがそれぞれの部屋へ引き上げていった。
月は、明日奈が用意してくれたピアノレッスン室のソファベッドで寝ることになった。
祐希は、久しぶりの自分のベッドで眠る態勢に入ろうとしていた。
「ふぅ……」
ようやく訪れた一人きりの静寂。
だが、1ヶ月にもおよぶ禁欲生活で溜まった行き場のない衝動で、なかなか眠れなかった。
(コジケンにもらったAVでも見て、自分で処理するか……)
そう思った時、静かにドアが開く音がした。
暗闇の中、ドアの隙間から細身の女性が滑り込んできた。
それは、月のシルエットだった。
「……月?
どうしたんだ、こんな時間に……」
「……お兄ちゃん……一緒に寝てもいい?
私、1人で眠れなくて……」
夏休み、実家に帰った時、月が迫ってきたことが祐希の脳裏に浮かんだ。
でも、兄妹で居続けるために一線は越えないと約束したことを思い出した。
「……ただ寝るだけなら、いいぞ」
祐希がそう告げて、ベッドの端を空ける。
月は、祐希の隣に潜り込み、後ろから祐希に抱きついた。
「……お兄ちゃん、あったかい」
隣から漂ってくる、妹の甘くフレッシュな香り。
薄いパジャマ越しに伝わってくる柔らかな体温。
月は豊かな胸を、祐希の背中に容赦なく押し付けてきた。
その時、約1ヶ月間、自分を律してきたダムが、決壊するのが分かった。
祐希の意志とは無関係に「息子」が熱く、硬く怒張していく。
「……あ」
後ろから祐希のお腹の辺りを抱きしめていた月は、その変化にすぐ気づいた。
「お兄ちゃん、溜まってるんでしょ……
月が楽にしてあげるね……」
その声は、妙に艶っぽかった。
月は背後から祐希の「息子」を握りしめ、ゆっくりと刺激し始めた。
「あ……月、やめろ、ダメだ……っ」
そう言いながら、月を制することが出来ないほど、祐希は感じていた。
しばらくすると、彼女は布団の中に潜り込み、手のひらで祐希の「息子」を包み込み、顔を寄せ舌先で刺激し始めた。
「ま、待て……! ……んっ……頼むから……」
言葉では拒絶しながらも、腰を浮かせてしまう自分が情けなかった。
祐希の身体は、月のひたむきな献身を拒絶することができなかった。
「あ、あ、月、そこは……うぅ……」
月は祐希が拒否しないのを「黙認」と解釈し、足元にショーツを脱ぎ捨て、祐希の上に跨ると、ゆっくりと腰を落とした。
「お兄ちゃん……大好き……」
常夜灯の微かな灯りの中、月は自分の中に祐希を導き入れた。
熱く、狭い、未知の感覚。
2人は、超えてはならない境界線を、あっけなく越えていた。
あの夏の日に、必死で守り抜いた最後の一線は、一瞬で有名無実となってしまった。
背徳感に押し潰されそうになりながらも、祐希は月の腰を引き寄せ、ただ激しく、貪るように妹を求めた。
やがて、せり上がる衝動が臨界点に達する。
身体の奥底にくすぶっていたすべてが濁流となって押し寄せ、耐えきれず祐希は月を強く抱きしめた。
――次の瞬間、熱い奔流が月の最奥へと解き放たれた。
繰り返される拍動とともに、彼は溜め込んできたそのすべてを注ぎ込んだ。
祐希は、自分を受け入れた妹の甘い喘ぎを、遠い意識の片隅で聞いていた。
事後の静寂の中、乱れたシーツに滲む淡い赤が、祐希の目に焼き付いた。
それは、妹が自分を受け入れたという明白な証拠だった。
「お兄ちゃん、ありがとう……月嬉しかったよ」
月は甲斐甲斐しく後始末をして、自分の部屋へと戻っていった。
残された祐希は、1人きりベッドの上で天井を見つめ呆然としていた。
従兄妹とは言え、戸籍上の妹と一線を越えてしまった。
その重い事実と、消えない月の感触——身体に刻み込まれた背徳的な快楽の記憶に、祐希は夜が明けるまで苛まれ続けた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、明日奈の運転する高級ミニバンは、羽田空港へ向かっていた。
助手席には祐希、後部座席には両親と月が座っている。
「明日奈さん、本当にお世話になりました。
祐希、お前は無理しないで治療に専念するんだぞ」
父の言葉に祐希は振り返りうなずいた。
「……分かってるって」
ルームミラーに映る月は、何ごともなかったかのように流れる景色を眺めている。
その平然とした横顔が、かえって祐希の罪悪感を煽った。
出発ロビーに到着し、父母と月は自動チェックイン機で荷物を預けた。
「父さん母さん、体に気をつけて」
「ああ、お前もな」
「月、しっかり勉強しろよ、1ヶ月も学校休んだんだからな」
「大丈夫! ところでお兄ちゃん、年末はいつ帰ってくるの?」
「今年は、札幌に帰らないつもりだ。
入院で金もかかったし、しばらくはバイトで稼ぎたいんだ」
「分かった、お前の意志を尊重しよう」
父は少し寂しそうだったが、優しく祐希の肩を叩いた。
ゲートへ向かう両親の後ろで、月が立ち止まって振り返った。
彼女は、明るい笑顔で祐希に手を振った。
「お兄ちゃん、3月にまた会おうね」
昨夜の秘め事を感じさせないその言葉に、祐希は複雑な思いを抱えたまま、3人の背中を見送った。




